親友に完璧な彼女ができたので、疑うことにした
魔王討伐の旅も終盤に差し掛かり、僕たちは辺境の宿場町に滞在していた。
そこで、パーティーリーダーのアルスが一人の女性を連れてきた。
「紹介するよ。彼女はリナ。俺の未来の妻だ」
その女性を見た瞬間、僕は息を呑んだ。
艶やかな銀髪と雪のように白い肌、神秘的な瞳。
見惚れるよりも先に、背中がゾクリと震えた。
な………なんて綺麗な人だろう!!
しかも、彼女は美人なだけではなかった。
家事や雑用など、皆が嫌がることを笑顔で引き受け、誰に対しても分け隔てなく接するのだ。
「カイル様。いつもアルスを支えて下さって、ありがとうございます。あの人って、無理をしすぎるところがありますでしょ?」
ほんのり頬を染めた顔で礼を言われ、僕は引きつった笑みを浮かべる。
ちゃんと笑顔で祝わなければならない。
親友に、これ以上ない伴侶ができたんだ。
しかし僕の心には、モヤモヤした黒い感情が少しずつ溜まっていった。
最低だ。親友の幸せを素直に喜べないなんて。
これはアルスに対するものなのか、それともリナへのものか、誰に向けた感情なのか自分でも分からない。
「カイル様って優しいですね。でも、優しすぎる人って損をするんじゃないかと心配になります…」
彼女の思わせぶりな言葉に心臓がドキリと跳ねる。
リナが加わってから、パーティーの空気はガラリと変わった。
いつも無愛想な重戦士ガウルは、彼女を妹のように可愛がるし、神経質な魔法使いシグルドは、彼女に秘蔵の魔法を披露したりしている。
そしてアルスは、頼れる男であるのを証明するかのように、今まで以上に必死で奮闘する姿を見せるのだ。
だけど僕は、知ってしまった。
青白い月明かりの下、アルスの寝顔を覗き込むリナの顔を。そこには昼間の慈愛など微塵もなくて、まるで品定めをするような冷たい眼差しをしていた。
「……あの子は、何なんだ?」
どうにも嫌な感じが胸に残る。
そもそも、魔物がひしめくこの禁域に、丸腰の女が一人でいるはずがない。アルスは「賊から助けた」と言っていたが、その言葉さえ怪しく思えてきた。
他にも不審な点はある。
リナが料理をするようになってから、ガウルとシグルドの様子が少しおかしい。
以前より感情の起伏が激しくなって、僕がリナの素性を探ろうとすると、まるで親の仇のように僕を責めるようになった。
「カイル……お前さ、親友に美人な彼女ができたからって、嫉妬してるのか? 最低だな」
アルスまでもが落胆した目で僕を見る。
このパーティは、リナという名の完璧な偶像によって、少しずつ崩れ始めているような気がする。
そしてある夜、僕は確信を得た。
リナがこっそり一人で森へ向かう姿を見かけたのだ。
息を潜めて後を追う。
そこで彼女が行っていたのは、魔族が使う古の術式。
リ、リナは……………魔族なのか!?
しかも、僕たちの生命力を……削っていた?
強くなった気がしていたのは錯覚で、知らぬ間に寿命を削られていたのかっ!?
くそっ、なんて笑えない冗談なんだ。
「やっぱお前、最初から怪しかったんだよっ!」
僕は、剣を抜き彼女の前に躍り出た。
彼女はゆるりと緩慢な動きでこちらを見る。
その顔にはもう、無垢で純真な面差しはない。
「あら、気づいちゃった? でも遅いわ。アルスも他のみんなも私の虜。アナタが何を言っても、あの子たちは私を信じる。そして、私を傷つけようとするアナタを許さないでしょうね?」
「ふ、ふざけるなっ!」
もの凄い速さの攻撃を食らい、体がふらつく。
まずいな………コイツ、とんでもなく強い。
「親友が全てを手に入れた姿を見るのって、どんな気分だった? ……アナタのその感情、醜い嫉妬心は最っ高のデザートだったわ」
聞くな。惑わされるな。
小さく息を吐いて、一歩前に踏み込む。
その時、背後で草木を踏み分ける音がした。
振り返らなくても分かる。
この気配は、嫌というほど知っている。
「おい、カイルっ!」
それは、聞き慣れた親友の声。
慌てて振り返るとそこには、世界で一番信頼している男が立っていた。
けれど、その瞳はガラス玉のように冷え切っている。
「リナから離れろっ」
温度のない短い言葉。
それだけで、胸の奥にズンっと絶望が落ちる。
アルスの一歩後ろでガウルが斧を構え、シグルドは淀みのない動作で詠唱を始めた。
誰も、僕の顔を見ようとしない。
あぁ、そうか。頭のどこかが妙に冷静になった。
こいつらはもう戻らないのか。
それでも、口が勝手に動いた。
「違うんだアルス! こいつは⸻」
「黙れっ! 見苦しいぞ、カイル」
「……お、女一人に骨抜きにされて、仲間を疑うお前らの方が、よっぽど見苦しいだろうがっ!!」
叫んだ瞬間、空気が静まり返る。
もういい。どうせここで終わりだ。
お前らは僕を殺すんだろう?
アルスの聖剣が、鈍い光を放った。
同時に、ガウルの斧が地面を砕き、シグルドの魔法が僕の退路を断つ。
「死ね、カイル。リナの敵は俺たちの敵だっ!」
親友の剣が、胸を貫こうと突き出される。
僕は咄嗟に目を閉じた。
脳裏に浮かんだのは、悔しさと後悔。
嫌な奴だと思われてもいい。実際、浅ましい嫉妬心を抱いたのだから。誰に嫉妬しているのか分からなくなるくらい、滑稽に心が乱されていた。
せめてリナに、一矢報いてから死にたかった。
くそっ! くそっ! アルスの大馬鹿野郎…………!
「作戦成功っ」
「…………へ?」
聖剣が貫いたのは、僕ではなくリナの方だった。
「がはっ…………な、なぜ……? み、魅了は完璧だったはず………精神汚染も……」
崩れ落ちるリナを見下ろしながら、アルスは冷徹な顔で剣を引き抜いた。
ガウルもシグルドも、先ほどまでの狂乱などなかったかのように、冷静にリナを取り囲んでいる。
「悪いな、リナ。君の料理は旨かったよ。毒消し草のスパイスが効いてなけりゃ、もっと最高だったがな」
アルスがニヤリと笑う。
「カイル、驚かせて悪かった。こいつを完全に油断させるには、お前を本気で騙す必要があったんだよ」
「ど、どういうことだ……?」
シグルドが溜息をついて説明を始めた。
「こんな都合のいい美人が、魔王軍の最前線に落ちてるわけない。俺たちは最初から、こいつが色欲の魔将だって知ってて騙されたフリをしたんだ」
ガウルが豪快に笑う。
「カイルは、すぐ顔に出るだろう? だから明かさなかった。 おかげでこいつは完全に『自分はこのパーティを支配している』って思い込んで、無防備に魔力を放出し始めた。そこを叩くのが作戦だったのさ」
リナの姿をした魔将は、信じられないという表情をして呻いた。
「ま、まさか………勇者パーティーが、仲間を囮に使うなんて……そんな卑劣な作戦を……」
「卑劣? 心外だな」
アルスが僕の肩に手を置く。
「俺たちはカイルを信じてるからこそ、この作戦を立てたんだ。こいつは、パーティーのバランサー。俺たちがどれだけ狂っても、最後まで救おうと足掻いてくれる。それこそが、魔族を欺く極上の罠になるんだよ」
魔将はジタバタと地面を這いずり、苦しそうに何かを呟きながら霧のように消えた。
後に残されたのは、静かな月夜の光と疲れた顔をした仲間たち。
「おいカイル。親友の幸せを祝えるかって悩みは、まだ続いてるか?」
アルスが、憎たらしいほど爽やかな笑顔で問いかけてきたので、僕はズキズキと痛む体を引きずりながら、精一杯の皮肉を返した。
「………次を連れてくる時は、もっと性格の悪い女にしてくれ。その方が、まだ本気で祝ってやれる気がする」
「あははっ! そいつは難題だなっ」
僕の浅はかな嫉妬なんて、全部見透かされてたってわけか。まったくもう………癪ではあるが、胸のつかえは驚くほど綺麗に消えていた。
ふと顔を上げると、東の空が白み始めている。
魔王討伐まであと少しだ。
次は、本物の幸せを掴むあいつを素直に祝ってやろうと僕は心に決めた。
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