第五十三話 魂を磨くということ
「とりあえず確認したし、ぼくは高天原に帰る」
ゆるりとツクヨミはベランダに出た。
「あ、ツクヨミ様…!」
ホノイカヅチは慌てて呼び止める。
「…なに?」
「ヒルコを様子見とは…、どういう事でしょうか?」
「どういう…って。そのままの意味だけど」
「ヒルコには…、何もしないですか?このまま…、ここにいていいんですか?」
「ああ…。そういう事。そのヒルコの出生については別天つ神にお聞きした。ヒルコは葦の船に流された、と。だけど、今、ここにいる。何故だろう?」
「そ、それは…」
「ヒルコの魂は彷徨い続け、カケルが命を授かった時に入り込んだ。…間違いない?」
「はい…。おそらくは…」
「何故カケルの魂にヒルコの魂が入ったのかもわからないし、何故今になってその魂が出てきたのかもわからない。そしてヒルコが高天原の異変に関係しているのかも不明」
「はい…」
「だから様子見。そのあとの事は…、何かが起きてからじゃないと」
「承知…、しました」
ホノイカヅチは何も言えず伏し目になる。
「ヒルコを見て感じたけど…。神の力があまりに少ない。こんな非力で、高天原に何か出来るようには到底思えないけど」
翔はドキッとした。
(やっぱりそうか…。ヒルちゃん…、やっぱり弱っているんだ…)
シナツヒコが難しい表情で口を開いた。
「ツクヨミ様。僕達は今まで、ヒルちゃんが高天原の異変に関係してるかもって思っていました。
葦原の中つ国の異変は異常気象だけ。だからそれはヒルちゃんは関係ないって」
「うん?だから?」
「はい。だけど、今は葦原の中つ国にも怪異が起きてます。ヤマタノオロチとか、邪神とか、マガツヒノカミの出現とか。こんな事、ヒルちゃんに出来るわけありません。ヒルちゃんはすべてに無関係だと思っています!」
少しの間、静まり返った。
「………ねぇ、シナ。このヒルコははじめからこんなに力がなかった?」
「え?あ、いいえ。出会った頃のヒルちゃんはもっとエネルギーがありましたよ」
「…………そう………。それなら何故、今はこんなに弱いか…、考えなかった?」
「それは…、思いましたよ。………憶測ですが、彷徨い続けるうちに力を消耗したのかなって……」
「ふぅん……」
「力が弱ってしまったから、カケルくんの魂に入ったのかなって。カケルくんの魂、綺麗だから。ツクヨミ様も思いますよね?」
「まあ、それは思った。カケルの魂は生まれ持った輝きだから」
「そうですよね!やっぱり!!」
「あっ…。ぼく…?」
少し顔を赤らめて下を向く翔。
(褒められているのかな…?)
「褒め言葉だ」
心を見透かされたのか、ツクヨミは翔に向かって言った。
「あっ!は、はい。ありがとうございます…!」
「生まれつき魂が輝いている人間はカケルのほかにも一定数はいる。まだ理由はわからないけど。普通、人間は魂を輝かせるために生まれてくる。それが波動を高く、強くする事に繋がる」
「あ、は、はい……」
(確かサクヤヒメさんは、ハンデがあったり、生きづらい人に魂が綺麗な人が多いって言ってたような……。まだハッキリわからないんだ…)
「つまり、波動を高く強くして、魂を磨く。それが生きるという意味。生まれ変わりも魂が綺麗かどうかで来世が決まる。そういう事。それが真髄。……シナとホノに聞いていない?」
「あっ…。波動の事は…」
「シナ。肝心な事は言っていない?」
じろりと軽くシナツヒコを睨んだ。
「あ、あ~、何て言うか。カケルくんはもともと魂が綺麗だったから、敢えて言わなかったと言うか~………。魂を磨かなくても綺麗だから~……。…………はい、忘れました」
テヘペロ☆
「シ、シナくん…!」
「あはは~。でもさ、ぼく、カケルくんの魂が綺麗って言ってたよね?」
「ま、まあ、確かに言ってたけども…!生まれ変わりに条件がつくなんて聞いてないよー」
「ちょっと待ってよ~?条件じゃないよ。真意だから。条件じゃないよ?」
「とは言ってもー!」
水掛け論のような二人を尻目に、ツクヨミはぼそっと言った。
「………ヒルコは弱ったのではなく、分裂したのではないかと思うけど…。まあ、持論だけど」
「え!?ど、どういう事ですか?」
「ヒルちゃんが分裂!?」
「だからぼくの個人的な意見。まだ何もわからないから。…だから様子見」
「は…、はい………」
「じゃあ、ぼくは帰る」
「ちょっと待って下さい!」
ベランダから空に飛び立とうとするツクヨミの服の端を、翔はガシッと咄嗟に掴む。
「あ…!?」
いきなり引っ張られ、飛ぼうとした体制を崩した。
「わ!わ!わ?」
ビタン!!!!!
そのまま庭に顔面から突っ込んだ。
「ツ…ツクヨミ様!!」
「だ、大丈夫ですか!?」
シナツヒコとホノイカヅチは大慌てでツクヨミを起こす。
翔の家は平屋だ。
…そんなにダメージはないだろう。
多分。
「あ、あわわわ…。す、す、すみません……」
翔も真っ青になった。
無言で起き上がったツクヨミの顔はドチャリと土にまみれて…、…無惨なものだった。
「…………………。」
「ホノ、とりあえず、お風呂お風呂!」
「わ、わかった!カケル、タオルと…、何か着替えを頼む!」
「う、うん…!ツ、ツクヨミ様!ごめんなさーい!!」
「……………………。」
カチンコチンの木の棒のようになってしまったツクヨミを、シナツヒコはお風呂場まで運び込んだ。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
カポーン。
ツクヨミ・入浴中。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
お風呂からあがったツクヨミの前に、土下座したシナツヒコとホノイカヅチ。
頭を垂れるだけ垂れた翔がいた。
翔は正座が出来ない故に…。
「本っ当に申し訳ございませんでした!!!!!」
「ごめんなさい…!!ツクヨミ様!!ぼ、ぼく、お、おやつでも一緒にどうですかって思いまして……!!」
「カケルくんはわざとではありません!!」
「カケルは善意の塊です!!」
翔が謝ると、二柱も全力で援護した。
「………別に気にしてない。お風呂、気持ち良かった。……感謝する」
「ツクヨミ様……!」
「寛大なお心ですね!」
「さすがでございます!」
大袈裟に称賛した。褒め称えた。
「もういいから。………ウザイし」
三貴神の一柱、ツクヨミを転ばせたなんて言ったものなら、とんでもハップン、歩いてジュップンだ。
つまりは滅相もない事だ。
お咎めなしのようで、ホノイカヅチとシナツヒコと翔は全身の力が抜けたようにほっとした。
「良かった……」
「カケルく~ん!驚かせないで~」
「ご、ごめんねぇ……」
「…それで?おやつはまだ?」
「はい!只今ご用意します!」
三人はテキパキとおやつの準備をした。
生クリームをたっぷりのせた、甘いホットココアはお気に召すだろうか。




