第七話 出会い
「卓巳、おはよ~」
机に荷物を置きながら、翔は前の席に座る阿部卓巳に声をかける。
「おっ、おはよー!翔~、数学の小テストの勉強やった?」
振り向いた卓巳は、数学の教科書を逆さまに持って面倒くさそうに言った。
「少しだけ。卓巳、また一夜漬け?」
卓巳は少しお調子者だが、翔の事を心配して色々手伝ってくれる優しい面もある。
小学校からの友達で、何度か同じクラスにもなった事がある。
二年ぶりに同じクラスになれて、翔は安心感があった。
車椅子だと、クラスの人達から気を遣ってもらう事がたくさんある。
それはとても有り難く、とても感謝をしている。
だが、ごく一部は、先生に言われたから仕方なく…的な人達もいる事は確かだ。
助けてもらう立場の翔は、「やってもらえるだけいいだろ、文句言うなよ」と暗に言われているように感じてしまうのだ。
ただ、翔を助ければ、先生からの評価は爆上がりする。
先生の前だけ、翔を必要以上にサポートする人もいたりする。
だから、出来るだけ自分でやりたいのだが…。
障壁は必ずある。
一人では無理な事がたくさんある。
“卑屈にならないように、感謝しなければ。”と、翔は思っていた。
卓巳は、損得なく助けてくれる。
とても大事な友達だ。
「翔くん、おはよう」
翔と卓巳が小テストのヤマについて話していると、後ろから声がした。
学校で一番可愛いと噂される坂本伊織だった。
学級委員もしている。
「おはよう。伊織さん」
翔が挨拶をしている途中、卓巳は急に静かになって前を向いた。
「今日から一週間、私と一緒に日直なんだけど、日誌は一日交代でいいかな?」
「あれ、ぼくの日直、来週じゃなかったかな?」
「そうそう。吉川くんが今日お休みで。翔くん、今週からお願いしてもいい?吉川くんは来週ね」
「そっか。うん、わかった。ありがとう。今日はぼくが日誌書くね」
伊織から日誌を受け取った。
長い髪の毛をゆるく三つ編みをしている伊織は、学校一番といわれる笑顔を残して自分の席に戻って行った。
翔は日誌を開いて、今日の日付を記入していく。
一時間目からの教科を書いていく。
四時間目の教科が思い出せず、前の席の卓巳に聞こうと視線をあげた。
すると、卓巳は耳を赤くして伊織の後ろ姿をずっと目で追っていた。
(あ…。もしかして卓巳、伊織さんの事…?)
噂では、クラスの男子の半分は伊織の事が好きらしい。
(さすが、学校一番…)
翔はそう思いながら、日誌を書いていた。
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放課後。
翔と伊織は、職員室に日誌を持って行った。
「じゃあ、部活に行くかなー」
伊織は背伸びをして、バッシュの入った袋をリュックから取り出した。
「翔くん、美術部だよね?美術部行く?」
必ず部活に入らなくてはいけないという校則があるため、美術部に所属していた。
運動部の選択肢はないので、文化部から選ぶしかない。
絵はあまり得意ではないのだが、消去法で美術部だった。
「今日はリハビリだから休むんだ。今からリハビリ病院に行ってくるよ」
「そっか。じゃあ、また明日ね!」
伊織は体育館の方へ行き、翔はエレベーターで下に降りた。
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茜色の空が広がり、カラスがカァカァ鳴いていた。
「はぁ…。疲れた…」
翔は車椅子を走らせながら呟いた。
リハビリは、あまり…いや、かなり好きではない。
足が硬くならないよう、少しでも立位を保てるように訓練が必要なのは重々承知だ。
だが、現状維持のためのリハビリは、気持ち的にもなかなか辛いものだ。
しかも、痛みもほどほどにある。
(早く帰ろう…)
近道のため、公園を横切ろうとした。
ふわり。
風に乗って、桜の花びらが翔の顔の前に舞い落ちた。
「あ…、桜?」
今年はすでに散ったはずだ。
不思議に思い、公園に植えられている桜の木を見上げると---。
満開の桜があった。
いつの間にかあたりは暗くなり、空から大きな満月が、まるでスポットライトのように、はなざかりの桜を輝かせているようだった。
翔は驚いてはいるものの、その神々しさに見とれてしまっている。
「凄い…」
ぽつりと呟くと同時に、びゅうと風が吹き抜けた。
「わ!」
一気に桜吹雪になり、思わず目を閉じた。
そして---。
「カケル…くん?」
透き通るような声がした。
桜が粉雪のように舞っている。
目の前に。
二人の男の人が立っていた。
ドクン!!
翔の心臓は大きく飛び跳ねた。