第七十四話 ダレカ
「兄様!兄様!!兄様ぁぁぁ!!!」
鍾乳洞に叫び声が響く。
反響しているのか、耳をつんざく咆哮のようだ。
ツクヨミが顔をしかめて耳を塞いだ。
「この声は…」
「スサノオ様?」
シナツヒコとホノイカヅチは洞窟内にこだまするスサノオの叫び声を仰ぐ。
「兄様ぁぁぁぁぁぁ~~!!」
「ああ、うるさい。
……そう。ここからはスサが案内する。
高天原に広がる原因の一部の場所まで」
耳を塞いだままのためか、ツクヨミの声が普段より大きかった。
「え!?場所の特定までされているんですか?」
図らずも、ホノイカヅチは疑問を抱く。
「でしたら…、スサノオ様が取り除けば良いのではありませんか?
俺とシナの力が増しているとはいえ、スサノオ様には敵いません」
ツクヨミやアマテラスの力にも、まだまだ足元にもおよばない。
場所がわかっているのなら三貴神のどなたか、早々に取り払ってほしいものだ。
高天原も葦原の中つ国もすぐに平穏になる。
引き延ばす意味などない。
「それは………」
ツクヨミが珍しく言葉を詰まらせる。
「ツクヨミ様?」
「ぼく達三貴神にも……、その原因を消し去る事が出来なかった」
「え!?」
またもや目を丸くさせて顔を見合わせてしまった。
「三貴神でも……?」
みはしらのうずのみこと、三貴神。
最も尊いという意味が含まれる。
三貴神に“出来ない”というものは、これまで一度たりともなかった。
「三貴神でも取り除けないものを…。ぼくとホノが出来ますかね……」
やや不安になる。
シナツヒコは肩をすくめた。
「大丈夫。オモイカネが…、大丈夫って言ってたし」
「それ、根拠あります?」
「え?それは知らない。だけど、何か計算してたから…大丈夫なんじゃない」
「うっわ。えっぐ!何の計算ですか?」
「知らないって。そんなの。
ぼくに言わないで、オモイカネに言って」
「オモイカネ様、今どこにいます!?」
「シナ!!
とにかくやってみるしかないだろ!時間がないんだ!カケルも、葦原の中つ国も危ない!」
ホノイカヅチがどやしつけた。
「わかってるけどさ~」
ブーたれるシナツヒコ。
ドオン!!!!
隕石が落ちてきたような地響き。
「兄様!!お待たせしました!!」
砂ぼこりが舞う。
「ケホケホ…」
立ち上る砂ぼこりをツクヨミは手で払いのける。
明らかにむすっとしていた。
「毎度毎度…。何でもっと静かに来ないの」
「え?それってどういう事ですか!?」
「……………。
何でもない」
あっさり諦めた。
「スサノオ様…」
「おう!シナツヒコ!ホノイカヅチ!息災だったか?」
「はい。おかげさまで…」
「はーっはっはっはっ!結構!結構!」
豪快な笑い声も響き渡る。
ツクヨミは再び耳を塞ぐ。
「あの、スサノオ様。ツクヨミ様から伺いました。原因の場所まで連れていってくださると…」
ホノイカヅチが問いかける。
「おう!任せろ!」
得意気に胸を叩いた。
ぶ厚い胸板から、ドンッという鈍い音がした。
(今のをされたら…。ぼくなら全治三ヶ月だな…)
↑シナツヒコの心の声。
「お願いします!時間がありません!」
ホノイカヅチが力強く言うと、
「承知!!」
スサノオも三倍返しで力強く言った。
◇◇◇
「頼んだよ、スサ。
ホノとシナも…。くれぐれもよろしく」
鍾乳洞の入り口でツクヨミは無表情のまま見送った。
シナツヒコ、ホノイカヅチ、スサノオの三柱は、空の上へ上へ上へとのぼっていく。
波動を意識的に高めて纏うようにイメージすると、身体のまわりを波のようなバリアが出来る。
そのバリアの波が、雨を跳ね返していた。
「もっと!!もっと上だ!!」
ゴオオオオ~!!
風を切る音が痛い。
鼓膜が破れそうだ。
「ここだ!!」
雲よりも遥か高い高い場所。
見下ろしても高天原の風景は見えない。
何層にも雲が重なっていた。
「スサノオ様…」
「アレだ。アレが原因の一部。わかるか?」
「アレ……?」
シナツヒコとホノイカヅチは目を凝らす。
「見える?ホノ」
「いや……。わからな………。あっ!アレか!?」
「え?どこ?」
「あの、雲と雲の隙間!」
「ん~~?…………ああ!わかった!」
雲と雲の隙間に、ユラユラと揺らめく渦巻きのようなホールが見えた。
「あ……れ?この、気配……は」
微かに感じる、ゾワッとする気配。
どこかで………。
「気付いたか。シナツヒコ?ホノイカヅチ?」
「は、はい………」
夏休み。
新幹線に乗っている時に現れたヤマタノオロチ。
正しくはヤマタノオロチの幻影のようなものだったが、その時と同じ気配を感じた。
言葉では言い表せない。
感じるしか出来ない。
何なんだろう。この気配は。
「うむ。ヤマタノオロチもどきと同じ気配がするのだ。恐らく、同じモノの仕業だな」
「は、はい………」
「あの時は邪神も湧いていたが、このような高い天空には邪神どもは来られないだろう」
確かに。
ヤマタノオロチが現れた時は邪神がウジャウジャといた。
邪神は呼ばれて現れるものではない。
禍々しい空気や波動につられて、自然に湧き出てくるものだ。
上天すぎるため、邪神がこの気配を探知出来ないのだろう。
ビュオオオオオ!!!
突風が吹き抜けた。
「はっ…………!!?」
シナツヒコとホノイカヅチは同時にもう一つの事実に気が付いた。
(これは……)
激しく強い風が、気配のにおいを変化させた…という感じだろうか。
例えば、一つのテーブルにいくつかの料理があるとする。
一番強くにおいを感じる料理もあれば、においはさほど出ない料理もある。
風が吹いて、違う料理のにおいが感じ取れた。
そんな感じだ。
一つのテーブルの上なのだ。
主は同じなのだろう。
(カケルの教室…。終業式が終わったあとのカケルの教室で感じた気配だ……!)
(あの時、一気に教室の波動が下がったんだ。その時にダレカがいたんだ…)
シナツヒコが表情を曇らせる。
ホノイカヅチの額から汗が一滴落ちた。
つまり。
教室の波動が一気に下がった時。
新幹線乗車時に現れたヤマタノオロチの時。
そして今、この時。
同じダレカの気配。
同一のダレカの仕業だ。
「ホノイカヅチ、シナツヒコ。どうした?」
スサノオは二柱の感情の揺らぎを感じたのか、腕組みをしたまま振り返る。
「あっ、いえ……。何でもありません」
「大丈夫です……」
「おお。そうだ。これもお前達の耳に入れておこう」
いつになく真面目な顔つきになった。
「何ですか?」
「高天原と葦原の中つ国、同時にマガツヒノカミが現れた時があったよな?」
「はい。確か…、スサノオ様とアマテラス様とツクヨミ様の誓約でパラレルワールドをお作りになったとか……」
「僕も聞き及んでいます。葦原の中つ国の被害をなくすために作ったと。さすがですね!」
「ふっはっはっはっはっ!!
この程度、どうということはないのだがな!!」
気を良くした。
嬉しそうだ。
「………それが…、どうかしたのですか?」
「んん?………ああ、それなんだがな!!
我々はマガツヒノカミを操っていたモノがいるとふんでいる」
「え!?」
「マガツヒノカミが…!?」
マガツヒノカミが操られていた……!?
今日は驚いてばかりだ。
「一体…。誰に…!?」
「さっぱりわからぬ。今のところ、お手上げ状態だ。ただ………」
渦巻きのようなホールに視線を戻したスサノオ。
「このダレカではない事だけは、確実だ」