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フルコト!  作者: 﨑山翔
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第七十九話 エビス

真っ白の世界で、翔と男性は並んで座っていた。

どこまでも続く白い世界に境界線は存在しない。


男性は優しくて穏やかで、とても綺麗な顔をしていた。

色素の薄い髪の毛と、芯が強そうな不思議な白妙の瞳が印象的だ。





「このパラレルワールドは、強く思った事が具現化するんだよ」


「強く思った事が………具現化………」


「カケルくん、ずっと立って歩きたいって思っていたんでしょう」


「う、うん…。いや、でも…、どうかなぁ…。諦めてたし………」




確かに、立って歩きたいという願望は消したくても消えない。


しかし、そんな事は到底有り得ない。


現実問題、どんなに願っても決して叶わないものがある。


虚しいだけと知っているから、翔は極力思わないようにしていた。


立って歩きたい…という、絶対的に無理な夢は忘れようと心の奥底にしまっていたのだ。



「でも、きっとカケルくんはずっと思っていたんだね」


「そう………、なのかなぁ……」



自分の気持ちですら自分でわからない事がある。

本当に、人の心は厄介だ。



「でも…、ツクヨミ様は具現化するとは言っていませんでした。パラレルワールドに公園が出来た時も、レプリカだって……」


「レプリカ……ね」


男性は嘲笑うような顔をしていた。

何だか意外だった。


そして、今更な疑問を抱く。



「あ、あの………。すみません……」


「どうしたの?」


「あ、あの……。お名前は………」

(そういえば、どうしてぼくの名前は知っていたのだろう……?)



「ああ、そうだね。ごめんね。言ってなかったね」


「えっと…やっぱり…神様…ですよね…」



この男性からは確かに神様の波動を感じる。

だけど…何故か、徳を積み上げた高貴な人間のような感覚もあった。


何故かわからないけど。



「私の事は…エビスと呼んでくれたら嬉しいよ」


「あ……、えっと…。エ、エビス様……」

(あれ?どこがで聞いたような…?エビス…エビス…エビス…)


聞き覚えのある響きである。



「“様”はやめてね。もっと親しみをこめてほしいな」



ほとんどの神様が「気さくに、気軽に呼んでいい」と言ってくれる。


これがホントの神対応だ。



「あっ、ありがとうございます。エ……エビスさ…ん」


「こちらこそ、ありがとう」



柔和な笑顔を携えていた。


翔は少しホッとした。





「カケルくんは、三貴神がどうやってこのパラレルワールドを作ったか知っているかい?」


「どうやって…?あ、…確か、ツクヨミ様が………。う、う、う、うけ、う、け………」


誓約(うけい)


「そっ!そうです!!う…誓約って言ってました!」



誓約、と書いて“うけい”。



ツクヨミは、アマテラスとスサノオの三柱で誓約をしたと言っていた。



「ぼく、誓約がどんなものか知らないんです…」


詳しい内容まで聞かなかった。

……いや、聞く余裕がなかった。



「誓約はね、賭けみたいなものかな。一つの題目を出して、その結果を言い合うんだ。

結果を当てた者の勝ち、というわけさ」


「なるほど…」



例えば…。

デコレーションケーキがあったとする。


参加者はそのケーキの中に入っている果物は何か?…を当てるという事だ。



一人はイチゴ。

一人はバナナ。

一人はミカン。


ケーキを切ってみると……。

はい!イチゴが正解でした~!




「な、なるほど!」


理解した。



「ただね、誓約は同じ答えでも構わないんだよ」


「え?同じでもいいんですか?」


「うん」


「でも…、それだと成り立たないんじゃないんですか?」



答えが同じという事は、正解だろうが不正解だろうが、勝敗はつかないという結果になってしまう。



「答えが同じの場合は、誓約が成功か失敗かで判断するんだ」


「え?ど、どういう事ですか?」


「三柱の…、パラレルワールドを創るための誓約はね、

〈カケルくんの魂の輝きは本物か?〉だったのさ」


「え!!?」



まさか自分が賭けの対象になっていたとは…。

予想外すぎる。



「え?え?え?で、で…、結果は……?」


魂の輝きうんぬんと言われても、翔にはいまいちピンとこないのだが。


だからといって、失敗になったらなったで物凄くショックな気がする。



「今、このパラレルワールドが出来ている。

これが答えさ」


「………へ?」


「三貴神は〈本物だ〉と答えた。

そして正解は本物だった。

だからパラレルワールドは出来た」


「あ、ああ…。そういう事か…」


「もし三貴神が偽物だと答えたら、このパラレルワールドは出来なかった」


「あ…。じゃあ、意見が割れた場合はどうなったんでしょうか?」


「その時は…。パラレルワールドは出来るとは思うけど…。性能は少し落ちるだろうね」


「性能…」


「このパラレルワールドは高性能だよ。やはり三貴神の力は凄いね」


「は…はあ…」


高性能かどうかは翔にはわからないが、自分の魂の輝きが本物だと言われて思わず一安心した。



「あの、エビスさん…。

そんなに凄いパラレルワールドなら、どうして雹をこっちに移せなかったんでしょうか?」



先ほど、エビスは根本が違うと言っていた。


葦原の中つ国が危険に瀕した時、厄介な対象物をパラレルワールドに移行するためにここは創られた。


それ故、あの時マガツヒノカミとヨモツシコメは移行されてきた。



「そうそう。カケルくんに覚えていてほしくてね。キミをここに呼んだんだ」


「え………」


「三貴神も盲点だったと思うよ。

パラレルワールドはね、別次元なんだ。

高天原と葦原の中つ国の神や人間、あらゆる物質を移行するにはそれなりの条件があるんだ」


「???え?で、でも、ぼくはすんなり移行しました……よ?」


「無条件に移行するのはね、波動が高い場合のみさ」


「は、波動?」


「別次元に行く…というのはね、波動が極めて高くなければ出来ないんだよ」


「え?そうなんですか?」


「別次元の黄泉の国もそうだ。波動が高くなければ行けない」


「別次元に行くのは相当高度な技だ。それを三貴神はわかっていない」


「雹は…、波動が低かった…って事、ですか?」


「そういう事さ。

三貴神の波動はとても高くて強い。

それが常識で当たり前だから……、だから理解できないんだ。

波動の低い存在を。弱いものの存在を」



心なしか、エビスから怒りの感情が出ているような気がした。



「無意識に……、波動が高くなければ移行出来ないように創ったって事ですね……」



納得尽くの話だ。


最上位の神々は、きっとわざわざ下を見たりはしないものなのだろう。



「ん?でも……」


「カケルくん?」


「あの、エビスさん。ヨモツシコメってわかります?

何か…、凄く怖かったんですけど…。その、ヨモツシコメもパラレルワールドにすぐに来たんです。

その……、波動…、低そうでしたけど…」


「波動が低いなら、それなりの手順をふめばいいだけだよ」


「手順………ですか?」


「そうさ。手順をふめば、波動が低いものも移行出来る」



そういえば、マガツヒノカミがそばにいた。

そうだ。ヨモツシコメを呼び出したのはマガツヒノカミだ。


マガツヒノカミも神。

波動は高いはずだ。

それなりの手順を手早くこなせるのだろう。



「ちなみに、それなりの手順って何でしょうか?」


「低いものの波動を強制的に高くするんだよ。

一時的に高くなった波動と共鳴させて移行するのさ」


「はぁ…。そうかぁ…………」



葦原の中つ国に降り注いだ雹が、パラレルワールドに移行しなかった理由に合点がいった。


低い波動である無数の雹を、強制的に高くして共鳴させるのは……、なかなか至難の技だろう。




「エビスさん……。物知りですね」


「フフフ。そうかな」


博識だ。

敬服の至りだ。


エビスは照れくさそうに笑っている。





「私は勘だけは良くてね。

パラレルワールドが出来た事に気付いたんだ。

カケルくん達が葦原の中つ国に戻ってすぐ、興味本位で来てみたんだ」


「え!そうだったんですか?あの、その時って公園とか…ありました?」



いつ消滅したのだろうか。



「私が着いた時にはカケルくんの言っていた公園はすでに消えていたよ。

もう今のような真っ白な世界だった。

思い描いた人物がいなくなると、具現化されたものはすぐに消えるらしいね」


「そうなんですか…。

うん…。それにしても、やっぱりエビスさんは物知りですよね!

何で思った事が具現化するってわかったんですか?」


「ああ…。それはね…」



ゆっくりと立ち上がった。


背伸びをして、真っ白な世界を見上げている。

遠い目をしていた。



翔も立ち上がって、エビスの真似をして背伸びをした。


「うーん……」



肩の力を抜いて、目を閉じてみた。


物音一つしない、静寂の空間。

あるのは隣にいるエビスの気配だけだ。





「試したからさ。私自身がね」


「?試したって…?何をですか?」


「………………。私もカケルくんと同じなんだ」


「え?同じって…」


「立つことも、歩くことも出来ないんだよ」


「えっ………………?」






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆







「はっ!?」




翔は目を覚ました。


「こ、ここは………??」



キョロキョロと見回した。


「ぼくの………部屋………?」


ベッドの上にいた。

翔は上半身を起こす。


「あれ?ぼく………」



パラレルワールドにいたはずだ。

エビスと一緒に。




「あっ。そうだ…。エビスさん……」


もう一度、部屋中を見回す。


暗い部屋には間接照明の灯りだけ。

ぼんやりと明るい。



手元にはヒルコがスピースピーと眠っていた。


翔に寄り添うように眠っていた。


「ヒルちゃん………」




ヒルコを起こさないように、静かにベッドから車椅子に乗る。




「ま……まさかね、まさかだよね…」



試しに立ってみようか。

心臓がドキドキしてくる。


絶対にあろう筈がない気持ちと、もしかしたらという期待が入り交じる。



車椅子のフットサポートをあげて…。

両足に力を入れて…。



「………………………」




立てない。



(だよね………)


わかってはいたが……、やはり期待の分だけ切なくなる。



「いやいや、そ、そんな事より………」


窓から外を覗く。



大雨が降っていたが、雹は降っていなかった。



「よ………良かったぁぁ………。シナくんとホノくんのおかげかな………」




安堵の溜め息をつく。




ザーザーザーザーザーザーザーザーザーザー……。

雨音が強い。



雹はなくなったが、大雨警報が出てるかもしれない。

まだ油断出来ない。



父と桜の様子を見るため、翔はドアノブに手を掛けた。




「エビスさん……」


ふと、エビスを思い浮かべた。


夢ではない。

しっかりと覚えている。


エビスの顔も、声も。

パラレルワールドも。





最後の言葉がひっかかる。




立つことも歩くことも出来ない---。





(どういう意味なんだろう?

エビスさんは神様なんだし………。

…あ………)





不意にベッドで眠るヒルコに目を向けた。




(だけど……。でも………。だけど………)



『スピースピー』


ヒルコの寝息が聞こえる。




(神様………………)


ギュッとドアノブを握った。










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