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フルコト!  作者: 﨑山翔
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第八十七話 神無月

十月。神無月。


目覚まし時計が鳴り、翔は目を覚ます。


「あれ……?」



違和感、という表現がいいだろうか。


何か空気が違う。

以前と変わったような雰囲気がある。


ベッドから車椅子に乗り換え、カーテンを開けた。



「眩し……」


思わず目を細める。


いい天気だ。

朝から燦々と太陽の光が降り注いでいた。



「うーん…………?」


この胸の引っ掛かりは何だろう?


ベッドではまだヒルコが仰向けで眠っていた。


『スピー、スピー』



窓からはいつもと変わらない風景が見える。


通勤するサラリーマン。

犬の散歩をするお年寄り。

ジョギングをしている女性……。



当たり前の日常だ。


『スピーィ!』


ヒルコの寝息が大きくなった。

まだ起きそうにない。


(ヒルちゃんは寝かせておいてあげよう…)



父が会社、妹の桜が支援学校に行ったあと、ヒルコを起こして一緒に朝ごはんを摂る。


近頃の習慣になっていた。





「よし。桜の準備を手伝おう」



翔は今、休学中。


自分も学校に行っていた朝は、とにもかくにもバタバタしていた。


自分の支度に加え、桜の支度の手伝いもしていたから。

翔自身も車椅子のため、なかなか大変だった。



だけど今はとても余裕がある。


それだけでもストレスフリーだったりする。



ヒルコを起こさないよう、静かに部屋のドアを閉めた。




◇◇◇◇◇



リビングに行くと、ホノイカヅチが朝ごはんを作っていた。


「おはよう、ホノくん」

「カケル。おはよう」


バターのいい香りがする。

今日はほうれん草のソテーと、目玉焼きとウインナー、コーンスープだ。



「美味しそう!…って、違うか。

ホノくんの作るごはんって、本当に美味しいから、美味しいそうじゃないよね」


「そうか?味見するか?」


「するする!」


ウインナーを口に入れてもらう。




「あー!カケ兄、ずるーい。ボクも!」


後ろからカグツチの声がした。



「おはよ、カグくん」

「おはよう。カグ、お前も食べるか?」


「うん!食べる食べる!」




その間に、シナツヒコは洗濯物を干している。

今日はいい天気。

よく乾きそうだ。




父は会社に行く準備と同時に、桜の準備もしている。

翔はそのアシストに入る。


支度学校に持参する物品も多い。

寝る前に準備をしておくのだか、もう一度確認作業も必要だ。



ホノイカヅチとシナツヒコが手伝ってくれるようになってから、大いに助かっているのは言うまでもない。

それでも猛スピードで時間が駆け抜ける。



少し屋根に凹みのある車に桜を乗せて、父はエンジンをかけた。


翔達は見えなくなるまで見送った。





◇◇◇◇◇







「ヒルちゃーん、おはよー」


『ムニャムニャ………』


「ヒルちゃん、朝ごはんだよー」


『ムニャム……。あ…、カケルくん、おはよう…』


ヒルコの一日の睡眠時間が、だんだんと少なくなっていた。


一日の大半を眠っていたのが、朝、昼、晩とそれぞれちょっとずつ起きているようになった。


それ故、うたた寝もコンスタントにとってはいるのだが。



エネルギー容量が増えてきたのだろうか。

いい傾向だ。





○○○





朝食の時間だ。




「いただきまーす」


翔はコーヒーカップを持ち、フーフーと息を吹きかける。


ホノイカヅチの淹れるコーヒーも絶品だ。

香りだけでも癒される。




「あ……。そういえば………」


起床した時の、よくわからない違和感を思い出す。


「朝、起きた時にね、何か変わったような…、変な感じがしたんだ。

気のせいかな?」


言語化が難しい。

この表現で伝わるだろうか。




「変な感じ?」


ホノイカヅチが聞き返した。


「うん……。違和感?っていうのかなぁ………」


「へぇ。…カケル。やっぱり瞑想の効果が出てるな」


「え?どうして?」


「感受性が豊かになっている。

もしかしたら自分の波動が見えるようになるのも、そう時間がかからないかもな」


「え!本当?」



自分の波動が見えるようになる。

それ瞑想トレーニングのが最終目標だ。


波動が高く強くなり、その状態をキープ出来るようになる。


感情をコントロールするため、ちょっとやそっとでは揺るがなくなる。


翔はそれを目指していた。



「今日から十月だろ。神無月な。

神々が出雲へ行くんだよ。だからそのへんがざわついているんだろう」


「出雲に?えー……、何で?」


「俺にもハッキリとわからないけど…。

スサノオ様が言うには、だぞ?

神無月だけは、スサノオ様が葦原の中つ国を統治するからだと。

まあ、本当かわからないけどな……」


「スサノオ様が?そうなんだ……。何で?」


「だから知らんて。

スサノオ様が言ってたんだよ。

ちなみに、出雲はスサノオ様が降り立った地なんだ」


「へぇ~!

……あれ?じゃあ、ホノくんやシナくんやカグくんも出雲に行くの?」


「いや、出雲に行くのは自由参加だからな」


「自由参加なんだ?」


「ああ。だから行きたければ行けばいい。

俺は行ってないけど」


案外緩いのだ。




「僕はね、行ったり行かなかったりだよ。

今年は行かないけどね。カケルくんといたいし」


シナツヒコがニンマリと笑う。


「え。あ、あはは、ありがとう…」



「それにしても、ホノの言った通り。

カケルくんの波動が強くなってきてるよ。

瞑想、上達してきたね~」


「えへへ…。そうかな。ありがとう」


褒められると何だかくすぐったい。

翔は照れ笑いをした。



「神無月はさ、神々も騒がしいし。

特に今年は色々あるからね。

ちょっと警戒した方がいいかもしれない」


急に真面目な顔つきへと変わった。

それを受け、ホノイカヅチも真剣な表情で頷いた。



「そうだな……。

俺も、何か嫌な予感がする」


「ね。

僕も感じているよ」


「え……。

ホノくん、シナくん。

い、嫌な予感って…………?」


不穏な空気の流れに、翔の心もザワザワする。


朝の違和感の奥に、とんでもないモノを孕んでいたのかもしれない…?




「今まで、ちょこちょこ変な事が起こっていたよね?

カケルくんも巻き込まれて…。

ほら、ヤマタノオロチとか、マガツヒノカミの件とか……」


「う、うん。この前の、雹の事も……」


「何年か前からね、空気が淀みはじめていたんだよ。

それが積もって積もって積もって。

今年から徐々に表面化されてきたって感じ。

だからさ、神無月みたいにザワザワしてる月は気をつけた方がいいんだ。

一気に表面化する恐れがあるよね」


「あ……。うん、そうか、そうだね」





今現在、神々は高天原と葦原の中つ国を行ったり来たりしている。


それに加え、出雲にも…となれば、なかなかの騒ぎになっているだろう。



神々の放つ高くて強い波動は、そこに在るだけで守り神のようになる。


それがあったりなかったりするのは…。

普通に考えても心許ない。




「そうだな。

それに、恐らくそれらは二つの違うナニカによって引き起こされている。

その二つの違うナニカ、同じ目的なのかはわからないからな。

本当に…、注意した方がいいよな」



シナツヒコとホノイカヅチは小さく息を吐いた。


【懸念であればいいのに】という気持ちが伝わる。



「うん。わかった。気をつける……」


とは言ったものの、翔にはどうする事も出来ない。


ただ毎日を生きるしかない。

毎日を過ごし、出来るだけ早く瞑想をマスターする。

それが出来たら、何か少しでもわかるかもしれない。

……と、思いたい。








ヒルコは朝食を注入して満足したのか、ホノイカヅチの肩の上でぼんやりしていた。


「ヒルコ?大丈夫か?」


『うん。大丈夫………』


起きている時間が増えて嬉しいのだが、ボーッとしている時間も増えた。






カグツチは食べかけのトーストを両手に持ったまま、じっと考え込んでいる。


「カグくん?どうしたの?」


「え!?」


翔が声をかけると、カグツチの体はビクッと跳ねた。


「あ……。ご、ごめん。驚かせちゃった……かな?」


「あ、う、ううん。ごめんね。全然平気!」


トーストにかぶりつく。

明らかに取り繕っている。



(どうしたのかな………?)

気にはなったが。

その後のカグツチの態度はいつもと変わらない様子だ。


「何かあったら言ってね?」


「うん!ありがと、カケ兄!」


屈託ない笑顔にホッとする。



先の事はともかく今のところ、この神無月は油断大敵のようだ。







□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□




朝食の片付けが終わると、翔は図書館に出掛けた。





示し合わせたわけでもなく、和真と同じ机で勉強をする。

正午を過ぎるとそれぞれに帰り支度をし、一緒に図書館をあとにする。




その帰り道---。






「あの、和真さん…。聞いてもいいですか?」


「何だ?」


「あの…。どこの大学を狙ってるんですか?」


「ああ、それか…」




リュックから赤本を取り出して、おもむろに翔に見せた。

そこに書いてある文字は…。


「え!!それは…!!

と、東大!?」


想像以上の志望大学に、思わず叫んでしまった。


「……………声、でかいって」


「す、すみません………」


慌てて口を両手で押さえる。


「自慢じゃないけどな、本当は現役合格も夢じゃなかったんだけどな………」


「え!す、凄いですね…!」



東大を視野に入れられるほどの学力を持っていて、しかも現役合格も見込まれていたとは。


人は見かけによらないとは…、よく言ったものだ。

(失礼)



「ただ、受験シーズン真っ只中の時に…、誠の情緒が不安定になったり、母親が俺の進学資金のためにパート増やして体壊したり…。

色々あってな」


「あ……。それは……、とても大変でしたね……」


「………不合格だった時は、何かマジでどうでも良くなったし…。

一応滑り止めの私立は受かってたけど、うちの経済力じゃ到底無理だったしな。

国立じゃないと……」


「そうなんですね…。それで…来年、また受けるんですね」


「……もうさ、落ちたあとは常にイライラするし、ムカつくし…」




和真は空を見上げた。


やりきれなかったのだろう。


実力は充分にあって、合格圏内だった。


家庭環境の影響により、メンタルにダメージを受けた結果だ。


しかし、どんな言い分があっても試験は毎年一度きり。


どんなに足掻いても、結果を覆す事は出来ないのだ。



「予備校も金かかるから自分で勉強してるけど、やっぱり現役の方が強いからな。そんな不安もあったし…。

だけど……。なんつーか。

翔を見てたらさ、なんつーか……」


気まずそうに頭をボリボリ掻いている。


「本当に他意はないんだけど、なんつーか……」


「いいですよ。何でも言って下さい」


「………翔を見てたら、全部…、まあいいかって思えたんだよ。

全部、まあいいよなって」


「ええ~?あはは。それってどういう意味ですか?」


「だからそーゆー意味だよ」


「えっと……。いい意味ですか?」


「ああ」


「あはは!それなら良かったです!」



人の気持ちの言語化は、やっぱり難しい。

なかなかどうして難しい。


無理やり言葉にしたら、誤解を生む恐れがあるかもしれない。


だったら感覚で伝わればいい。

翔にも何となく伝わった。





「もしアレだったら…。

何かわかんねー問題あったら教えてやるぞ?」


「え!いいんですか!?」


「いーよ」


「でも…。勉強の邪魔になっちゃうんじゃ……」


「教えるのも勉強になるし、俺としても基礎を思い出せるから」


「わあ、ありがとうございます!

実は図形の証明が難しくて……」


「数字か。じゃあ明日教えてやるよ」


「ありがとうございます!助かります!」



翔の嬉しそうな笑顔を見て、和真は優しく微笑んだ。





□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 






黄昏時。

逢魔が時。


昼と夜が入り交じった時間。




海辺に座っている恵比須がいた。


白い光に包まれて、遠い水平線を見据えていた。

海の向こうを見つめている。


悲しそうに。

苦しそうに。

そして、悔しそうに。








水平線から朝日が昇るように、ゆっくりとゆっくりとゆっくりと………。

ナニカの姿が現れた。



真っ白の巨体。



恵比須は無言で、ただただそれを見ていた。



目玉が無数にあった。

鼻が無数にあった。

口が無数にあった。

耳が無数にあった。



ダランとした手をブラブラとさせて、まるで海の上に立つように現れた。



ソレは沈みゆく太陽に気付く。



『ヴぉォォォォォォォォォォォォォォォォおおぉォぉォぉ!!!!!!』



この世のものとは思えないような声を出した。


断末魔のような叫び声が、海原をビリビリビリビリビリビリビリビリと震動させていく。


海面が逆立ち、戦慄が走っているように見える。





「……………………」

恵比須が瞳を閉じた。


ギリッと歯ぎしりをする。

白い光に包まれてその場から消えた。









やがて太陽が沈む。


時を同じくして、そのナニカも消えた。


消滅したのではない。

ただ消えただけ。



その存在は確かに在る。






いつもと変わらぬ夜が訪れた。


いつもと変わらない日々。

当たり前の日常。


それが壊された時。

改めて人々は、

“変わらない日々”を尊ぶのだろう。














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