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細い腰の再現。あるいは欲望の暴走。

「なんでこんなことに」


 王女殿下の友人兼美容担当に抜擢されたライラは問題に直面していた。

 いや、常に問題はあったのだが、そのほうは、色々な刺客を用意中なので棚上げしている。


 胸覆いの話とは別に腰を細く見せたい、という要望が出てきたのだ。胸覆いの補正力(弱)を見たご婦人方がもしや服でスタイルを補正できるのでは? と気がついてしまったらしい。今までも腰を細く見せるものはあったがそれは太いベルトのようなものでがっつりとした補正力はない。

 天然のボディが命と皆が鍛錬に励むのも理由がないわけでもなかった。


 ライラは自分のちょいとつまめるお肉を愛しているが、世の女性はわりとストイック。老いも若きも、である。

 また、腰を細く見せたいというのは若い娘の望みというより、かつての美しさを取り戻したいという貪欲な淑女の要望だった。

 まあ、大変ねと他人事であればよかったのだが、そうはならなかった。

 ロレッタの母。つまりは王妃様から直々にご相談を受けてしまったのだ。

 呼び出されたときには、娘に変なものを押し付けるなと言われるかなと戦々恐々していたのだが、全く違った。


「ロレッタがとてもあなたのことを褒めていたの。

 毎日楽しそうできらきらして、伸び悩んでいたランクも順調にあげていくし、もっとやれるってはりきっているの。これからも仲良くしてちょうだい。

 それにしてもあのキラキラには私も娘時代を思い出しちゃった。

 で、私もちょっと、お願いしたいことがあるの」


 ノンブレス。すごい肺活量だなとライラが思ったのは現実逃避だろう。心配だからとついてきてくれたロレッタはなんだか隣で照れてた。

 しかし、ライラにとっては、娘のお友達でしょ? じゃあ、私の話も聞いてくれるかしら? と聞こえた。厄介ななんかだ。


「ねぇ、私、細い腰を取り戻したいの」


 がしっと両手を握られていた。いつの間に移動していたのか、瞬間移動なのか。

 ライラは白目をむきそうだった。迫力美人にさらに迫力上乗せで迫られて瀕死である。


 十分お美しく、十分細くないですか? とライラは思うが、娘時代の肖像画を持ってこられ、これよ! これ! この細さと美しさ! と王妃様に言われたときには、黙るしかなかった。


 元儚く華憐な美少女。しかし、巨乳。

 現貫禄ありの美女。やっぱり巨乳。4児の母とは思えないスタイルの良さだった。


 どちらがいいかは好みによる。とはいえ、あの頃の美しさを再びと思えば、腰も細いほうがいいだろう。

 ただ、今は抱き心地良さそうですよ、とは言えず、今でもあの頃に負けずお綺麗でと言うほどすべらかな舌はライラは持ち合わせていなかった。

 欲しかったな二枚舌。ライラが遠い目をしても現実は迫ってくる。


 ごめんねぇうちのお母様がとロレッタも謝っていたが、断ってはくれなそうなのも痛い。ライラはパットの開発は後回しにしますねと宣告した。

 ショックという顔の彼女にライラはどういうものかと試供品を渡しておいたので自力開発するかもしれない。


 それはともかくライラは補正下着の開発に着手した。ワイヤーの代わりになる素材を広く集められるのは、王族専属となって一番良かった点だった。

 陸ドラゴンのヒゲという希少素材がワイヤーに相当すると判明し、それを仕込んでまずはコルセットを制作した。ライラはついでに自分用に試作品という名でワイヤー入りの胸覆いを作って試験中と着用することにした。

 そのまま入れ込んだらドラゴンヒゲのワイヤーが地味にちくちくして痛かった。小さいささくれのようなものが無数にあるらしい。棘抜きも大変そうなので、布を巻いて当面しのぐことにした。ちょっとごわつくがないよりずっといい。


 なお、陸ドラゴンはクジラみたいなイキモノらしい。ヒゲといいながらヒゲでもないらしい。どこの部位? というと笑ってごまかされたので、知らないほうがいいなとライラは追及していない。


 まだなの?という催促をもうちょっとでと乗り切り、ようやくできた試作品と説明資料を持参しライラは王妃の元を訪れた。

 王妃はライラを私室に招き入れた。


「試作品一号です」


 挨拶もそこそこにライラは試作品を出した。

 見た目は一枚の布である。緩やかに曲がったワイヤーが入っているのでうねってちょっと不気味にも見える。


「あら、ベルトかしら」


「ベルト状から始めました。前例がありませんので、殿下の体型にあわせて微調整を行います、が」


 なんか、国王陛下がなぜいらっしゃるので? と視線で問う。ロレッタがいるのはもう何も言わない。


「得体のしれぬものを身に着けるのだ。心配にもなろう」


「いらないっていうのに」


「ほんとお父様、無粋」


 娘と妻に責められてなぜかライラを睨む王様。

 私関係ないと思いつつへらりと笑うしかない。


「はじめていいわ」


「まず、ご説明から」


 ライラは緩やかに腰を補正するものであるものであること。過度に締め付けると体調を崩すためここぞというときに利用するよう事前に強調しておいた。

 あくまで、補助的なものであると。

 王妃様に健康障害を起こしてはいけない。

 大げさかもしれないが、実際起こりかけたのだ。


 ライラは母をはじめとした叔母や親戚にも試着に協力してもらった。王妃様をいきなり実験台にはできないので、と説明したがホントはちょっと懸念があったのだ。


 王妃様に献上するものはホック状にしたが、初期は紐で細さを調節するものだった。それがまさかより細くするためにむりやり締め上げていた。ライラがしないでくださいとかなり言ったにも関わらず。

 やっぱりとライラは発覚直後にすべて取り上げた。


 ライラは私の手に入らなかった細い腰と嘆く親族を前に、続けたらどうなるかということを人体模型込みで説明する羽目になったのだ。

 この世界に人体模型がなぜあるのかというと、気の巡りなどの説明や急所をつくとどうしていいのかという説明用にある。元々は医療用だったが、その医療というのも気功的なものだったりした。


 彼女たちは娘や孫くらいの年のライラに説教されてさすがにばつが悪そうだった。

 適正利用の誓約書を書かせ、発覚した場合は今後一切関与させないという約束で試着は再開した。意外に背筋が伸びていいわ、とか、腰が痛くなくなったような気がするという報告もあり、間違いなくに使えばいいこともあるらしい。

 なお、旦那様たち、つまり叔父などはちょっと複雑らしい。奥さん美人になったと褒められるし、妻も機嫌はいいが。


 ライラはちらっと国王陛下へ視線を向けた。

 不機嫌そうである。


「マリオンは今のままでの十分麗しいのに」


「まあ、あなたのために美しく装いたいのに、そう言われては困ります」


「そ、そうは言われても、ほかの男が見惚れるのは許しがたい」


「よそ見は致しませんわ」


 惚気いただきました。

 ライラは呆れたような視線を向け、ロレッタはため息をついていた。


「いつもよ、いつも」


「お疲れ様です」


 とはいってもライラの家も似たようなものだったのだが。

 ライラの父は愛妻家であり、娘を溺愛するような男だ。ちょっと目つきは悪いが、性格は悪くない。どちらかというと内向的。文官として城に勤めてもいる。まじめな男である。

 ただ、まじめすぎて想定の斜め上を飛び越えていくこともある。


 先日、胸覆いやコルセット着用でスタイル補強した母を見た瞬間、泣き出した。別の男ができたのか、とか、俺捨てられるのかとか、ないことないこと妄想が飛び出てきてライラと母はドン引きした。

 聞けば最近、母が美しくなったと周囲からも聞かれ不安になっていたのだという。それに加えお出かけに誘っても娘の相手が忙しいと断られ続け、もしや、娘を言いわけに浮気を!? とまでいってしまったらしい。

 ライラと母は反省した。下着の話だから、男性にはちょっとと話をしなかったのが悪かった。


 それからすると同席しているので、陛下に誤解されることはないだろう。たぶん。


「こほん」


 いちゃいちゃし始めると困るのでライラは咳払いした。

 はっと気がついたような王妃はちょっと愛想笑いをしていた。


「まだ試作段階なので肌に直接つけるような使い方はいたしません。

 薄布の服の上から腰に巻き付けて後ろのホックで止めます。今回は私が」


 とライラがいったところで、思い切りよく王妃様は脱いだ。ドレスの下のキャミソールが美しい。


「おお」


 おもわずライラは感嘆した。☆4くらいだろうか。いや、5でもいけると謎評価をつけつつ、補正下着をつけた。


「一番外側がぴったりですね。もう少し、締めますか?」


「頼むわ」


「では息を吐いて」


 ライラは素早く三つほど用意したホックの真ん中ので締める。


「もうよろしいですよ。どうですか?」


「苦しくはないわね。押さえられている感じはするけれど。もっとできそうな気がする」


「それは健康上お勧めしません。どうしてもというときは一番きついものを試してみてください。

 あとは数日着用いただいて、不具合を調整します」


「わかったわ。無理を言ってすまなかったわね」


「いいえ、殿下のお役に立てて幸いです」


「着替えてくるわ」


 ライラは機嫌よく衣裳部屋へ立ち去る王妃を見送る。

 難しい顔をした王とロレッタとライラが残る。


「帰りましょうか。この先は長い」


 ロレッタはさっさと撤退するつもりらしい。

 ライラはちょっと考えた。王からの心象が悪いというのは良くない。母はこんな娘でも一緒に楽しんでくれるくらい割り切ってくれたが、外に働きに出ている父は周囲から色々言われているらしい。本人はこぼさないが、父の友人の友人が教えてくれた。


「あの、陛下、少々よろしいでしょうか?」


「なんだ」


「一つお願いがございます」


「申してみよ」


「寛大なお言葉ありがとうございます。

 本日ご用意したものはまだ試作段階、できればあまり人目につくようなことがないようにしていただきたいのです。

 大変申し訳ないのですが、陛下が着脱を手伝っていただけませんか?」


「……儂が?」


「ええ、ほかの誰にも見せるわけにはいきませんでしょう? 美しい女性の無防備なところを」


 無言だった。


「お父様?」


「承知した。臣下の願いを聞くのも王の役目だろう」


 王は厳めしい顔で言うが、頼んだことがことだけにライラは笑いだしそうになった。

 ありがたき幸せとごにょごにょと言い、資料を置いてライラとロレッタは部屋を辞した。


「……ライラ、なにあれ」


 しばらく無言で廊下を歩いていたが、ロレッタが何とも言えない顔でライラに問う。


「男性が女性の着替えの手伝いなんてしないでしょ? だから、手伝ったらどうかなって」


「侍女がすればいいでしょ!」


「うちで持ち出し事件が発生しまして。私も欲しかったとさめざめと泣かれ大変困ったんです。

 うちのような下っ端貴族なら、悪いけどクビねで済みますけど、ここではだめですよね」


 王妃の持ち物を盗むなど許されない。

 胸覆いのほうはキワモノ扱いがまだされているので盗まれることも発生していないが、そのうちに対策がいるかもしれない。


「材料が高価なのでアレは量産体制するようになるには時間がかかります。効果を考えるとそれまでの間に盗まれないとは思い難いですね……」


「わかる、わかるけどっ! どうするの。私の年の離れた妹か弟ができたらっ!」


「え、そんなですか? 元々脱がせるのはいつもしてらっしゃるでしょうし」


「ライラっ!」


「ロレッタ様、純情で可愛いです」


「……ほんと、もうっ!」


 あんなすっごい服着てるのになぁとライラは思う。

 今日のロレッタはわりと大人しいドレスではあるが、前の部分がスリットが入っていて歩くと太ももの半ばで見えそうである。

 なお、ライラは完全防備不審者スタイルである。手と顔しか見えない。


「まあ、しばらくは静かだといいですけどね……」


 ライラは陸ドラゴンの乱獲が発生しないかということだけはちょっぴり心配になった。


「そうね……。で、私のものは」


「ちょっと別のものもありまして、それもご相談を」


 ワイヤーの代わりが見つかったのだから、もっとがっつりホールドする胸覆いができるのである。

 ライラの美胸計画はまだまだ伸びしろがあった。

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