第八話 記憶
月明かりの下、確かに二人の男の人がいる。
翔は目を細めて、じっと見る。
とても背が高い。
一人は、茶色のふわふわの髪の毛が風になびいている。
大きな水色の瞳が、とても優しそう。
狩衣の下にパーカーのような服を着て、黒い細身のズボン。
スニーカーを履いていた。
(モデルみたいだ…)
翔はもう一人の男の人に視線をうつした。
黒色のツンツンした髪の毛に、切れ長の瞳が印象的だ。
狩衣の下にハイネックを着用。
黒い細身のズボンで、ショートブーツのようなものを履いている。
どちらにせよ、二人ともかなりの美形だ。
見た目は高校生から大学生くらいだろうか。
(カケルって…ぼくの名前、呼んだよね…。でも、知り合いではない事は確かだ…)
どんなにイケメンでも、怪しい人かもしれない…と思った翔は大きく息を吐いた。
(逃げよう…)
ぎゅっと車椅子の操作バーを握り、心の中でカウントする。
(1…2…)
(3!!)
ギュルルルル!!
車椅子が後ろに下がり、くるりと回った。
(よし!)
うまく方向転換出来た。
翔はそのまま走り出そうとする。
「カケル!!」
ツンツン男子が叫んだ。
☆☆☆
ブチン!!
何かが切れた音がした。
…と同時に、停電になった。
街灯が消え、あたりは月明かりだけになった。
「うわぁ!」
急に暗くなり、翔は思わず大声を出す。
どうしよう…と、その場から動けなくなっていた。
「ちょっとホノ。インフラに手を出さないでよ」
ふわふわ男子が、ため息まじりに呟く。
「悪い…」
バツが悪そうな、ツンツン男子の声もする。
「カケルくん、ごめんね。ビックリしたよね?」
カチンコチンに固まった翔に、ふわふわ男子が声をかけた。
「あ、あの…、誰…ですか?」
おそるおそる聞くと、ふわふわ男子は翔の近くまで来ると、
「あっ…。そうか。ごめんごめん。そうだよね」
と、何にかに納得して、あははと笑う。
翔は妙な感覚だった。
本当に知らない人物なのに、何故か知っているかもしれない錯覚もあった。
昔見た夢を、どうしても思い出せない感覚にも似ている。
「何から話そう…。…うん。とりあえず、自己紹介から。僕はシナツヒコ。シナって呼んでね」
星がちりばめているような笑顔にノックアウトされつつも、翔もあいさつした。
「あ、は、はい。ぼくは浅野翔です」
「よろしくね。カケルくん。で、あっちにいる黒いものがホノイカヅチ。ホノでいいよ」
翔は、ホノイカヅチと呼ばれた彼を再び見た。
確かに黒い。
黒い…。
「黒い…。でも黒いものって…。あっ。昨日、ゴミ袋をつついていたカラスも黒かったなぁ……って…」
ゴミ置き場に出していたゴミ袋をカラスが荒らしてしまい、片付けが大変だった事を瞬時に思い出した。
真っ黒なカラスが印象的だったのだ。
「え…」
ホノイカヅチとシナツヒコは、一瞬言葉を失った。
空気が凍ったようだった。
(あ…。しまった…)
翔は失言に青ざめた。
常にまわりに気を遣う翔にとって、このようにポロッと失言するのは初めてだった。
「す、すみません!嘘です!忘れて下さい!」
咄嗟に謝ったが、シナツヒコがふるふると肩を震わせていた。
(怒っている!?ど、どうしよう!?)
翔はパニックになっていると、
「ふっふっ…、あははははははは!!!」
シナツヒコはお腹を抱えて笑い出した。
怒りではなく、笑いで震えていたようだ。
今にも転がって笑いそうな勢いだ。
翔が呆気にとられていると、ホノイカヅチがイライラしている。
「シナ、笑いすぎだろ!!」
「だ…、だって…だって…カラスって…。
八咫烏なら良いけどねぇ…」
ヒィヒィと苦しそうに涙も流していた。
それを見て、さらにイライラしているホノイカヅチに、翔はもう一度謝った。
「あ、あの…、本当にごめんなさい…」
ペコリと頭を下げる翔を見て、ホノイカヅチはボリボリと頭をかいた。
「いや…、別にいいけど…。仮にも神に向かって、ゴミ袋を漁るカラスははないだろ…」
「すみません…。そうですよね。神に向かって…って…、え?神?ですか?」
急に出てきた突拍子もないワードに、翔は目をまるくした。
「あ…」
またホノイカヅチはバツの悪そうな顔をした。
「今日のホノはポンコツだね。カケルくんに会うから浮かれちゃった?」
「………」
シナツヒコの嫌味に、反論出来ずに腕組みをしている。
(まさか…。ヤバイ…。勧誘だったか…)
別の意味で青ざめた翔。
「あの。そういうのは間に合ってますので…」
翔はカバンから携帯を取り出し、ライトをつけた。
「では、さようなら…」
街灯のない真っ暗の道は、車椅子にはかなりのホラーだか、ここにいるよりはマシだと思った。
「あ!待って待って!」
車椅子を動かそうとした右手を、シナツヒコはぎゅっと握りしめた。
「わ!!!」
握られた手首から渦巻きの風が吹いた。
頭の中にまで吹き抜けた。
ホノイカヅチは翔の左手を握った。
「えぇ!!!」
今度は雷の音が頭の中に響いた。
そして、脳の中が放電されたようになった。
「あ…」
翔の脳内に、記憶にない記憶が注ぎ込まれていた。
シナツヒコがいて、ホノイカヅチもいる。
桃色の物体は何だろう?
でも、楽しそうに笑ってる…。
これは前世の記憶?
デジャブ?予知夢?
わからない。
わからない…。
意識がだんだん遠のいていく翔は、無意識に呟いた。
『ヒルコ…』