星をすくう器 転生陶工の私は氷の王太子を溶かしたい
焼き上がりの鈴の音は、窯の底から湧いてくる。
私の名は青磁。前世は過労で倒れた日本の陶芸オタク、いまは王国北端の小さな村で土と向き合っている。朝は川で土を洗い、昼は轆轤を挽き、夜は竈の火を見守る。指の腹はいつも薄く削れ、爪の内側は青く染まる。ここへ来てから三年、私はようやく、土の匂いが胸の奥のざわざわを鎮めてくれると知った。
転生者といえば聖女だの賢者だのと騒がれるけれど、私はただの陶工だ。魔法もぱっとしない。火と土に少しだけ好かれている、それくらい。だから王都の流行にも、貴族の舞踏会にも縁はない……はずだった。
その日、村に珍しい客が来た。
灰色の外套を羽織った男は、私の店の棚の前でじっと立ち尽くしていた。高い鼻梁、氷みたいな目。視線は冷たいのに、台風の目みたいに静かだ。こわい。いや、こわくない。ちょっと、綺麗すぎるだけ。
「それは——」
男の視線の先には、藁灰釉の茶碗。私は急いで手を拭いて、客に近づいた。
「口縁が少し反ってます。汁物より飯向き。釉薬が薄いところ、夜の川みたいで、私は好きなんです」
男は茶碗を持ち上げ、指先で軽く弾く。からん、と控えめな鈴の音。
「……うるさくない」
私は首をかしげた。「音、ですか?」
「食器がうるさいと思ったことはないか?」
「ええっと、派手な絵付けは苦手ですけど」
「そうではない」男は短く言ってから、眉間に皺を寄せ、困ったように笑った。「悪い。言葉が足りない。——静かなんだ。お前の器に触れていると」
私の器で静かになる? 音がうるさい? よく分からない。でも、男の目の奥に張り詰めた糸が少しだけ緩んだのは分かった。
「それを含め、これとこれと……全部」
「ぜ、全部!?」
外套の男は無表情のまま、棚の半分を指さした。腰が抜けそうになりながら包む。忍び込んだ猫のタマが、紙の上で丸くなる。
「あ、あの、贈答なら箱も作りますけど」
「自分で使う」
「ご、自宅用……」
この量を? どれだけ食べるんだろう。いや、そうじゃない。
「お客さん、お名前は?」
「————」
男は一瞬、言葉を飲み込んだように見えた。彼は短く言った。「ルキウス」
口に出した瞬間、店の空気が少し凍った気がした。村人なら誰でも知っている名だ。氷の王太子、ルキウス。王都の噂は北の端まで届く。冷酷で、感情がない。天災みたいに美しい。
まさか、同姓同名、だよね? ね?
「代金は倍払う。もう少し作ってくれ」
私は慌てて頷いた。「あ、はい、ありが……」
男は小さく会釈して、猫の頭を指で撫でた。氷の目なのに、その仕草は不器用なやさしさで満ちていて、私の胸のどこかを、ふっと掬い上げた。
それから、彼は毎週やって来た。
買うのは私の器ばかり。汁椀、徳利、花入れ。時々、失敗作のすじ目を見つけて「これも」と言うから困る。「これは売り物にならないから」と言うと、「俺の静けさは売り物になる」と返す。不思議な人。少しずつ喋る単語が増えていくのも、面白かった。
私は勇気を出して尋ねた。「どうして、静かになるって思うんですか?」
ルキウスはしばらく沈黙し、外套の袖から見える手を見た。細いけれど骨ばっている。触れたものを測るような手。
「呪いだ」
「え」
「幼い頃から、手に触れるものの『嘘』が見える。皿に盛られた料理は虚飾の色で騒ぎ、酒は甘さの仮面を被り、花は自分を美しいと言い立てる。——それが耳障りで、いつも疲れていた。だが、お前の器は黙っている。土と火のまま、ここにある」
胸が熱くなった。私が、無駄なものを足すのが嫌いだからだ。前世の工房でも、師匠の「器は料理の舞台だ、役者は器じゃない」という言葉が好きだった。
「だから静かに感じるのかも。私の器は、ただの土だから」
「土は、ただではない」
ルキウスは言った。「土は、抱く」
その言葉は、焼き上がりの鈴の音みたいに、私の胸に落ちた。
噂は、早い。
数週間もせず、王都から使いの者がやって来た。王宮で行われる「雨呼びの儀」に必要な器を作れ、という。長い干ばつで領地は悲鳴を上げている。伝承では「星をすくう鉢」で月光を集め、聖女が歌を捧げると雨が戻るらしい。
「聖女は決まっております。あとは器だけ」
使者の言葉は、親切そうでいて、反論を許さない固さがあった。
私は迷った。村を離れたくなかった。けれど——
窯の前で私は手を合わせた。かまど神さま、もし行くなら、火をよろしく。
タマが甲高く鳴いて、背を伸ばした。猫はいつだって勝手だけど、だいじな時には側にいてくれる。
王都は眩しかった。白い石の塔、陽光を弾く水路、でこぼこの石畳を馬車が走るたび、光が跳ねる。
王宮に通されると、そこにいたのは——
「ようやく来たか」
いつもの灰色の外套ではなく、黒の礼装に銀の飾り。氷の王太子、ルキウス。
あ、やっぱり同姓同名じゃなかった。心臓が一瞬、踊ってから転げた。
「ご案内する。工房は北の塔だ」
「王太子殿下……」
膝を折ろうとすると、ルキウスが手を伸ばして止めた。「青磁。ここでは名前で呼ぶ」
真名を呼ばれると、器も人も、少し熱を持つ。私は頷いた。
王宮の工房は驚くほど立派だった。均一に踏み固められた土間、天井の高い窯場、窓からは青い庭園。けれど、火は落ち着かず、土はどこかよそよそしい。私は靴を脱ぎ、床に座って土に挨拶した。
「こんにちは。遠くから来ました。あなたで、雨を呼ぶ器を作らせてください」
土は最初、黙っていたが、やがてくにゃりと指に馴染んだ。私は息を吐き、轆轤を回し始めた。
星をすくう鉢。目指すのは、透明な夜。藁灰に少しだけ木灰を混ぜ、鉄粉をほんのひとかけら。前世の知識を頼りに、でも最後は、この土と火に決めてもらう。
ルキウスは毎日工房に来た。手を出さず、ただ見ている。たまに水を替え、たまに猫の代わりみたいに静かに椅子を温める。その静けさが、私には心強かった。
「殿下」儀式の打ち合わせに来た宰相が、眉をひそめた。「工房は埃が多うございます。聖女様にも良くない。——それに、その庶民の娘は……」
「青磁は『器の番』だ」
ルキウスは言い切った。「俺の静けさを繋いでいる」
「は?」
「俺の呪いが暴れずに済む」
宰相は分かったような分からないような顔で下がった。私は笑いそうになって、堪えた。器の番。なんだか、いい響きだ。
けれど、王宮は甘くない。華やかな礼服に身を包んだ令嬢達が、工房を覗きに来ては、わざとらしく噂を落としていった。
「まあ、王太子殿下のお気に入りだって?」
「土の匂いが移るわ。殿下に失礼よ」
私の手は止まらない。土は知っている。人の口より火の方が早口だ。
最初の焼成は失敗した。釉薬が流れすぎ、縁が泣いた。私は泣かなかったが、胸の奥がちくりと痛んだ。
二度目は、温度が上がらなかった。薪が湿っていたのだ。ルキウスは黙って薪小屋の屋根を直した。黒い礼装の王太子が、泥だらけになって釘を打つ光景は、なぜかとても眩しかった。
三度目、窯の中に、青い音が満ちた。私は確信した。これだ。火を落とし、ゆっくり冷ます。窯の口を開けた時、私は息を飲んだ。
鉢の底に、夜がいた。藁灰の薄い緑が月の光を拾い、微細な鉄が星の粒になっている。手に取ると、掌の上に静かな空が広がる。——これなら、星をすくえる。
私はルキウスを見る。彼は微かに笑って、頷いた。
「静かだ」
「うん」
「……きれいだ」
その言葉は、不器用に窯場の横顔を撫でて、私の頬まで届いた。
儀式の日は、雲ひとつない晴れだった。
王宮の中庭に祭壇が組まれ、中央に私の鉢が置かれる。聖女は白い衣をまとい、金の髪を風に躍らせる。私は舞台の端、器の番として控えた。群衆のざわめき。乾いた風。祈りを求める視線。
宰相が高らかに宣言する。「これより、雨呼びの儀を行う!」
聖女が歌い始めた。真珠のような声。けれど、ルキウスが息を詰める気配が伝わった。彼に触れるものは、皆、嘘を重ねて騒ぐのだ。聖女の衣は『純潔』の嘘をきらめかせ、祭壇は『神聖』の嘘をひび割らせる。群衆の期待も、恐れも、嘘の鎧をまとって音になる。
私は一歩、前へ出た。鉢の縁に指を添え、そっと撫でる。
「黙って。今は、空の番をして」
土は黙った。火の記憶も、黙った。鉢は静かに、月を待つ器になった。
太陽が西の塔の影に沈みかけた時、空に最初の星が灯った。聖女が高らかに手を伸ばす。観衆が息を飲む。
その瞬間、場の端で甲高い笑いが響いた。
「茶番だわ!」
派手な羽根飾りをつけた侯爵令嬢が前に躍り出た。彼女は聖女の裾を指差し、ふてぶてしく笑う。「あの娘は聖女なんかじゃない! 商人の娘よ! この器も、田舎者の手慰み! 雨なんて呼べない!」
ざわめきが走る。嘘がうねる。ルキウスの肩が強ばったのが見えた。彼の呪いは、嘘の音を増幅する。——このままでは、彼が折れてしまう。
私は鉢を抱え、壇上に上がった。侯爵令嬢の真っ赤な口が何かを叫んでいる。聖女は呆然と私を見る。宰相は顔色を変え、止めに来る。
私は宣言した。「雨は、嘘が嫌いです」
会場が凍った。
「雨は、土と火と風と、静かな器が好きです。だから、今から——私が星をすくいます」
私は鉢を持って、夜空に掲げた。月はまだ低い。だが、星はもう、息をしている。私は吸い込む息を、ゆっくり吐き出すように歌った。歌なんて知らない。でも、窯の音なら知っている。土を捏ねるリズム、薪が割れる拍子、火が喉を鳴らす低いうなり。
工房でルキウスが座っていた椅子の温もりも、猫のタマの背中の弓なりも、ここにある。
風が、止んだ。
星が、少し、近づいた。
鉢の縁に、光が触れた。
そのとき、背中に温かい手が重なる。ルキウスだ。彼は私の手を包み、低く言う。
「嘘を、俺に寄越せ」
「え?」
「お前は星をすくえ。俺は、嘘を呑む」
彼の呪いは、触れたものの嘘を暴く。それを、彼は逆に、飲み込んだのだ。ざわめきが、少し、遠のく。聖女の衣はただの布になり、侯爵令嬢の叫びは風の音に紛れた。祭壇は石に戻り、観衆は呼吸だけの群れに変わる。
静かだ。
私は鉢を天に向ける。星々が縁を滑り、底へと落ちる。透明な夜が器に満ち、月の光がゆっくりと沈む。
ぽつり、と。
鉢の底に、最初の滴が落ちた。
ぽつ、ぽつ、ぽつ……
音はすぐに土の匂いに変わり、空を覆う。王都の空に、久しぶりの雨が降った。歓声が上がる。泣き声も笑い声も、今は嘘じゃない。本物の音だ。
ルキウスの手が、私の手から離れない。雨の中、氷の目は溶けて、ただの人の色になっている。
「青磁」
「はい」
「俺と——」
その言葉の続きは、宰相の咳払いでかき消えた。場違いなほど大きな音だ。
「こほん! こほん! 王太子殿下、ここは儀式の——」
ルキウスは雨の中で笑った。ほんの少し、子どもみたいに。
「……あとで言う」
私は頷いた。雨は、私たちに拍手するみたいに降り続いていた。
儀式が終わると、侯爵令嬢は国外の親戚のもとへ『学び直し』に出された。聖女は商人の娘ではあったけれど、歌の才は本物で、今度は彼女自身の名前で働けるようになった。宰相は風邪を引いた。私は王宮に小さな窯を許され、工房の片隅には猫の寝床が置かれた。タマは当然のようにその上で伸び、時々、王太子の書類の上を歩いて叱られている。
ルキウスは、相変わらず不器用だ。私に花を贈る代わりに、薪小屋の屋根を直してくれる。宝石の代わりに、上質な粘土を運んでくる。言葉より、手の温度で告げる人。
ある夜、工房が静まり、火の目が眠そうに赤を吐く頃、ルキウスがやって来た。彼は窯の前に座り、私の隣の床を指さした。
「座る」
「はい」
畳じゃないけれど、土間に座るのは好きだ。二人で座ると、火の音が二人分になる。彼は少しの間、火を見てから、低く言った。
「俺の呪いは、消えない」
「うん」
「だが、お前の器の傍にいると、静かになる。俺は、静かな王になりたい」
彼は私を見た。氷の目ではなく、夜の底のような色。
「だから——俺と結婚してくれ」
窯が、ぼっ、と笑った。
私は笑って、頷いた。「はい。器の番は、王の番もします」
その夜、ルキウスは初めて私に口づけをした。雨の匂いが、ほんのわずか、まだ王都に残っていた。
婚約の報せが出ると、王宮はまた少しざわついた。『土の娘が王妃に?』『身分が足りぬ』そんな紙片のような声が風に舞う。私は耳に土を詰めるわけにもいかず、少しだけ肩をすくめた。
そのとき、思いがけない客が工房を訪れた。王妃だった。黒髪に銀の飾りを挿し、静かな目をしている人だ。彼女は工房の中央に立ち、私の手元を見た。
「あなたが青磁ね」
「はい」
「噂は聞いたわ。器で息をする娘だって」
私は苦笑して、轆轤を止めた。「器に息をさせてもらっている方です」
王妃は口元だけで笑った。「ルキウスの幼い頃を思い出す。あの子は、生まれつき世界の雑音に囲まれていた。抱き上げるたび泣いた。手袋越しに触れる私の手を、嘘のあるものとして嫌ったのだそうよ」
胸が痛んだ。彼は、ずっと戦っていたのだ。
「ひとつ、頼み事をしてもいい?」王妃は指で窓をさした。「今から庭で茶を飲むわ。あなたの器で飲ませて」
私は頷き、まだ生乾きの小さな盃を二つ、そっと火の近くで温めた。釉は縮れ、端に小さな景色が出る。急ぎ仕事は好きじゃないが、火の気配が手伝ってくれた。
薔薇園の白いテーブル。王妃は盃に注がれた薄い香草茶を口に含み、瞼を閉じた。しばし、沈黙。
「……静かね」
「はい」
「私も、ずっと静けさを探していたのかもしれない」王妃は目を開き、真っ直ぐに私を見る。「青磁。王という器は、時に国を抱くには小さすぎる。だから周りの器が大切なの。あなたの器は、きっと国の息を整える。あの子の息も」
私は立ち上がり、深く頭を下げた。
「あなたが王妃であることに、彼の幸福が宿るなら、私は歓迎するわ」王妃は言った。「礼を言いに来たの。——あの子に、静けさを教えてくれて」
別れ際、王妃は一輪の白い薔薇をくれた。私はそれを小さな花入れに挿し、火の傍に置いた。薔薇は音もなく、そこに在った。
結婚式は、驚くほど静かだった。彼の希望だった。音楽は弦の二重奏、花は庭から摘んだ白い小花。私は藁灰釉の小さな盃を二つ作り、二人で星見のバルコニーに立って酒を分け合った。
「静かだ」
「うん」
「きれいだ」
「それ、気に入ってるんだ」
「うるさいよりは良い」
私は笑いながら、彼の胸元に顔を寄せた。彼の心臓は、意外とよく喋る。とくとく、とくとく。嘘のない音。
「ねえ、ルキウス」
「なんだ」
「王妃の座って、硬い?」
「硬い。玉座は石でできている」
「……クッション置こう」
「頼む」
そんな会話で笑い合えることが、たまらなく嬉しかった。
それから数ヶ月、王都には雨季が戻り、市場には魚と果物が溢れた。人々は器を求め、私は働いた。王宮の工房は、いつの間にか『王立陶房』と呼ばれるようになった。弟子が三人、猫は二匹。タマは勝手に後輩を連れてきたらしい。
ある日、遠方の村から手紙が届いた。干ばつで枯れかけていた畑に芽が出た、と。私は封を伏せて、胸の前でぎゅっと抱えた。手紙の紙から、土の匂いがした。
ルキウスは私の背中に手を置き、小さく言う。「良かった」
「うん」
「青磁の器は、やっぱり黙っている」
「褒めてる?」
「たぶん」
「はっきり言って」
「……とても、いい」
私は笑って、彼の肩に頭を預けた。
夜更け、工房で二人きりになったとき、私は彼に聞いた。
「ねえ、ルキウス。あなたの呪いが本当に消えないなら、ずっと、しんどいまま?」
「いや」彼は首を振る。「お前といると、しんどいが『ある』と『ない』の間になる。これは、悪くない」
「間」
「ああ。たとえば、音楽が止まる瞬間と始まる瞬間の、あの狭い隙間だ。そこに座っている感じ」
私は目を閉じ、その隙間を想像した。きっと、そこに、器は置かれるのだ。音楽と静寂の橋渡しとして。だから彼は、私の器が好きなのかもしれない。
「ねえ、もう一つ聞いていい?」
「なんだ」
「最初に店に来たとき、本当に、私の器の音を『静か』だと思ったの?」
ルキウスは少し考えて、頷いた。「ああ。静かだった。——そして、猫が可愛かった」
「タマ?」
「うむ。あれは正義の味方だ」
「どういう理屈」
「俺が撫でても怒らない」
「それは味方って言わない」
二人で笑った。火も、笑った気がした。
やがて、王都に冬が来た。雪が塔を白く縁取り、夜が早く降りる季節。私は工房で、今年最後の釉薬を撹拌していた。ふと、背後の気配に振り返ると、ルキウスが立っていた。手には、包み。
「贈り物」
「え、何?」
「開けろ」
包みの中には、見慣れない土の塊が入っていた。手触りは滑らか、色は少し赤い。
「新しい土?」
「南の砂漠の向こうから来た。『星の土』と呼ばれているらしい。砂漠の夜、冷えた星の下で寝かせると、鈴の音を覚える、と」
胸が、跳ねた。星の土。なんて、綺麗な名。
「ねえ、ルキウス」
「なんだ」
「来年の初窯は、これでいこう」
「ああ」
「そしてまた、星をすくう。——今度は、誰のためでもない。私たちの、静かな夜のために」
ルキウスは頷いて、私の額に口づけた。窯の火が、小さく鳴った。猫が欠伸をした。
雪は静かに降り、王都を包む。火の温もりと土の匂いと、二人分の呼吸が、工房を満たしていた。
そして今夜も、焼き上がりの鈴の音は、窯の底から湧いてくる。
器は黙って、世界を抱く。
私たちは、その静けさの上に、言葉を置いていく。
これから先、王として、陶工として、夫婦としてきっとたくさんの騒がしさがあるだろう。けれど、私は知っている。土は抱く。火は歌う。星は、すくえる。
だから私は、彼の手を取る。彼は、私の手を包む。
ねえ、ルキウス。今夜も、世界は、静かで、きれいだね。