【スピンオフ】下町なんとか、ドローンとか
【シリーズ】「ちょっと待ってよ、汐入」として投稿しています。宜しければ他のエピソードもご覧頂けますと嬉しいです!
目の前にテーブルクロス。籐で編んだピクニックバッグから、珈琲豆、ミル、ドリッパー、カップ、ドリップポッド、保温性の水筒が取り出され、テーブルクロスの上に広がっていく。そして傍には、持ち主である汐入がいる。今、僕らは森林公園の東屋にいる。
汐入はミルに珈琲豆を入れながら
「案外、外で淹れるのもいいもんだよな!この間、大学の中庭で淹れた珈琲の爽快感にハマってしまったんだよな〜」
とご機嫌なご様子。対する僕のテンションは低い。
「そうだね。うららかな日差しが丁度いい季節だね」
と、差し障りのない僕の相槌が、豆を挽くジジジジ、ジリッという音に混じる。
僕、能見鷹士は個人事業主としてコンサルタントを生業としている。元は大手シンクタンクで働いていたが、ブラックな企業風土に嫌気がさし、三十路が見え始めた28歳で退職。一念発起し、中小企業に特化した地域密着のビジネスコンサルタントとして起業した。B級グルメ、クラフトビール、映えスポットやパワースポットの開拓、アニメとのコラボや聖地巡礼のツアー、プロモ動画、SNSの活用など、商店街復興、地域活性化の為にあらゆる企画を地域の人と一緒に伴走するのがモットーだ。
そしてご機嫌に珈琲豆を挽いているのは汐入悠希。亡き父親の残した探偵事務所を継いでいるが、仕事のない時は大森珈琲でバイトをしている。つまりほとんどの日は大森珈琲にいる。
実を言うと汐入とは中学時代の同級生なのだが、当時はあまり親しくはなかった。女子剣道部にいたかな、ぐらいのうっすらした記憶しかない。高校は別だったが通学の電車が同じだったので話すようになり、それから親しくなった。所謂、腐れ縁ってやつだ。
今日は、場所を変えて珈琲はいかが?と汐入に強引に誘われた。一応、先頃、解決をみた路上酸欠事件(と勝手に命名した。磯子百合なる女子大生が路上で酸欠を起こし倒れていたという不可解な事件だった)への調査協力のお礼ということらしい。
あまりに汐入が前のめりなので、また何かに巻き込もうとしているな、と嫌な予感がしたが、お礼と言われれば無下にはできない。そんな次第で今に至る。
「よし、できたぞ!ワタシのスペシャルブレンドだ!」
コーヒーカップからゆったりと湯気が揺蕩い珈琲の香りが漂う。
「ありがとう、頂くよ」
と、珈琲を口にする。汐入探偵事務所への依頼の謎解きに付き合うのも悪い経験ではないな、とマインドを変えるには充分な味わいだ。あ、駄目だ。ここで断固たる態度で断らないから、いつも巻き込まれるんだ、僕は。よし、今日は何が来ても断るぞ!
「なぁ、能見。貴様の仕事は、企業相手が多いだろ?」
「ん?うん。まぁ小さな会社ばかりだけどね」
「貴様は何を見てあげるんだ?」
「僕への依頼案件ってこと?そうだなぁ、例えば地元の会社と商店を繋いで新しい企画をするとか、会社内部の業務効率化の手伝いとか。でも、出来ることなら基本は何でもやるかなぁ」
ん?気のせいか?汐入の目が俄かに輝きを増したぞ。それも僕にとっては良くない輝きだ。
「ほう!出来ることなら何でも、か!素晴らしい心掛けだな!」
何か、失言したか?やっちまったのか?不安な面持ちで汐入の次の言葉を待つ。すると、
「特許、わかるか?」
と汐入。
「特許・・・。過去に無かったわけでもないけど・・・」
「よしよし。いいぞ。でな、ある小さな企業なんだが・・・」
「待て待て、待て!聞かない!聞かないぞ、その先は。特許は弁理士とか専門家がいるよね。専門家に任せれば良いだろう!」
「まぁそう言うな。弁理士先生に頼んだら百万円や二百万円など軽く吹き飛ぶ。内容によってはもう一つ桁が増える。地場の小さな企業にそんな余裕はない。クライアントも困っている」
う〜ん。そんな事を聞いてしまうと先を聞かなくてはいけない気になってしまう。
「ワタシのじいさんが昔、企業の弁護士をしていてな。あ、それは話したことがあったな。でな、それを頼りにどこか相談できる所を紹介して欲しいと頼まれたらしい」
汐入は、僕に介入の隙を与えず、一気に話す。
「もちろん最初は特許事務所を紹介しようと思ったのだが、先方の懐事情がさっき言った通りでな。で、何とかしてやりたいのだが、とジイさんが私のところに来たんだ。でも特許なんて、探偵のワタシの領分ではない。そこでだ、能見。貴様に話しを持って来た、という訳だ。どうだ?悪い話しじゃないだろ?」
ようやくひと段落だ。無理やり背景を聞かされて僕のマインドは、断固拒否から揺らいでしまっている。何と言っても地域の人と一緒に伴走するのが僕のモットーなのだから。
確かに今回は、いつも汐入の案件に巻き込まれているのとは違って、ちゃんとした仕事の紹介だ。問題は、僕にできる案件なのか?という点だ。まずはもう少し事情を知る必要がある。
「相談内容がわからないと、何とも言えない。僕が知財の専門家ではないという事を踏まえた上でなら、話しを聞くことはやぶさかではない、という回答になるけど。どうかな?」
「話しを聞いてくれるってことだな!わかった、ありがとう!お、珈琲、お代わりするか?」
「頂くよ。汐入、くれぐれも僕は専門外って点をよくよく先方に伝えてくれよ!」
「おう!任せておけ!」
と汐入はご機嫌に二杯目の豆を挽き始めた。
今日は面談の日だ。三浦野製作所の会議室。顔合わせとなるので汐入も来ている。
「能見先生、汐入先生、宜しくお願いします!」
張りのある声で挨拶をしてくれたのは社長の三浦野さん。歳の頃は五十に差し掛かろうか。とてもエネルギッシュな雰囲気をまとっている。先代から社長を引き継いで三年になる、とのこと。
先生、と呼ばれたことに少々不安になる。汐入も先生と呼ばれているし。果たして汐入はキチンと僕の状況を伝えてくれているのだろうか?
「あ、いや、先生だなんて。先生はよして下さい。コンサルタントの能見です」
「まあ、お気になさらず、先生!さ、お座りになって下さい。汐入先生も、どうぞ。汐入先生は、汐入先生のお孫さんなんですってね。先生に宜しくお伝え下さい」
二人目の汐入先生はきっと汐入のお祖父さんのことなのだろう。三浦野さんはあまり細かなことは気にしないタイプの様だ。汐入を睨みつつモヤッとしたまま席に着く。汐入は完全にスルーしている。
三浦野製作所は、従業員15名の小さな会社だ。通信の設備を長く営んでいて、近年のデジタル化に対応すべく小さい会社ながらも無線通信技術にも力を入れているらしい。代替わりした今の社長が積極的に取り組んでいるのはモノ同士の通信を活用したシステムの設計だ。設計だけなら大きな設備投資をせずにできる為、新たな事業として育てたいとのことだ。
「それで、ご相談の案件とは?」
「ええ。それなんですが、まずは見てもらいたいものがあります。ちょっと倉庫の方へ」
と言って案内された倉庫には1名の社員と数台のドローンがある。社長が、「よし、デモ、よろしく」と声を掛ける。
社員がリモコンを操作すると数台のドローンが一斉に飛び立った。
「見ていて下さい。今、うちの社員がこのドローンのうち、一台を操作します」
と言って社員に目で合図を送る。すると、数台のドローンが一斉に右に、左にと動き出した。
「!?」
「これが我が社の開発した技術です!」
「今、全てのドローンを操作したのですか?」
「その様に見えますが実は違うのです。操作したのは一台だけです。残りのドローンはその動きに応じて、動きを合わせたのです」
「つまり?」
「ええ、ドローン同士が通信しお互いの動きを整合するシステムが我が社の開発した技術なのです」
「IoTというやつだな」
と汐入が理解を示す。インターネット オブ シングス。モノ同士の通信技術だ。
「ええ。仰る通り。実はこのドローンの制御方法について特許の出願をしたのですが、それが今、困ったことになってまして、それが今回の相談事項なのです」
会議室に戻る。ここからは先程、操作をした衣笠さんという社員も同席した。
「これを見て下さい」
と言って社長は一枚の紙をテーブルに置いた。そこには警告書と書いてある。曰く、三浦野製作所の製品がこの警告書の主、華千科技集団の特許を侵害している、と。
「相手は大陸の新進気鋭の大きな会社です。とても我々が太刀打ちできる規模ではありません。我々としても事情がよく飲み込めないのでまずは先方の代理人を名乗る方と話しをしたのですが。相手方、以降はA社と呼んでおきましょう、A社にロイヤリティーを払うか我が社の技術をA社に譲渡するか選択せよ、とかなりの圧をかけられまして・・・」
うーむ。なかなか難儀な話しだな。
社長の言葉を引き取り衣笠が続ける。
「あのシステムは私が開発したもので、それ自体は今までにない新しいアイディアなんです。着想も私のオリジナルで、通信技術の研究論文などから得たものではないのです。私はバードウォッチングが趣味なのですが、ムクドリの大群が一斉に方向転換するのを見て、その原理を応用するのはどうだろうと考えたわけです。簡単に言えば、個々の個体がそれぞれ近くの個体との位置関係を把握して自律的に動くシステムです。近くの個体と連携する事で全体の動きが統率できるという訳です」
「なるほど」
いや、全然なるほどではない。ムクドリの大群が統率される原理はよくわからなかった。でも、相談内容の大筋はわかった。一方で、汐入はふむふむ、面白いな、とムクドリに興味津々だ。
僕は僅かばかりの特許に関する知識を総動員してもう少し詳しく確認をする。
「A社は御社のなにを見て権利侵害だと言っているのですか?」
「ウチの製品紹介のパンフレットとホームページと言っています」
ふむ。既に製品化している訳だ。
「出願した特許の現状は?」
「はい。出願は製品をホームページに載せる前ですので、3、4ヶ月前です。なのでまだ未公開の状態です」
出願した特許は公開されるまで、18ヶ月間、未公開の状態である。だから出願内容を見て権利侵害と言ってきているわけではないということだな。
「A社は具体的にはどの権利を侵害していると?A社の登録特許の内容はみましたか?」
公開された出願は特許庁のサイトなどから公開公報が閲覧できる。特許番号などで検索すればA社がどの権利の侵害を主張しているのか具体的にわかるはずだ。
衣笠さんが答える。
「はい。A社の特許を読んでみたのですが、確かにドローンの制御技術が書かれていました。簡単に言えば一つのコントローラーから個々のドローンに信号を送り一斉に操作をする技術です。目的は同じですが、技術的な思想は私のアイディアと全くの別物です」
う〜ん。技術思想が異なれど目的は全く一緒のようだ。これはA社の特許をよく読み検討しなくては。だがその前に権利侵害の考え方について説明する必要がありそうだ。
「そうなのですね。でも実は特許を取れることと、他社の権利侵害は別なのです。仮に出願した衣笠さんの発明が特許登録になったとしても、A社の権利を侵害しているという状況は発生し得るのです」
社長も衣笠さんも、えっ?という顔をする。
「どういう事でしょうか?今はまだ未公開の段階ですが、将来これが特許登録されれば問題ないのでは?先ほどご説明した様に技術は全くの別物ですよ」
「はい。仰ることはよくわかります。しかし権利侵害の考え方は少し違うのです。A社の主張に妥当性があるかどうかは、後ほど具体的に検討するとして、まずは権利侵害について、例え話で説明しましょう」
と言って僕は説明を続ける。
「えっと、そうですね、実際にはないですが例えばカレーパンを考えてみましょう。A社が『カレーの入ったパン』という特許を持っていたとしましょう。そして衣笠さんが、そうだ、ビーフカレーを入れたらどうだろうか!と新たなアイディアを思いついて出願したとしましょう。
すると特許庁の審査官は世にあるカレーパンの情報を調べて、確かにビーフの入ったカレーパンは無かったね、となる。そうなると、ビーフカレーパンにも特許権が与えられることになります。所謂、特許が登録された状態になるわけです」
お二人は、ふむ、ふむと頷きながら聴いている。問題はここからだ。
「A社がカレーパンの特許を、そして御社がビーフカレーパンの特許をそれぞれ所有している状態となりました。ここで衣笠さんが自身の持つ特許権の範囲でビーフカレーパンの商売を始めたとしましょう。すると何が起こるのか?」
問題ないのでは?特許権を持ってるんだから、とお二人は呟いている。
「実はビーフカレーパンの特許はカレーパンの特許の一部に過ぎないのです。ビーフを入れた点は新しいのですが、発明としてはカレーパンに改良を加えた発明であると言う理屈です。言うなればビーフカレーパンもカレーパンという事になります。
さて、カレーパンの特許は誰が持っているのか?A社の権利です。なので、ビーフカレーパンはA社のカレーパンの特許権を侵害している、という事になってしまうのです」
お二人は、何とも言い難い不服な表情でう〜ん、と唸っている。
衣笠さんが
「いや、でも、僕がビーフカレーパンを売れないとなると、一体、誰がビーフカレーパンを売れるのですか?」
「この場合は誰も売れない、という事になります」
えっ!いや、そんな馬鹿な!とお二人の声が重なる。
「A社がビーフカレーパンを売ろうものなら、それは衣笠さんの特許を侵害する事にもなります。なのでA社も衣笠さんもビーフカレーパンは売れないのです」
「じゃあどうするのですか?」
と社長。
「A社が普通のカレーパンを売っているだけであっても、A社はこちらを権利侵害だと主張するでしょう。ビーフカレーパンのせいでカレーパンが売れなくなるかもしれませんので。ただ、もしA社もビーフカレーパンを売りたいという場合は、クロスライセンスを交渉するというのが一つの手です。A社がビーフカレーパンを売ることを認めるかわりに、こちらの売るビーフカレーパンに対しA社の権利を振りかざすのをやめてもらうのです。つまり、お互いに権利を使い合う訳です」
お二人は神妙な表情で、権利侵害ってそんな考え方なのか、クロスライセンスなんて、A社にこの技術を与えるだけじゃないか、など呟いている。
それにしても先程のドローンのデモ、そしてムクドリの大群をモデルにした制御技術。なんて素晴らしいんだ!技術はあるのにお金を稼げないなんて、良くない!これは何としても力になってあげたい!
僕はこの依頼を受けようと決めた。
「社長さん、ご依頼お受けします。対策を一緒に考えましょう!」
「本当ですか!先生!ありがとうございます!」
あ、いや、先生ではないんだけどね・・・。
「なぁ、能見」
「ん?」
三浦野製作所からの帰路だ。鳥居駅を降りて街中を僕の事務所に向かって歩いている。
「あんなにちゃんと仕事ができるんだな!見直したぞ!!」
「ありがとう、でいいのか?なんかスタート地点が低くないか?」
わかっていてわざと褒めながらディスっているのか?それとも天然か?何れにせよ、汐入が僕を褒めんなんてレアだ。
「何を言っている!?最大限に貴様を讃辞しているんだぞ!」
天然か。ありがたく受け取っておくとしよう。
「わかった、ありがとう」
「さておき、この後、どーするんだ?まさかクロスなんとかをA社と交渉するのか?」
「まだ、何とも。ちゃんと懸案の特許をよく読んで相手の主張を理解してから対応を考えるよ。だからまずはA社の特許と三浦野製作所の出願内容を読み込むところから始めるよ」
「そうか。ともあれ助かったよ。ジイさんにも能見が引き受けてくれた事、よく伝えておくよ」
多分、事務所に着く頃には社長からA社の特許公報と三浦野製作所の出願書類が電子メールで届いているだろう。今日のうちに請求の範囲だけでも目を通して、対応の方向性に見通しを付けておきたいところだ。
「汐入、次回からは三浦野製作所との打ち合わせに同席は不要だ。僕だけで大丈夫だよ」
「そうか。でも折角だから同行したい。自分にとって未知の世界に触れるのは刺激になる。特許とか仕事のできる能見の姿とか。なかなか新鮮だったぞ。いつもはポンコツだからな!」
むう!!馬鹿にして!やっぱり天然ではないな!
「ポンコツとはなんだ!失礼な!」
汐入がいたところで特に負荷にはならないから好きにさせるか。
「来たければ来い!僕が汐入に仕事ってやつを教えてやる!」
「ああ、楽しみにしている!じゃあな!」
と言って今日は汐入と別れた。
A社の特許と三浦野製作所の出願を見比べてみて、僕は愕然とした。A社はドローンの集団の動きを制御する方法、とかなり広い権利範囲を請求項に記載している。これに対し三浦野製作所の請求項はドローン同士が通信を行いドローンの集団の動きを制御する方法、となっている。
まさにカレーパンとビーフカレーパンの関係なのだ。このままだと三浦野製作所の出願が特許登録されたとしても、A社からの権利侵害を主張に対して勝ち目はかなり低い。どうする?どうすればA社権利を回避できる?何とかしなくては・・・。
翌日、大森珈琲で僕は一人会議をしている。それぞれの特許の権利範囲を図にして整理してみる。「ドローンの集団の動きを制御する技術」を広い輪で書くと、どうしたって、「ドローン同士が通信し集団の動きを制御する技術」はその輪の中に入ってしまう。ビーフカレーパンはカレーパンの一種なのだ。
カウンター越しに汐入が声を掛けてくる。
「どうした?能見。仕事とやらをワタシに教えてくれるんじゃないのか?」
いつもなら即、反論するところだが、今日は汐入の軽口がグサグサと心に突き刺さる。
「教えたいのはやまやまなんだけど・・・。教材のレベルが高くって教えるどころか、そこに僕が至っていない・・・見てくれ。お互いの特許の関係を図示するとどうしてもA社の権利の中に三浦野製作所の権利が収まってしまう」
「ふむ。これがこの間、説明していたカレーパンとビーフカレーパンの関係ってことだな」
「まさにその通りなんだ・・・」
汐入の軽口に張り合う気にもなれず、素直に困っていることを打ち明ける。
う〜む〜。と唸り汐入もジッと図を見ている。
「ま、一杯、淹れてやるよ」
と言って、豆を挽き始める。豆を挽きながら汐入は話しを続ける。
「なあ、能見。ワタシの依頼でもよくあるんだが、行き詰まっている時って、視点が固定されていることが多いんだよな」
「ああ、そうだね。そーゆーことってあるよな」
「なんか違う視点から見れないのか?」
そうだな。なんかある。きっと。だがまだ見えてこない。
汐入が珈琲をカウンターに置いてくれる。そして改めて図示された特許の関係を見て言う。
「思うんだが、例えばここにビーフカレーが登場したらどうなる?ビーフカレーはカレーパンとは別物だろ?だってパンが無いんだから」
「!!!」
それだ!直感的にそう思った。
「汐入!それはもしかしたら重要な気付きかもしれないぞ!」
そうだ。カレーパンとは違う切り口で、ビーフカレーを取り出せれば、違う図が書けるかもしれない!つまり――
「ムクドリの大群を模した制御システムを切り出せばいいのか!」
「そーゆーことか!自分で助言をしておいて何だが、具体的にどういう事になるかまでは解ってなかった。なるほど!それなら勝算があるかもしれないな!」
「汐入、でかした!ナイスアドバイスだ!」
翌日、早速、昨日のアイディアを伝える為に三浦野製作所を訪れた。
「先日、カレーパンとビーフカレーパンの例え話を致しましたね。A社、御社の発明を見比べた所、やはりこの構図に嵌っておりました」
はぁ、やはりそうですかぁ、と社長も衣笠さんもがっくりと首を垂れる。
「しかし、ここで諦めたらいけません!カレーパンの外に出る方法を思い付きました!」
それは一体?どんな方法ですか?と質問が飛ぶ。
「ビーフカレーこそが御社の発明であると再定義するのです!」
「ん?それは、つまり、具体的には?」
「ドローンは一旦置いておいて、制御システムだけ切り出してみてはどうでしょうか?ドローンはあくまでそのシステムの用途の一つと位置付けるのです」
「確かに我が社の発明の本質はドローンではありません。ムクドリの大群の動きに着想を得たこの制御システムこそが大事な技術です。いや、しかし、我が社で何をどう定義しようがA社には関係ない話ではないですか?特許は既に出願していますし。今更ビーフカレーです、と叫んでもどうしようもない」
「いいえ、今ならまだ出願内容は変更出来るのです!」
更に僕から助言をする。
「実は改めて新たな出願をしなくても、出願から一年以内なら元の出願を上手く活用できる制度があります。優先権を主張して元の出願に上書きする形で修正することが出来るのです!」
えっ!なんだって!とお二人がにわかに活気付く。
「元の出願書類のどこかに記載されている事項であれば、発明の日付は元の出願日に遡ることが出来るのです!」
「つまり、優先権を利用して我が社の出願をビーフカレーとするって事ですね!そうすればカレーパンの外に出れる!」
「はい!仰る通りです!」
流石、社長の理解は早い。
「衣笠さん、出願書類に具体的に制御するシステムについて書いてありますか?」
衣笠さんが記憶を手繰る。
「えっ〜と。あ、あります!書いてあります!明細書に一つのモノの動きに応じて近隣のモノ達が距離を修正する。この働きを瞬時に連続的に起こす事で全体が動く、という理屈と、センサーから周囲の個体のどのような情報を得てどう動きにフィードバックするか、という実施方法を具体的に書きました!」
「衣笠くん、ドローンの制御方法ではなく、制御するこのシステムを改めて請求項に整理してみよう!」
「はい、社長!この要件を上手く請求項に記載して出願すれば良いのですね!」
どうやら具体的に出願のイメージができるようだ。
よし、これでA社の主張する特許侵害のロジックの外に出ることが出来る。あくまでも三浦野製作所商品はドローンではなく、制御するシステムだと。
更には、もしA社がこのシステムをドローンに使いたい、となった場合、逆に三浦野製作所にシステム使用料を払え、と主張することも出来るかもしれない。
「これが上手くいけば、A社の権利侵害を回避できるだけでなく、他社にライセンスする事も可能です!なので、海外への出願も検討すると良いと思います。これは私の力ではサポートできないので、しっかりと弁理士の先生に相談する事をお勧めします」
「能見先生!ありがとうございます!」
「いやぁ、先生ではないのですが・・・実は着想は汐・・」
「先生!先生は立派な先生ですよ!本当にありがとうございます、先生!」
先生の連呼にかき消されて汐入の貢献を伝えそびれた。汐入は、先生と呼ばれまんざらでもない僕をチラッと見てニヤリと笑う。
三浦野製作所を出ると汐入が話しかけてきた。
「能見、良かったな。これは三浦野製作所史に残る偉業になるかもしれないぞ。手柄はくれてやるさ、能見センセ!」
「あ、いや、ごめん。独り占めしたかった訳じゃなくて、伝える機を逸したというか、かき消されたと言うか」
「ふふん。ま、別に良いんだ。ワタシとしては貴様に大きな貸しを作れたからな!今後もワタシの探偵助手として期待しているぞ!!」
あ、結局こうなるんだね・・・。次は何に巻き込まれるんだろう・・・。
(終わり)
短編をシリーズとして掲載しています。一話だけ読んでもわかる様に一話完結としています。シリーズを通じての大きな流れや人間関係が読み取りにくい点があるかもしれません。ご容赦下さい。