第六十一話 元気なヒルコ
◎翔・瞑想中◎
「カケルく~~ん。ゆっくり息を口から吐いて~~。
ゆっくり鼻から吸って~~」
「はぁぁぁぁ~~~、すぅぅぅぅ~~~」
「呼吸だけに集中して~~。呼吸だけに集中~~」
シナツヒコの言う通り、翔は呼吸に集中する。
「はぁぁぁぁ~~~、すぅぅぅぅ~~~」
「何も考えないで~、呼吸だけに集中だよ~」
「はぁぁぁぁ~~~、すぅぅぅぅ~~~」
(呼吸だけに集中、集中、集中…………)
呼吸だけに意識を向ける。
いや、向けようと努力をする。
向かなくてはならないと頑張る………………。
(うう、長い………)
何分たったのだろうか。
やけに時間が気になる。
(ううっ…、はっ!そうだ!呼吸、呼吸……)
「はぁぁぁぁ~~~、すぅぅぅぅ~~~」
慌てて呼吸に集中する。
「はぁぁぁぁ~~~、すぅぅぅぅ~~~」
(ううう……。……あっ!早く勉強方法を調べなくちゃ……。
学校…、行ってないんだもん…。ちゃんと、ちゃんとしないと……。
学校……か…。クラスのみんな、ぼくが休んでる事、どう思ってるかな?
……気にしてないかな。卓巳は……。どうしているんだろう?
……………はっ!……いけない!呼吸!)
「はぁぁぁ~~~、すぅぅぅぅ~~~」
(……だけど…卓巳………。大丈夫かな………。
だけど………。学校に行くの……、やっぱり怖いな…。
学校に行かなきゃって思うのに、やっぱり怖い…。
どうしよう、どうすれば良いのかな………。
………ああ…。
そういえば…明後日リハビリの病院に行かなくちゃだった…。嫌だなぁ、めんどくさいな…。
…そうだ。
今日の晩ごはん、どうしよう……?)
「……………ルくん?」
(そうそう…。桜の病院受診も、確かもうすぐだったっけなぁ…。お父さん、忘れてないかな?
お父さん、忘れっぽいしなぁ。夜、確認してみよう……)
「……………ケルくん?」
(ああ~。それにしても、それにしても、学校どうしよう?
これからぼくはどうしたら………)
「カーケールーくーん!」
「はっっ!!?(゜ロ゜)」
シナツヒコの大きな声で我に返る。
「あ、れ…?ぼく……?」
シナツヒコとホノイカヅチが苦笑いを浮かべて翔を見つめていた。
「ぼく……、め、瞑想……」
「うん。カケルくん、しっかり迷走してた」
◎翔・迷走中◎
「め、迷走…?」
「カケル。お前百面相してたぞ?眉間にシワを寄せたり、困った顔になったり…」
「え?ホノくん、ぼく、そんな顔してた?」
「凄かったぞ。何を考えてたんだ……って、まぁ、大体予想はつくけどな」
「あ、あはははは…。何か…、難しい……ね?瞑想って。思ってたより…。
ぼく、出来るようになるか不安だよ」
「だろ?人間は一日の大半は思考をしてるからな。その思考を止めるのはかなり難しいと思う。
だけどそれも慣れだ。だんだん慣れてくるから大丈夫だ」
「そ、そうかなぁ…?」
『カケルくん!だーいじょぶーだーいじょぶー』
ピョコン!!
「痛っ!ヒルコ?降りろって!」
ヒルコがホノイカヅチの頭の上でピョコンピョコン飛び跳ねている。
『だーいじょぶ!』
「う、う……ん……」
しかし簡単だと思っていた分、ダメージが大きい。
「瞑想……。ぼく、軽く見てた…!!」
恐るべし、瞑想。
「毎日、少しずつ続けていけば出来るようになるよ。ホノの言ったように、脳が慣れてくるんだ。だから心配しなくていいよ~」
「うん…。ありがとう…、シナくん」
「あ、あとね。瞑想中に何か違う事を考えだしたら、自分で気付くのも大切だから。気付いてまた無心になる。その繰り返しだよ」
「うん、わかった…」
コクンと小さく頷く。
『カケルーくん!元気、出して出してー!』
落ち込む翔を心配したのか、ヒルコは部屋中の壁をバネにして跳ね回る。
ピョンピョンピョコン!
ピョンピョンピョコン!
勢いが良すぎて、目で追えないくらいのスピードになった。
ビヨーンピュンピュンピュンピュン!!
「わわわ!!?ヒルちゃん!ストップ!ストップ!!」
机やベッドにぶつからないか、翔はヒヤヒヤして心配になる。
狭い部屋の中、お構い無しにピュンピュンと跳ね回るヒルコ。
「ヒルコ!危ないから止まれ!!」
「ヒルちゃん!ドゥドゥドゥ!!」
ホノイカヅチとシナツヒコもヒルコを止めようとする。
だが聞こえないのか全く止まらない。
「ヒルちゃん、もしかしたら自分で止まれないんじゃ……?」
スピードが出過ぎてしまい、ヒルコ自身、力を抑えられない可能性がある。
「ホノくん、シナくん、どうしよ!?」
「どうするって…。止めるしかないよな…。
おい、シナ!
俺がめっっっっっっっっちゃ小さい雷をヒルコに放つから、シナの風で受け止めてくれ」
「了解!」
「雷?風?ヒルちゃん、大丈夫かな?」
「めっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっちゃ小さくするから大丈夫だ」
「僕も、めっっっっっっっっっっっっっっっっっっちゃ小さくするから!」
「う、うん!お願い!」
ホノイカヅチの両手の中から、パチパチと雷が鳴った。
何だか可愛らしい。
「ホノくんのソレ、線香花火みたい…」
部屋中を跳ね回るヒルコは、早すぎて翔にはもう見る事が出来ない。
そのヒルコを捉えようと、ホノイカヅチは目を凝らす。
…そして、捉えた。
「いくぞ、シナ!」
線香花火のような雷をヒルコ目掛けて放つ。
パチパチパチパチパチパチ!!
パチョン!!
ヒルコにクリティカルヒット。
勢いそのままに、床に落下するヒルコ。
「ふ~~~」
シナツヒコは口から小さく息を吹いた。
小さな風がヒルコを柔らかく受け止める。
そして、フワフワと風に抱かれながら翔の腕の中にスポッと落ちた。
『スピー』『スピー』
「あれ!?ヒルちゃん、寝てるよ!?」
いつものように気持ち良く眠っている。
「ヒルコのヤツ、寝ながら跳ね回ってたのか?」
「あはは~。ヒルちゃん、やるね~」
ホノイカヅチとシナツヒコもヒルコの寝顔を見て、呆れながらも安心していた。
『スピー』『スピー』
安らかな寝息だ。
「そういえばさ、ヒルちゃんが元気になったのって、シナくんとホノくんの力を吸収したからだよね?何か、日に日に元気になってる感じがするよ。…あ、凄くいい事だけど!」
そう言ったすぐに、ホノイカヅチの表情がにわかに険しくなった。
「?ホノくん?どうかした?」
「それなんだけどな……。
いや、その前になんだが…。
この間のマガツヒノカミの件。
あっただろ?マガツヒノカミが高天原と葦原の中つ国、同時に現れたヤツ。
その事から、高天原の異変は葦原の中つ国と関係があると断定されたんだ」
「え?どういう事?」
「高天原と葦原の中つ国は、存在している場所は同じ次元だ。高さは違うけどな。知ってるだろ?」
「うん。高天原が高い所にあって、ぼく達がいる葦原の中つ国はその下にあるんだよね?」
「そうだ。同じ次元という事は、高天原での出来事も、葦原の中つ国の出来事もすべてが繋がっている………との認識を統一した…らしい。
昨日、高天原に行って聞いてきた」
「ああ!昨日って…。そうか、ホノくん、高天原に行くって…」
「えー!!何それ!?ホノ!!
それを聞いてきたの!?それなら早く教えてよー!!」
翔の言葉を遮って、シナツヒコの怒号が響く。
「……今、言っただろ」
「そーゆー事はもっと早く言いなよ!!」
「昨日聞いて今日言っただろ!最速だろーが!!」
「遅い遅い遅い遅い遅い!!」
ワーワーギャイギャイと言い合いが始まった。
(…………)
とりあえず、このじゃれ合いが一段落するのを翔は待つ事にした---。