表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フルコト!  作者: 﨑山翔
7/198

第六話 カケル

○○○2025年・春・日本・東京○○○




ジリジリジリジリジリジリ…!


部屋中に目覚まし時計が鳴り響く。


バチン!


すぐに目覚まし時計を止めて、ベッドで上半身を起こす。


「ほぁぁ…」


眠い目をこすりながら、小さくあくびをした。


少し寝癖のついた、柔らかい黒髪の少年。


同年代よりも少し幼く見える、今春から中学二年生の十三歳。


浅野翔(あさのかける)


ベッドの手すりを持って、手慣れたようにストンと部屋用の車椅子に移乗した。


出産時、原因不明のトラブルにより、低酸素性虚血性脳症になり、脳性麻痺となってしまった。


生まれた時から下半身が思うように動かず、ずっと車椅子だった。


下半身の硬直を少しでも防ぐため、月に二回リハビリに通っている。



ハンデはあるものの、持ち前の明るさと、まわりのサポートにより、これまで元気に生きてきた。


知能は平均のため、中学校もバリアフリー完備の附属校で、健常者と一緒に学習している。




「お父さん、おはよー」


リビングに行くと、父の浅野広太(あさのこうた)がワイシャツの胸ポケットにネクタイを入れ、忙しそうに朝食を作っていた。


父は穏やかで、めったに怒る事はない。

いつものんびりしているが、さすがに朝はバタバタしている。


「おはよう、翔。すまないけど、桜の学校の準備をお願いできるか?」


「うん。わかった」


頷いて、翔は妹の桜が寝ている部屋に行った。


浅野桜(あさのさくら)。今春、小学校三年生。


「桜。おはよう。今日は天気がいいよ」


翔はカーテンを開けながら言った。


「早く着替えちゃおうね。学校に行かなくちゃ」


桜を覗き込み、翔はにっこり笑う。


「はいはい。わかったよ」



桜は寝たきりだった。

翔よりも、もっと重い脳性麻痺だった。


寝たきりの状態で、人工呼吸器を装着している。

チューブで食べ物を送る、胃ろうで栄養摂取をしている。


話す事も、まして起き上がる事も出来ない。


眠っていたり、目を閉じている事が多いが、時々目を開けている時もある。



翔や父は、目で会話していた。


桜をサポートしてくれているまわりの人達も、きっと目で会話しているのだろう。


桜は、特別支援学校に通っている。


ハンデのある子供たちのサポートに手厚い学校だ。


呼吸器を使用していると、通学バスに乗れないため、いつも桜を学校に送ってから父は出勤している。



「桜。もう三年生だね。お母さんも喜んでるよ」


ベッド脇に置かれている写真を見た。


母の(あゆみ)が、公園で笑っている写真だった。



母は、桜を出産してすぐに亡くなってしまった。



いつも明るくて、翔が立てない歩けないとわかっても、大丈夫大丈夫と笑っている人だった。



「…よし!ごはん食べようか。用意してくるね」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「じゃあ桜を送ってから会社行くからな。翔も、気をつけて学校に行くんだぞ」


運転席の窓から、父は顔を覗かせている。


車は福祉車といって、スロープがついていて車椅子がそのまま乗れるタイプだ。


「うん。わかった。桜、学校着くまでに起きるかな?」

「ははは。どうかな」


翔が胃ろう注入している時も、ずっと寝ていたのだった。


「あ!そうだ!ぼく、今日はリハビリあるから帰りに寄って行くね」


「ああ、そうだったな。とにかく気をつけてな」


ブロォォォォォォォ。


翔は車が見えなくなるまで見送ると、くるりと車椅子を方向転換する。


操作バーを持って、車椅子をゆっくり走らせた。



桜並木がいつもの通学路。

信号待ちをしている時、ふと空を見上げた。



今年の桜は早かった。


もうほとんど散ってしまっていた。


枝の間から、水色の空に淡い雲が流れているのが見える。



まだ少し肌寒い春の風を感じながら、翔は学校へと急いだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ