適齢期
市役所から封筒が届いた。
《あなたは適齢期です》
中には書類が三枚入っていた。
一枚目は結婚届。
二枚目は出産計画書。
三枚目は謝罪文の見本だった。
私は首をかしげた。
その日のニュースはどの局も同じ話題だった。
「政府は本日、“少子化是正緊急措置法”を施行しました。二十五歳から三十五歳までの未婚者は、国の定める『適齢期義務』を履行する必要があります」
街頭インタビューで、司会者が通行人にマイクを向けていた。
「どう思いますか?」
「いやあ、国のためなら仕方ないですよ。私はもう終わりましたけど」
そう答えた男性の胸には《生殖義務完了》の金色バッジが光っていた。最近よく見る。あれを付けている人は電車で座れるし、税金も安くなるらしい。
私は書類を机に並べた。
謝罪文にはこう書いてある。
《このたびは出生率向上に貢献できず、誠に申し訳ありませんでした。今後は国益を最優先に考え、速やかに配偶者を確保いたします》
下には署名欄。
次の日、会社に行くと人事部の前に列ができていた。張り紙がある。
《適齢期未達成者 面談》
順番が来て入室すると、課長が神妙な顔で言った。
「君、まだだよね」
「はあ」
「困るんだよ。うちの部署、達成率が低くてさ。今期の評価に響く」
「部署評価なんですか」
「当然だろう。出生はチーム戦だ」
机の上にはグラフがあった。棒グラフの横軸は社員名、縦軸は子どもの人数。私の欄だけゼロで、赤丸が付いている。
「努力はしてるのかね」
努力と言われても困る。私は黙っていると、課長は引き出しからパンフレットを出した。
《官製マッチングアプリのご案内》
「登録しなさい。今なら国家公務員と優先的に組める」
「はあ」
「彼らは安定してる。出生率も高い」
その日の昼休み、同期の田中が誇らしげにスマホを見せてきた。
「見ろよ。俺、来月二人目」
画面には政府アプリの通知。
《受精成功おめでとうございます》
拍手の絵文字が舞っていた。
「すごいな」
「だろ。達成ポイントが一気に入るんだ。住宅ローン金利、半分になる」
彼は小声で付け足した。
「正直、誰との子かは知らないんだけどな。全部最適化AIが決めるんだ」
私は何も言えなかった。
帰宅すると、ポストに赤い封筒が増えていた。
《最終勧告》
中身は短い。
《期限までに義務未履行の場合、国家代理出産措置を実施します》
私は天井を見上げた。
そこには去年配られた標語ポスターが貼ってある。
子は未来。産むのは義務。
翌朝、会社の入口に金属探知機のようなゲートが設置されていた。看板が出ている。
《未達成者検知装置》
通るとブザーが鳴った。警備員が優しく言った。
「おめでとうございます。対象者です」
腕にリストバンドを巻かれた。
色は灰色。
フロアに入ると、同僚たちの視線が一斉にこちらを向いた。胸元の色を確認して、すぐ仕事に戻る。誰も何も言わない。ただ、少しだけ距離を空ける。
昼、社内放送が流れた。
《本日付で当社の出生貢献率が業界一位になりました。未達成者の皆様の一層のご奮起を期待します》
拍手のSE。
私は窓の外を見た。向かいのビルの屋上に巨大な広告が出ている。
生まない自由より、生ませる未来。
その夜、ついに通知が来た。
《あなたの組み合わせが決定しました》
相手の名前も顔も書いていない。日時と場所だけ。
私はスマホを閉じた。少し考え、それから机の引き出しを開けた。例の謝罪文を取り出し、署名欄を見つめる。
ペンを持つ。
だが、その時ふと思った。
――謝っているのは、誰にだ?
しばらく考えたが、宛先はどこにも書いてなかった。




