第五十六話 食べる
家に着くと同時に、雨が降り出した。
ザーザーザーザーザーザー…。
次第に雨音が強くなってきた。
これから本降りになりそうだ。
最近は九月、十月、十一月くらいまで暑さが続く。
(個人的な感想。翔は暑がりである)
汗をかいた翔は自室で着替えたあと、リビングに行った。
「カケル。今日の夕飯何かリクエストあるか?」
ここ最近、ホノイカヅチが夕ごはんを作ってくれている。
父は涙を流して喜んでいた。
仕事から帰宅したら、暖かいごはんがある。
本当に有り難いことだ。
シナツヒコは主に洗濯や買い物を任されていた。
これにも父は涙がちょちょぎれる状態だ。
洗濯や買い物は、家事の中でもなかなかの時間をとられる。
本当に有り難い。
ここまで手伝ってもらっているので、シナツヒコとホノイカヅチのバイト代は受け取ってはいない。
そして居候もそのまま継続している。
だけど、それだけでは足りないくらい助かっていると父は感謝していた。
もちろん、翔もとても感謝している。
「うーん……。ホノくん料理上手だから、何でもいいんだけど…、それじゃ困るよね?」
「一番困る」
「うーん……。ねぇ、シナくん!今日何食べたい?」
買ってきた物を仕分けして棚に入れていたシナツヒコは、か「はいっ!」と元気に手を上げる。
「ハンバーグ!!」
「あっ!いいね!ぼくも食べたい!」
「了解」
ザーザーザーザーザーザーザーザーザーザー。
ますます雨音が強くなってきた。
夕ごはんの準備の手伝いをしながら、翔はふと思った事があった。
「ねぇ、ホノくん。そういえばさ。サクヤヒメさんが、自分を大切にしたら争いがなくなるって言ってたんだ」
トントントントン…。
ホノイカヅチは軽快に玉ねぎを切っている。
「自分を大切にしたら、他人も大切に出来る。だから争いがなくなるって」
翔はキュウリを切る。
トン…。トン…。トン…。
「そうなったらいいけど……。そうなってほしいけど………」
「サクヤは……。楽観主義なところがあるからな」
「ちょっと性善説すぎるかも?否定はしないけど」
つまみ食いができるものを探しにウロウロしていたシナツヒコが、わきから口を挟む。
「性悪説を推すつもりもないけどね。……人間も、この世界も、神も、色々複雑に絡み合ってる感じは………、……否めないよねぇ」
「まあな。難しいところではあるよな。…あ、カケル、レタスも頼む」
「はーい」
そこにプヨプヨという音が聞こえてきた。
プヨプヨ。
プヨプヨ。
『おは、よ~~~~』
ヒルコがプヨンプヨンと飛びながら(?)跳ねながら(?)、ダイニングに来た。
以前より目を覚ましている時間が増えた。
やはり、風と雷の力を吸収したからだろう。
「あっ。ヒルちゃ~~~~ん!おはよー!」
シナツヒコはぎゅむーっと抱き締める。
ヒルコの体もぎゅむーっとなった。
「ヒルちゃん、目が覚めたんだね。おはよう……って、あれ?そういえば……?」
「カケル?どうした?」
肝心な事を今まで忘れていたかもしれない。
サァーっと血の気が引いた。
「あ、あのさ…。改めてお聞きしますが…。…あの……、ヒルちゃんってごはんは食べる…の、か、な?」
「え?もちろん。今更何言っちゃってるの?カケルく~ん」
「うわわわーー!!!」
確かに今更だ。
シナツヒコとホノイカヅチは色々なものを食べている。
二柱と同じ神、という存在のヒルコ。
もちろん食べるのだろう。
「どっどうしよう!!?ヒルちゃん、何も食べてないよ!!何にも食べてないよー!!」
あわてふためく翔。
「カ、カケル!落ち着けって!」
「で、でも、今まで全然食べてなくて…!ぼく、気がつかなくて……!!」
『カケルくん、おもしろーい』
ヒルコは楽しそうに笑っている。
「カケルくん、大丈夫大丈夫。僕達、別に食べなくても平気だから。大丈夫だよ」
パニクる翔に、シナツヒコはドゥドゥとなだめる。
「は?はい?」
「全然大丈夫だよ~」
「え?え?だってシナくんもホノくんも、いつもめちゃくちゃ食べてるよ……!?今だって、ホノくん料理してるし!?」
「あはは。食べるのは大好きだから食べるけど。人間みたいに栄養を摂取する目的では食べてないんだよ」
「え?栄養…」
「僕達にとって、食べるって娯楽の一種なんだよね。エンターテイメント。
人間だって栄養の摂取もそうだけど、ある意味娯楽だよね?食べる事、楽しみだよね?
……あ、ちなみに、食べる事に興味がない神もいるけど。まあ、好き好きは神それぞれだよ」
「…あ、ああ………。なるほど……」
一安心した途端、急に力が抜けた。
「あー…、良かった………」
「ヒルコは今まで弱っていたし、俺達から食べる事を積極的にすすめていなかったんだ。ごめんな。驚かせたよな」
「う、ううん。ありがとう、ホノくん。そうだよね。ぼく達も、病気の時は食欲ないし。体調悪い時に娯楽…なんて絶対無理だもん。うん、おんなじだよね」
「ヒルちゃんもね、食べる事が大好きだったよ~」
「へえ!そうなんだ!って…、あ、でも、シナくん…。えっと、どうやって………?」
ヒルコには口がない。
ヒルコとの意志疎通は、言葉が脳に直接伝わってくる。
ではどうやって食べるのだろう?
「ん?ああ。ヒルコは一風変わった食べ方をするんだ」
「変わった食べ方?」
ホノイカヅチはかごの中のリンゴを手に取った。
一瞬、考え込む。
「……シナ。もう食べられるよな?」
「あ、うん。そうだね。大丈夫そうだよね」
ヒルコの前にリンゴを差し出す。
「ヒルコ、食べるか?」
『う、ん』
するとリンゴは宙に浮いて、一瞬でミキサー状に変化した。
「わ!凄い!」
そしてミキサー状になったリンゴは、ヒルコのお腹に流れ込んだ。
『おいしー!』
キャッキャッと喜ぶヒルコの頭を、シナツヒコは優しく撫でる。
「良かったね~!ヒルちゃん」
「凄い…」
ビックリ仰天だ。
翔の目がいつも以上に真ん丸になっている。
そして、ハタっと気付く。
「あっ!ねぇねぇ!ヒルちゃんの食べ方、桜の胃ろうに似てるかも!」
ミキサー状の食べ物を、直接胃に流し込む。
まさに胃ろうだ。
「本当だね!ソックリだ!!」
「言われてみたら…。確かに胃ろうだよな。
ヒルコは出会った時からこういう食べ方してるぞ。遙か遠い昔から」
「遙か…。遠い………」
昔から。
胃ろうのような食べ方があったのか。
翔は胸の奥から何かポカポカと込み上げてくる感覚を覚えた。
「何か…、何かさ…」
心がポカポカする。
「何か…、嬉しい…」
妹の桜と同じ食べ方のヒルコを見て、不思議な気持ちになっている。
「ああ、そうか……。ぼく、きっと」
救われたような気がした。
何故こんな気持ちになったのか。
翔にもわからなかった。
ジュージュージュー………。
ジゥゥ……。
救われた気持ちで満たされたあと。
ハンバーグの焦げたにおいが漂ってきた。