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適齢期

作者: はまゆう
掲載日:2026/02/20

 市役所から封筒が届いた。


《あなたは適齢期です》


 中には書類が三枚入っていた。

 一枚目は結婚届。

 二枚目は出産計画書。

 三枚目は謝罪文の見本だった。


 私は首をかしげた。


 その日のニュースはどの局も同じ話題だった。

「政府は本日、“少子化是正緊急措置法”を施行しました。二十五歳から三十五歳までの未婚者は、国の定める『適齢期義務』を履行する必要があります」


 街頭インタビューで、司会者が通行人にマイクを向けていた。


「どう思いますか?」


「いやあ、国のためなら仕方ないですよ。私はもう終わりましたけど」


 そう答えた男性の胸には《生殖義務完了》の金色バッジが光っていた。最近よく見る。あれを付けている人は電車で座れるし、税金も安くなるらしい。


 私は書類を机に並べた。

 謝罪文にはこう書いてある。


《このたびは出生率向上に貢献できず、誠に申し訳ありませんでした。今後は国益を最優先に考え、速やかに配偶者を確保いたします》


 下には署名欄。


 次の日、会社に行くと人事部の前に列ができていた。張り紙がある。


《適齢期未達成者 面談》


 順番が来て入室すると、課長が神妙な顔で言った。


「君、まだだよね」


「はあ」


「困るんだよ。うちの部署、達成率が低くてさ。今期の評価に響く」


「部署評価なんですか」


「当然だろう。出生はチーム戦だ」


 机の上にはグラフがあった。棒グラフの横軸は社員名、縦軸は子どもの人数。私の欄だけゼロで、赤丸が付いている。


「努力はしてるのかね」


 努力と言われても困る。私は黙っていると、課長は引き出しからパンフレットを出した。


《官製マッチングアプリのご案内》


「登録しなさい。今なら国家公務員と優先的に組める」


「はあ」


「彼らは安定してる。出生率も高い」


 その日の昼休み、同期の田中が誇らしげにスマホを見せてきた。


「見ろよ。俺、来月二人目」


 画面には政府アプリの通知。


《受精成功おめでとうございます》


 拍手の絵文字が舞っていた。


「すごいな」


「だろ。達成ポイントが一気に入るんだ。住宅ローン金利、半分になる」


 彼は小声で付け足した。


「正直、誰との子かは知らないんだけどな。全部最適化AIが決めるんだ」


 私は何も言えなかった。


 帰宅すると、ポストに赤い封筒が増えていた。


《最終勧告》


 中身は短い。


《期限までに義務未履行の場合、国家代理出産措置を実施します》


 私は天井を見上げた。

 そこには去年配られた標語ポスターが貼ってある。


子は未来。産むのは義務。


 翌朝、会社の入口に金属探知機のようなゲートが設置されていた。看板が出ている。


《未達成者検知装置》


 通るとブザーが鳴った。警備員が優しく言った。


「おめでとうございます。対象者です」


 腕にリストバンドを巻かれた。

 色は灰色。


 フロアに入ると、同僚たちの視線が一斉にこちらを向いた。胸元の色を確認して、すぐ仕事に戻る。誰も何も言わない。ただ、少しだけ距離を空ける。


 昼、社内放送が流れた。


《本日付で当社の出生貢献率が業界一位になりました。未達成者の皆様の一層のご奮起を期待します》


 拍手のSE。


 私は窓の外を見た。向かいのビルの屋上に巨大な広告が出ている。


生まない自由より、生ませる未来。


 その夜、ついに通知が来た。


《あなたの組み合わせが決定しました》


 相手の名前も顔も書いていない。日時と場所だけ。


 私はスマホを閉じた。少し考え、それから机の引き出しを開けた。例の謝罪文を取り出し、署名欄を見つめる。


 ペンを持つ。


 だが、その時ふと思った。


 ――謝っているのは、誰にだ?


 しばらく考えたが、宛先はどこにも書いてなかった。

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