第六十三話 現況
今の現状をまとめてみる。
高天原と葦原の中つ国(日本)は次元が同じという原理に基づき、異変の原因もお互いの作用によって起こる…という解釈になった。
つまり、タマゴが先か、ニワトリが先か…のような事である。
葦原の中つ国の人間である翔の中にいたヒルコは、異質な存在であるという認知ではあるものの、高天原の異変には関係ないと思われていた。
しかし、この度のアマテラスの考察の変換により、深い関わりがあるのではないかという見解に至った。
そのため、翔とヒルコは危険物扱いとなった。
そしてシナツヒコとホノイカヅチはアマテラス的に信頼度がガタ落ちしたため、三貴神であるツクヨミとスサノオも翔とヒルコを監視する事になった。
(シナツヒコとホノイカヅチはまだ知らない)
高天原と葦原の中つ国の神々が、異変の原因を突き止めるために頻繁に行き来をしている。
近頃の葦原の中つ国は神がたくさんいて、しかも活発に動き回っている状態だ。
神々の放つ、高次元の波動で溢れていた。
この状態になると、波動が高い人間には生きているだけで凄く楽しく気持ちが良く、常にポジティブで過ごす事が出来る。
しかし、波動の低い人間にとってはとても生きづらく、自分にはどこにも居場所がないと感じる世界になってしまう。
この世はすべて陰と陽。
それが運命なのだろう。
それでも、必ず運命は変えられる。
運命だけは変えられるのだ。
変えようと決めたその日から---。
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「いってきまーす」
翔の日課。
午前中は図書館で勉強をして、午後は波動を強くするために瞑想をマスターする。
手探り状態ではあるが、それなりにやるべき課題が出来た。
(とりあえず目の前の事を真剣に取り組もう)
独学のやり方もインターネットで調べてみた。
メンタル面でのアドバイスがたくさんあった。
モチベーションが下がった時は勉強場所を変えると効果があるとか、最終的な目標設定を定める…など色々あった。
今後参考にさせてもらおうとメモをした。
しかし肝心の勉強方法は見当たらなかった。
学校に行かない場合の、国語や数学や英語の学習法を知りたかったのだが。
塾や家庭教師が良いとあった。…が、お金がかかる。
やはり躊躇してしまう。
これから選択する道次第で、いずれは必要になるかもしれない。
だけど今はまだ、出来るだけ父の負担になりたくないというのが本音だ。
(教科書を読み込んで、問題集をひたすら解いていこう)
図書館に着くと、脇目もふらず四人用の机に向かった。
(午前中って意外とあっという間だからな…。集中してやらないと)
椅子をどかそうと手を伸ばした時。
ヒョイと椅子が浮いた。
「えっ……?」
「………はよ」
和真が片手で椅子を持っていた。
「あっ。おはようございます、和真さん。あ…、いつもありがとうございます」
「ああ……」
素っ気なく返事をして、そのまま一人用の机に向かう和真を見て。
「あのっ…」
呼び止めた。
(わっ!何か思わず声が出ちゃった……)
呼び止めた翔自身も驚いている。
「………何だ?」
「あっ、あの、いえ、その、えーっと……。こ、この席どうですか?空いてますよっ」
自分が座る四人用の机を指差した。
「え……?」
呆気にとられている和真。
「あ、あ、いえ、ほら、ぼくはここに座りますし。だから斜め向かいのそこが空いてますので…」
その位置を指差した。
「…いや……、…てゆーか……、めちゃめちゃ席空いてるし……」
平日の昼間の図書館。
ガラガラだ。
「あ、そ、そうですよね。す、すみません……」
一人用の机も、他の四人用の机も、今は誰も使っていない。
空きまくっている。
そんな状況で親しい間柄でもないのに同じ机を使うというのは……、何となく奇妙ではある。
(何か…、恥ずかしい!)
「す、すみません…」
もう一度謝る。
顔が真っ赤になり、下を向いて鞄から本やノートを取り出す。
(ぼく、変な事言っちゃった!恥ずかし~~)
△△
ガタッ。
ゴソゴソゴソ…。
(………ん?)
「あっ……」
顔を上げると。
和真が翔の斜め前の席に座り、リュックから参考書などを机に出していた。
目を合わせる事もなく、無言のままノートを開いて勉強を始めている。
(あ……。エヘヘ…)
翔も何も言わずに問題集を解き始める。
(和真さん…。やっぱりいい人だ…。…よし!ぼくも頑張ろう)
図形の証明問題。
しばし考え込む。
(ムム…。難しい…。
それにしても、和真さん……。
何か気になるんだよなぁ。……波動を見ちゃったからかなぁ……)
ふと斜め前を見ると、和真も難しい顔をして参考書とにらめっこをしていた。
(ふふ……)
同じ机で勉強をする。
年齢も立場も勉強の内容も全然違う。
それでもただ一緒に勉強をしている。
それだけの事が今の翔にとって非常に心強く感じた。
この日の午前中、図書館の学習スペースには誰も来なかった。
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家に帰ると、シナツヒコとホノイカヅチが昼食の用意をしてくれていた。
近所のパン屋さんのサンドイッチだ。
「ありがとう!ぼく、サンドイッチ大好きなんだー」
「え?そうだった?」
紅茶のティーバッグを開けていたシナツヒコが振り返った。
「うん。サンドイッチとか、おにぎりとか。
ほら、車椅子でも食べやすいし」
「ああ、なるほどねー」
ティーポットにお湯を入れ、アールグレイのティーバッグを三つ入れて蓋をして蒸らす。
「そうそう。前に言った図書館の優しい人ね。横川和真さんって名前なんだよ」
「図書館の…。あ~、あの波動を見たっていう?」
「そうそう!今日もね、椅子を動かしてくれたりして…助かったんだ」
「へ~!良かったね~」
「うん。……でね、何か気になっちゃって…。
親切な人だから…なのもあると思うんだけど…。
波動を見たからって事も…関係あるかな?」
「あ~、確か、悲しい聲がしたって言ってたよね?」
「うん…。凄く悲しい聲だった………」
「うーん。それもあるかもね~。人間の波動を見るって事は、その人の内側、内面を見るって事になるからなぁ~」
「え!?うそ!?そんな感じなの!?」
机を拭いていた布巾を落としてしまった。
「な、な、内面!?」
ほぼ初対面の人の内面を、図々しく覗き見したという事か。
これはなかなかショッキングだ。
床に落ちた布巾を拾ったホノイカヅチは、石の如く固まった翔の体を軽く揺らした。
「カケルー。大丈夫か?
まあ…、アレだ。別に痛くも痒くもないから気にすんな」
「で、でも……」
「波動は感情と直結してる。
神の波動は多少の違いはあってもほぼ同じだからな。
人間ほど感情の振り幅が大きくないから、見た目も変わらない。
だけど人間の波動は千差万別。一つとして同じものはない。
だから人間の波動は、その人間を可視化するという事なのかもな」
「ううう……。ぼく、失礼極まりないよね……」
「波動が見える人間は現状かなり少ないから仕方ない。……まあ、不可抗力だろ」
「でも、ぼく、見ようと思って見ちゃったから……。確信犯だよ」
「ああ、そうか。カケルはまだ意識を集中させなきゃ見えないのか」
「うん」
「いずれ見ようとしなくても見えるようになるから、まったく問題ないだろ。気にすんな」
「いやいやいやいや、そういうんじゃなくてー!」
「まあまあカケルくん!見ちゃったものは見ちゃったもの!
とにかくお昼にしよー!」
シナツヒコの明るい声と、紅茶のいい香りが部屋中に広がった。
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翔の部屋。
「はぁぁ~~~、すぅぅぅ~~~」
昼食のあとは瞑想の時間。
自分の部屋で一人、目を閉じる。
五分間、思考を止められたら今日の瞑想は終了だ。
たかが五分。
されど五分。
まだまだ初心者の翔には、五分はとにかく長い。
大体二~三分あたりで考え事をしてしまい、またはじめからやり直す。
(今日は絶対、すぐに終わらせるぞ……って、もう考えちゃってるし!)
パチッ!
タイマーをリセットする。
(もう一度…)
パチッ!
タイマーを押す。
「はぁぁ~~。すぅぅ~~」
呼吸に集中する。
「はぁぁ~~。すぅぅ~~」
(………………………和真さんの波動、見ちゃって申し訳なかったな……。謝る…のは変だから、変な人になっちゃうから、せめて心の中で謝ろう…………って、また考えちゃってる!)
パチッ!
「よし!もう一度…!」
パチッ!
「はぁぁ~~、すぅぅ~~」
(…………………………………………………………………………………
…あ、明日、リハビリだぁ……)
「…………………あ」
パチッ!
「……やり直しだ………」
千里の道も一歩から。