第六十二話 高天原と葦原の中つ国
「はい、どーぞ」
言い合いとじゃれ合いをしていたシナツヒコとホノイカヅチに、翔は温かいコーヒーを出した。
「いただきます」
「いただきます」
落ち着いてコーヒーをふーふーしながら飲む。
「おかきとピーナッツもあるからね」
ポリポリポリポリ……。
「毎度の事だけど、シナくんもホノくんも落ち着いた?」
「うん、落ち着いた」
「悪かったな…、カケル」
「別にいいんだけどね。シナくんとホノくんのじゃれ合いは見てて楽しいし」
「じゃれ……!?」
不本意だと言わんばかりの顔のホノイカヅチだったが、ぐぐぐと飲み込んだ。
「本当、仲良いよね。昔からずっとこんな感じなの?」
「えっ。僕とホノの事?」
「うん」
「うーん、まあ、昔からこんな感じかなぁ~」
遠い目をして、おかきとピーナッツを交互に食べるシナツヒコ。
「へぇ。そうなんだぁ…」
友達。
……と、呼べる人。
翔には正直一人もいない。
少し前なら、卓巳が友達だと言えたかもしれない。
しかし今は…。
「いいよね。そーゆー友達って。
何かうらやましい…」
(ぼく、友達っていないんだよなぁ…)
「は?何言ってんだよ、カケル」
「え?」
「俺達がいるだろーが。忘れんなよ」
「え?え?」
「そうだよー。カケルくん、忘れないでよ。最初に言ったでしょ?友達って」
「え?でもそれは………」
「友達なの!カケルくんの!僕も、ホノも、ヒルちゃんも!」
「え?でも……」
「絶対絶対、忘れないでね?」
「あ…。う…うん。ありがとう!」
(嬉しい……!)
三人は無言でおかきとピーナッツを食べ、コーヒーを飲み干した。
ポリポリポリポリポリポリ。
ズズズー。
「ふぅ……」
一息つく。
「…で…」
ホノイカヅチが話を切り出した。
「さっきの話の続きな。
今、高天原と葦原の中つ国を神々が言ったり来たりしてんだよ。かなり頻繁に」
「それはどうして?」
「高天原と葦原の中つ国は同じ次元で繋がっている。異変の原因を調べるために、高天原の神々は葦原の中つ国に来ているんだ。逆に、葦原の中つ国にずっといた神々も高天原によく行くようになってる」
「へー。何か凄いね?」
「葦原の中つ国の居心地、結構評判いいって聞いたぜ」
「あははは!それは嬉しいかも」
高天原に住む神、葦原の中つ国に住む神、…と、今まで何となく住み分けされていたようだ。
だけど、これからはどちらも自由に…、何なら両方に住居を構える神も出てくるかもしれない。
同じ次元にありながら、高天原と葦原の中つ国は相容れないとされていた固定概念。
それが今、取り払われてきているようだ。
「それで、ヒルコが最近元気になってるって話に戻るんだがな。
多分、神々が葦原の中つ国に来ている影響だと思うんだよ」
「え?それで元気になってるの?」
「断言は出来ないけどな。神々の波動の余韻を吸収しているかもしれない」
「波動の余韻?」
「人間の世界にもあると思う。例えば…、波動の高い人間がいた空間って、その人間が去ったあとでもしばらくその場所の波動が高かったりするんだ。共鳴って感じで」
「ああ…、何となくわかるかも」
「ヒルコも神々の波動に共鳴して、エネルギーをもらっているかもしれないな」
「そうかぁ。ねぇ、それっていい事だよね?」
「ああ。いいと思う」
『スピー』『スピー』
ヒルコの寝息が響く。
「ヒルちゃんが元気になるのは嬉しいよね」
そう言いながら、シナツヒコはホノイカヅチに視線を移した。
「………ところでホノー。昨日、その話を誰から聞いたの?」
「は?」
「いつも高天原には行きたがらないくせにさ~」
「あ、ああ……。……タケミカヅチ様に呼ばれたんだよ」
「ん?タケミカヅチ様って……」
「剣の神の」
「あのタケミカヅチ様!?」
目をまん丸にして驚くシナツヒコ。
翔もつられて驚く。
「シナくん、タケミカヅチ様って?誰?」
「ほらほら!前に言ってた、強そうな神だよ!剣の先っぽに乗れるくらい?とか何とか言ってた!」
「あっ、あーあ~~!確か、ホノくんに火の神様って教えてくれた神様?だったっけ?」
「そうそう!」
ホノイカヅチは頭をかきながら溜め息をついた。
「……俺も、あの時から会ってなかったから。
呼ばれた時は正直焦ったな。…緊張したし」
「ホノもあれから会ってなかったんだ?」
「ああ」
「だったら何で急に?」
「……さあ。聞いてもはぐらかされた感じがした。
…それと、今回の話について、アマテラス様に呼ばれてたらしい」
「誰が?」
「俺とシナが」
「僕も?」
「この間の件の説教ついでに俺達を呼ぶつもりだったんだろ」
「あー………、アマテラス様への報告をすっぽかした件ね……」
「それをタケミカヅチ様が代わりに引き受けたらしい」
「ふーん。……で?ホノ、お説教されたの?」
「いや。ただ、報告はしっかりしろって言われただけだな」
「あっさりじゃない。さすがタケミカヅチ様だね~」
「ああ…。…あ。そういえば、シナによろしくって言ってたな」
「タケミカヅチ様が?」
「そう」
「ほら~!!
やっぱり帰って来たら即、報告案件じゃん!報告はしっかりしろってタケミカヅチ様に言われたくせに、すぐ忘れてるよ!アホホノは~!」
「だーかーら!!
今!
報告!
しただろーが!」
ワーワーギャイギャイと、言い合い&じゃれ合いが始まった。
「デ、デジャブ……?」
翔はこの光景を何分か前に見たような気がしている。
「コーヒー…、おかわりを作ってこよう…」
三つのカップをトレイに載せて、二柱の怒号を背にドアを開けた。
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~~~日本海~~~
海が荒れていた。
宗像三女神が上空から海面を見下ろしている。
「海原が……怒っているみたいだね」
三女神の次女、サヨリヒメが呟く。
「地球の…、異常気象の影響かもしれませんわよ?」
柔らかな口調で話す三女のタギツヒメ。
「タギツ。その判断はまだです。
………アマテラス様からご下命を賜りました。
地球の人為的な異常気象と、高天原の異変との因果関係を調べろとの事です」
長女のオキツシマヒメは冷静に言った。
すぐにサヨリヒメは振り返る。
「え?地球の異常気象と高天原の異変は別問題じゃなかったの?」
「高天原と葦原の中つ国は繋がっているとの認識をし、同次元の問題として捉える…と、アマテラス様は判断されたようです」
「ふぅん。
確かに異常気象は人間が豊かになった代償かもしれないけど。
…人為的だしね?
そんなのわかってた事じゃない。今さらなんだよね」
「……サヨリ。口が過ぎます。
…とにかく、今はありとあらゆる事象を調べるために神々が動いています」
「あー、はいはい」
「シナツヒコ様とホノイカヅチ様が親しくしている人間と、あのまるい物体の事は要注意警戒物として見なしています」
「カケルくんとヒルちゃんだってば!……って、何よ?その要注意警戒物って?」
「言葉の通りです。それ以下でもそれ以上でもありません」
「お姉様!カケルくんとヒルちゃんは凄くいい子なんだからね!?」
「まあまあですわ。オキツお姉様もサヨリお姉様も落ち着いてくださいですわ」
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いつものように、喧嘩になる直前でタギツヒメが間を取り持つ。
もう少し早く取り持てば良いのに…という客観的な意見もあったりする。
高天原の神々も、今はてんやわんやしていた。
意見も色々とわかれていて、地球の異常気象は高天原の異変には関係ないという神も多く存在する。
今のところ、シナツヒコとホノイカヅチも異常気象は関係ないと思っている。
そんな中、アマテラスオオミカミはすべてを白紙にして、一から調べ直す事を決めたのだった。
シナツヒコとホノイカヅチは引き続き翔とヒルコの視察をするものの、アマテラス的には少し信用性が低い。
そのためツクヨミとスサノオも、翔とヒルコの視察をする事になっている。
翔とヒルコは超危険物とされてしまったようだ。