第六十話 瞑想
翔の一日のスケジュールが出来た。
午前中は勉強。
午後は波動の訓練。
このスケジュールを父にも伝えた。
波動の訓練のくだりは、シナツヒコとホノイカヅチと一緒に課外学習をする、と伝えた。
「そうか!頑張れ!」
そう言って、父は嬉しそうに微笑んでくれた。
理解のある親に、翔は心底有難いと感謝している。
(ありがとう、お父さん…。もう少しだけ時間をください……)
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~~~午前中・図書館~~~
四人用の机に荷物を置く。
平日の午前中の図書館はまだ人もチラホラと少なく、普段よりさらに静かな気がした。
「よし……」
翔は椅子をどかそうとする。
やっぱり重い。この椅子は。
なかなか苦戦を強いられる。
「重……」
ズズズ…と椅子を動かしていると。
「またお前か」
声がしたと同時に、椅子がヒョイと軽々浮いた。
「あっ…?」
振り向くと、昨日の浪人生、横川和真が椅子を横にどかしてくれていた。
「あ、ありがとうございます。あと、おはようございます」
「あ、ああ、おはよ…」
「勉強ですか?」
「あ……あ、まあ、な。一応浪人中なんで」
ぶっきらぼうに言うと、 和真は一人用の机に座った。
笑顔もなく、抑揚のない話し方をする。
一見、誤解されてしまいそうなタイプだ。
しかし困っている人を放っておけない性分なのだろう。
(ふふふ…)
翔は胸がほっこりした。
(優しい人がいると嬉しくなる)
カバンから本やノートを出す。
筆箱を取り出そうとした時、手にムニュっとした感覚がした。
(な、何だ!?)
バッと中を覗き込む。
『カケルくーん』
「わっっ!?」
(ヒルちゃん!?)
ヒルコがカバンの奥底に入っていた。
ニコーっと満面の笑みを浮かべている。
「おい、どうした?」
翔の大声に驚いた和真は、不審そうに振り向いていた。
「あっ、い、いえ!すみません…。大丈夫です…」
カバンをぎゅっと抱いて、慌てて謝る。
「……?」
怪訝な表情のまま、首を傾げながら和真は机に向かう。
(ホッ…)
「ヒ、ヒルちゃん、いつの間に?」
ヒソヒソ声で、出来るだけだけカバンの中に顔を突っ込んで話す。
『エヘヘ~』
「家を出る前、ヒルちゃんぐっすり寝てなかった?」
『エ~ヘヘ』
少し頬を赤く染めて、照れ笑いをしている。
(もう…。でも可愛いから…、まあいいか…)
ムニムニとヒルコの頭を撫でる。
(それに、ぼくしか見えないもんね)
「ヒルちゃん、イイコで待っててね。午後からはシナくんとホノくんもいるからね?」
『うん』
ヒルコはニッコリと笑った。
◎◎◎
「ふぅ………」
とりあえず、今日は数学の問題集を解いてみた。
どうやって勉強したら良いのか、まだよくわからない。
独学での学習方法を調べた方がいいのかもしれない。
カバンを覗くと、ヒルコはスヤスヤと眠っていた。
(よく寝てる…)
カバンに問題集をしまう。
(…あ!そうだ…。夜、ネットで勉強の仕方を調べよう……)
少し不安になってきた。
他人と違う道を選ぶのなら、それなりの覚悟は必要だろう。
そして、自分の選んだ道に対する責任も。
翔にはまだその覚悟も責任も、持つ事が出来ていない。
(うん…。とにかく調べてみよう…!)
不安を吹っ切るように、首をブンブンと横に振る。
ふと和真の方に目をやると、彼も帰り支度をしていた。
翔の視線に気付き、くるりと振り返る。
(あっ)
思わずペコッと会釈をすると、和真は無言のまま椅子をもとの場所に戻してくれた。
「あっ、ありがとうございます」
「………」
何となく、出口まで一緒に行く。
車椅子のスピードに、歩幅を合わせてくれているような気がした。
外に出ると、眩しい太陽の光に目が眩む。
「じゃあな」
「あ、あの!」
和真が歩き出そうとする前に、翔は急いで声をかけた。
「いつもありがとうございます。あの、名前…、教えてください。ぼくは浅野翔です」
「あ?ああ、俺は横川和真」
「和真さん…。
今日もありがとうございました。
あの、いつも図書館に来ているんですか?」
「いつも…じゃねぇけど。まあ、たまに」
「ぼく、しばらく平日の午前中は図書館で勉強するつもりなんです。
また…、一緒になったらよろしくお願いします」
「ふぅん……。…………じゃあな」
あっさりと返事をして、自転車に乗って去って行った。
愛想がなく言葉数も少ない和真だったが、翔は不思議と居心地の良さを感じていた。
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~~~翔の部屋~~~
お昼ごはんを食べて一休みしたあと。
午後は波動の訓練。
今日は翔の部屋で行う。
(ドキドキ………する!)
「カケルくん。リラックスリラックス!」
シナツヒコは翔の肩を揉んで、カチンコチンの緊張をほぐそうとする。
「う、うん…!」
「よし。じゃあ、始めるぞ」
ホノイカヅチが翔をまっすぐに見た。
「は、はい!」
「波動を強く高くする方法の、絶対的な核となるもの。
それはな、瞑想なんだ」
「め、瞑想…?」
「カケル。まず、瞑想って知ってるか?」
「う、ん……。えっと、目を閉じる…事?かな?
あとは………。
うーん……。あ…、いや、ぼく、全然知らないかも…」
「平たく言えば、無になる事だ。心を静めて無心になる。まずはそれがベースになる」
「無、心…になる?」
「そうだ。無になる。無心になる。それが必須条件だ」
「そうなんだ…。でも…。でも…、それだけ?」
「それだけって…。意外と難しいぞ?無心になるのは」
「うーん…。そうだとしても、もっと難しい事を想像してたからさ。ちょっとホッとしちゃった!」
胸を撫で下ろす翔を見て、ホノイカヅチとシナツヒコは顔を見合わせる。
「カケルくん。思考を止める事って、なかなか難しいんだよ?」
「そうかなぁ?」
「そうだよ~。まあ、一回やってみようか?」
「うん。わかった」
「それじゃあね……」
シナツヒコが説明しようとした時、ボヨヨーン!!とベッドからヒルコが跳ねた。
『カケルくーん!頑張…れ!』
「わわ!ヒルちゃん?」
翔の胸に抱きついてくる。
「はは。ヒルコ、最近元気になってきたよな?」
「そうだよね。起きてる時間が増えてきたよね」
『うん!ぼ、く、元気だよ』
ポヨポヨと体を揺らしながら答えるヒルコ。
「良かった~!ヒルちゃんも絶好調だね!
それじゃあカケルくんも。瞑想やってみようか!」
「うん!」
◎◎◎
スゥ…と呼吸を整えると、シナツヒコは静かな口調で翔を誘導する。
「カケルくん、リラックスして。リラーーックス~………」
「うん……」
「リラックスして、目を閉じて…」
ゆっくり目を閉じた。




