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守られる良さ。あるいは痛みの排除。

 麗しき王国の花。と呼ばれる貴族令嬢。彼女たちはただ飾られる花ではない。


「私ここ好きじゃないです……」


 ライラは馬車を一歩降りてそうつぶやいた。

 今日はいいところに連れて行ってあげるとロレッタに家に馬車で乗り付けられそのまま馬車に押し込められたのだ。それなのに、ついたところは良い思い出がない場所である。

 馬車に乗りなおそうとしたライラをロレッタとお付きの騎士たちが引き止める。いや、引きずり下ろすに近かった。

 どうしても連れていきたい鋼の意思と筋肉を感じて、ライラは観念する。


「なんでここなんですか」


 ライラは日差しが眩しいと日よけフードを目深にかぶりなおす。引きこもり生活が長く、日差しが強い日は肌が焼けるのだ。日陰のイキモノらしい真っ白さはライラもちょっと気にしている。しかし、露出高く外を歩く気もなかった。

 隣を歩いていたロレッタは苦笑する。彼女は小ぶりな帽子と顔を隠す薄布を着けていた。それがお忍びスタイルということになっている。フードとかで顔を隠したり、仮面をつけたりしないらしい。

 なぜかと言えばどうせバレるということだそうだ。それ、お忍び? と思ったりもしたが、気にしていては王族のお姫様と付き合えない。

 よくわからないが、ライラは夜会以降お姫様の親友として遇されて、よく遊びに連れ出される。慣れなければやっていけない。


「何度かは来たことあるでしょう?」


「ありますけど、嫌なんですよね……」


 連れてこられた場所は女性向けの国営の訓練所。男性用はもっと別の場所にある。昔は男女同じだったらしいが、色々問題があり、かなり離れた場所に再度つくられたそうだ。

 ライラはここにも良い思い出がない。


「なにがあったの?」


 あまりにも気乗りしないライラにロレッタが心配そうに尋ねた。


「たいして美人じゃないのに、美人だって因縁つけられて死ぬほど走らされたんです。拷問です」


 揺れる胸が気になるから始まり、なんか走ったら痛いしジャンプもできない。な、なんで、みんな普通の顔をして……? と疑問を抱いていると美人だからと言って弛んでるとしごかれたのだ。

 美人に美人と罵られた謎の場所である。


「……ライラ、良く聞いてちょうだい」


「なんですか」


「あなた、美人よ」


「またまた、ご冗談を。

 平凡顔の平凡なっ!」


 ロレッタが真顔でぐわしっとライラの胸を掴んだ。


「こ・れ・を! 見せつけておきながら! 美人じゃないって!?」


「いたっ、いたいですって!」


「こんな美乳ふるふるさせて、しかも、深窓の令嬢以上に美白で! なにを言ってらっしゃるのっ!」


「ちょ、ぎぶ、ぎぶっ!」


「姫様、そこまでで」


 ライラはもがれるかと思った。

 こわい。

 震えながらライラは騎士の後ろに隠れた。彼女たちも立派な胸のはずなのになぜ私が。と思ったが、彼女たちの視線もやや冷たかった。


「我々は胸筋という感じなので」


「……なんか、すみません」


 前世、シンデレラなサイズだったので、うっかり育てることに熱中しちゃったんです。ライラは心の中で懺悔した。

 ライラから引き離されて落ち着いたのかロレッタは落ち着いたようだった。

 しかし、ライラに向けられる慈愛の微笑みというのがとても恐ろしい。


「ごめんなさいね。取り乱しちゃった」


「そ、そうですか……」


 ライラは効くかはわからない色々を教えることにした。今までは効果はわからないものはなぁと黙っていたのだ。どれか効けばいい。今後の友情的なスポンサー的なもののために。

 先に立って歩き出したロレッタの隣にライラは並んだ。


「こ、ここには何をしに」


 元の話題に戻ってしまわないようにライラは別の話題を出した。ある意味本題に戻った。


「同士を増やしに、よ」


「増やすんですか?」


 ライラは首を傾げた。ロレッタと側近、護衛にまで活動的生活用胸覆い(スポーツブラ)を生産し終えたので終了と思ったのだ。彼女たちにしても一時的興味で終わるだろうなぁとさえ思っていた。それほどに固定概念は強い。

 胸覆いに慣れつつあるライラの父にしても殿下にそんなものを作っていいのかとおろおろしていた。すでに愛用者の母は後ろで腕組みをして頷いていた。姫様もお目が高いと。あれには謎の貫禄があった。

 ライラは立ち止まったロレッタに気がつかず数歩進んでしまった。振り返るとロレッタは慈愛の微笑みを浮かべていた。なにか凄いことを考えていそうでライラはわくわくした。

 ロレッタはそののまま口を開く。


「くそ兄貴が因縁つけてきて、ブスになったとか言ってきて、許せないから婚約者を篭絡してやるの」


 ……めっちゃ私怨だった。ついでに口も悪くなっている。


「前々から奴は微妙サイズだのなんだの、あーっ! はらたつ!」


 怒りに燃えるロレッタ。

 雄々しい。

 かっこいい。

 でもちょっぴり傷心が見えた。

 ライラは思わずロレッタに抱きついた。


「ロレッタ様! ぜひともぎゃふんと言わせてやりましょう!」


 身内のくそな評価といじりは心底傷つくものである。前世のライラも無神経な奴らの発言には傷ついたものだ。まあ、下品に弄り返してやったということもあったりもしたが、それは都合よく棚上げすることにした。


「う、うん」


「どうしました?」


 戸惑ったような声をライラは不思議に思った。なんだか、ロレッタの顔も赤いような? 日差しが暑いところでこんなことをしているせいだろうか。

 幸い人通りはない。王族が通るという通達がでていたから人払い済みであったのだろうなと気がつく。お忍びといってもちゃんと配慮はされている。


「……固定してこれって、なにもなかったら……」


「はい?」


「なんでもないわっ! いざ、戦場へ」


 ぐいっと離され、ライラは思いのほか強い力にびっくりする。☆5令嬢、麗しいのに力強い。とても頼もしく見えた。


「お供しますっ!」


「敵は手ごわいですわよ」


 ロレッタはライラを従え勇ましく訓練場の中に入っていった。



 久しぶりに訪れた訓練場は、ライラの記憶の通りだった。全く変わらない配置の訓練人形にライラはびびる。でかい、ごつい、堅そうと殴りかかるとか無理では、と思うのだが、華奢そうな少女がぶっ倒していた。

 さらに教官役が前にあった人と同じようだった。ぎろりとお姫様一行を睨んでいる。

 こわっ! とライラは騎士の後ろに隠れた。


「訓練か」


「ええ、そうよ。手合わせを頼みたいわ」


 微笑みながら挑発的。ロレッタは教官と対等どころか圧するくらいの威圧を出していた。

 さっすが☆5の貫禄とライラは安心できる。


「……そこの小娘も?」


「へ? 私はお断りですっ」


 油断していた。ライラはへっぽこ☆2、ドノーマルな令嬢である。怪我はしたくない。痛いのはお断りである。


「覚えているぞ、一度でやってこなくなった根性なし」


「覚えてなくていいですっ!」


「まさか一回なの?」


 ロレッタにもちょっと呆れられたようだった。

 その件は父母にも嘆かれていたのだ。貴族の令嬢にあるまじきと。何なのこの脳筋と思いながらもライラはごめんなさい無理ですと押し通した。

 普通に痛いんだから仕方ない。


「その無粋なものなどつけているからだ」


「……個人の趣味です」


「姫様もそんなものに感化されるなど」


「はぁ!? 私の心の友の大事なものにケチつけんの?」


「姫様も笑われているのが分からぬなど」


「剣をとりなさい。

 ふざけんじゃないわよっ!」


「ちょ、ロレッタ様、わたしはいいので!」


「よくないっ!

 ちょうど肩慣らしにはいいわ。まえよりやれる気がするの」


 獰猛な笑みが大層お似合いで。ライラはちょっとだけ引いた。お姫様がしていい表情じゃない。


「姫様がんばって!」


 しかし、私のために喧嘩を買ってくれたのだからとライラは応援した。

 ぱっと花咲くような笑顔でがんばるとロレッタは答えた。周囲がとてもキラキラしている。


「え、なにあれ」


「武気がこぼれてますね。やる気です」


 まさか、ゲームのエフェクト、本当に現実にある? ライラは混乱してきた。特殊効果で花も散ったりするのだろうか。見たことはないが。


「絶好調ですね」


「私たちも胸が気にならなくて活動能力が上がった気がしています」


「ちょっと試してきますね」


 うきうきと騎士のお姉さま方も他の訓練している人たちに手合わせをお願いしに行ってしまった。ライラはぽつんと残される。


「わたし、置いてきぼり?」


「おやおや、可愛いお姫様を残していってはいけないな」


 ライラに声をかけた人がいた。

 視線をむければ、美青年が立っていた。いや、美青年顔の美女である。ちょっとややこしいなと思いながら、胸元をチラ見してしまった。胸筋という可能性はあるのだろうか。


「お姫様はあちらですよ」


「君だよ。ライラ嬢。

 滅多に社交界に出てこない白蓮の君。本当に白い。その無粋な覆い布を外してしまえばいいのに」


 普通にセクハラされた。

 ライラは白い目でその美女を見上げた。なにを勘違いしたのかその美女は微笑んで、ライラの顎に手をかける。

 ライラは鳥肌が立った。偉い人っぽいから穏便にと思っていたが、微笑みが固まる。


「花というより、かわいい子猫ちゃんだな」


「いえ、ドブネズミで結構なんですが、どちらさまですか?」


「おや、僕を知らない?」


「存じ上げていません」


 たぶん、☆5つということくらいしかライラには察せられない。


「おもしろいな」


 おもしれ―女いただきました。とライラはちょっと思った。


「どなたでもいいんですけど、人の許可を得ずに触れるのは良くないと思います」


「……なるほど。ガードが固いというのは本当だったな。ふむ。悪かった」


 彼女の指先が離れる前にライラの頬に触れていった。


「気持ち悪いな」


 ライラは素で感想を述べてしまった。これで喜ぶと思われているのが癪に障るということもある。


「気持ち悪い?」


「あ、なんでもないですよ」


 微笑みながらライラは距離をとった。五歩くらい。

 その美女は唖然としているようだった。


「ライラーっ! 私の雄姿見たかしらっ!」


 ロレッタを見れば華憐に勝利ポーズを決めていた。

 教官をぶちのめしていたとは思えないような可憐さだ。ライラは喧嘩しないようにしようと心に決めた。凶悪性能だ。


「素敵でした。機能性はどうでしたか?」


「動きやすいわ。……あら、エリーズ様。こちらにいらしたんですの?」


「知ってて無視してたろ」


「いえ、教官が先に喧嘩を売ってきたのでぶちのめしておこうかと思って」


「……かわいそうに」


「自業自得ですわ。

 どうです? エリーズ様も」


「いや、遠慮しておくよ。今までとキレが違う。

 それはやっぱり、その布のおかげなのか」


「そうですわ! どうです? エリーズ様も一枚」


「考えておくよ」


 そういってエリーズは立ち去っていった。ロレッタはその彼女を見送っていた。ライラは首をかしげる。


「あの方がお兄様の婚約者の方じゃないんですか?」


「ちがいましてよ。侯爵令嬢のエリーズ様。かっこいい方よねぇ」


 うっとりと見ているロレッタにライラはちょっと腹が立った。一緒に怒ってくれるかと思っていたのだが、そのあたりは違うらしい。

 まあ、見ていなかったという可能性も高いが。


「そうですかねぇ。

 じゃあ、婚約者の方は?」


「え? 教官」


「そっち!?」


 よく見れば教官も若そうではある。きっちり結んでいた髪が乱れている今はやや幼げにも見えて、年齢が読めない。最初見たときから怖いオーラがと思っていたので、かなり年上と思い込んでいたのかもしれない。


「お堅いカトリーナ嬢とチャラい兄様、あわなそうで兄様がべた惚れなの」


「そんなことはありませんよ。

 あの方にとってはお遊びです」


 カトリーナはロレッタの言葉を即否定した。冷ややか過ぎて震えるくらいの温度だ。


「というところですれ違って長い」


 ロレッタがこそっとライラに囁く。


「で、どうやって説得するんです?」


「最初は運動能力の向上から攻めようと思ったのだけど……」


 ぶちのめして、話を聞いてくれるのだろうか。

 ロレッタもちょっと失敗したかなぁという表情である。ライラはため息をついた。

 甘言は好まないが、友人のためである。


 ライラはまだ立ち上がれない様子のカトリーナの前に膝をついた。


「お詫びしなければいけません。

 確かに私は根性が足りませんでした。痛みに耐えるという皆さまができることができなかったのです。

 ですから痛みを得ないために、私はこの胸覆いを開発したのです。皆さまの助けになると信じて」


 瞬きをこらえて涙目をつくる。ライラは多少の話の破綻は勢いと雰囲気で押し切るつもりだった。

 ロレッタはそうだったっけ?という表情をしたが、そのあたりは口出ししない察しの良さがあったようだった。

 ロレッタもライラの隣に膝をつく。


「胸をそっと覆って、やさしく守ってくれるものです。無粋など言わず、一度試していただけないでしょうか。

 その性能はロレッタ様や騎士の方々にも十分にわかっていただいています。

 揺れる胸の美しさも大事ですが、それは特別な殿方の前だけでよいのでは?」


「私もそう思いますわ。

 大事な人以外に見せないという誠意の在り方もあると思いますの」


「そ、そうだろうか」


 ロレッタとライラは目くばせをした。


「もちろんですわ」


「カトリーナ様のために特別なものを作ります。綺麗な布地を選んで、自分だけのものを用意するのも楽しいものですよ」


 戸惑いが滲んでいながらも、カトリーナはでは頼むと言った。

 それだけでなく、訓練場にいたものも後に購入したいと依頼が殺到した。

 これ、さらに大事になっていないかとライラは冷や汗をかいたのだが後の祭りであった。

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