第五十二話 火の神?
ベッドの上でトランポリンのように跳ねるヒルコ。
跳ねるとポヨンポヨンと体が揺れる…というか、振動する。
そのたびにヒルコの笑い声が頭の中に響いてきた。
『フフフ、あはは…』
水色と黄色の体がキラキラと光っている。
「お日様みたい………」
そんな光景に、翔は思わず呟いた。
(小さな太陽みたいだな)
「でも…さ。とりあえず、良かったよね。ホノくんとシナくんの力のおかげでヒルちゃんが元気になってくれたし」
「そうだね。まだ話し方が前とは違うけど、そんな事は気にならないしね。………記憶がないってのも、まだ混乱してるだけかもしれないよね」
「そうだな…。あれだけ波動が乱れたんだし、影響はあるかもしれない。……俺も、正直まだ過去の記憶が曖昧なんだよな…」
煩わしそうに、ホノイカヅチが髪の毛をかきむしる。
「え?ホノくん、そういえばさっきも言ってたような……」
「本当によく憶えていない…というか、わからないんだ。ヒルコとシナに会った時からは確実に憶えているんだけどな。もしかしたら、俺も波動が乱れまくってたのかもな…」
「えー?そうかなぁ?でも、シナくんとヒルちゃんに会った頃は落ち着いてたんでしょ?」
「いや……、何か…、微妙、だったかもな…」
「ホノの波動が高くなったのって、確かアレだよ。あの、ほら、何か、めちゃくちゃ強そうな剣の達人みたいな神が現れてからだよ!」
シナツヒコはヒルコを抱いて揺り篭のように揺らしている。
飛び跳ね疲れたのか、気持ち良さそうにスヤスヤと眠っていた。
「ヒルちゃん、また眠ったんだね。……ていうか、シナくん。それ誰?強い神様?」
「ホノがさ、何故か雷に反応して苦しそうだったの。その時に現れて、雷を取り込む術を教えてもらったんだよね」
「へぇ!凄い」
「ついでに、火の力もあるとか言われてさ~」
「へぇ!ホノくん、雷と火の神様って言ってたもんね」
「……いや、何かさ……」
そう言うと、ホノイカヅチは再び髪の毛をかきむしった。
「火の力の出し方がよくわからないんだよな。違和感あるし。俺に溶け込めてない感じがする」
「そう…。そうなんだ。ぼくには想像もつかないけど…。何か気持ち悪い?」
「あ、いや、そーゆー感覚じゃなくて。俺の力じゃなくて、俺の中に火の力を感じる…みたいな…」
「う、うーん??」
「まあ、でもさ、あの強そうな神に言われたからさぁ、何かそうなのかなぁって思っちゃったんだよね~」
ケラケラと笑うシナツヒコ。
「シナくん、そんなに強そうな神様だったの?」
「うん!めっちゃ強そう!例えば~」
「例えば?」
「何か~。剣があるじゃない?その切っ先に座れるくらい!」
「え!ウソ?!面白い!」
今度は翔もケラケラ笑った。
笑い声を聞きながら、ホノイカヅチは神妙な表情で軽く胸を押さえる。
(多分、誰かがいる………)
体の中に、神が宿っている。
それはきっと火の神だろう。
遠い昔から。
高天原でも、葦原の中つ国でも火を使っている。
火は神にとっても人間にとっても、絶対にかけがえのないものだ。
豊かな生活を営むために、超重要必須アイテムだろう。
しかし、時に火の力は驚異にもなる。
それは神も人間も同じだ。
とてつもなく尊い火の力は、取り扱いを間違えると命を落としてしまう。
それを忘れてはいけない。
とはいえ、今、火を使っているという事は、火の神は必ず存在する。
(それが…、きっと俺の中に……?何でだ?何故俺の中に……?)
ホノイカヅチにもわからない。
しかし、火の神はいる。
確実にいる。
「…………くん?」「……………ノくん?」
「ホノくん?」
翔の声がして、……我に返った。
「………あ、………カケル?」
「うん…。大丈夫?何かボーッとしてたよ?」
「あ、いや、大丈夫だ。ありがとう……」
不意にシナツヒコの視線を感じたが、ホノイカヅチはわざと背中を向けた。
「……………」
「シナくんもどうかした?」
「え?ううん。何でもないよ。
それよりさぁ、アマテラス様にヒルちゃんの事もバレバレだよ。……まあ、バレるなんて時間の問題だったけど」
「……あっ。そういえば、サヨリヒメさんもそんな事言ってたような……。ねぇ…バレちゃうと、ヒルちゃんに何か悪い影響があるのかな?」
「うーん……。ヒルちゃんをどう思うかによるよねぇ。一番嫌なのは、高天原の異変をヒルちゃんのせいにされる事、かな…」
「え!それはひどい!」
「アマテラス様はさ、異変の原因が知りたいんだよね。そのために、僕とホノが命じられた……わけだ…し……」
ホノイカヅチはハッと目を見開いた。
「シナ……。まさか、シナと俺に命じられたのって……」
「……うん…。ぼくも言いながらホノと同じ事思った」
「え?シナくん、ホノくん?どういう……」
「アマテラス様、もしかして。何もかも。ヒルちゃんの事も全部知っていて、わざと僕達にご下命されたのなぁって」
「え!?」
「あ、それはないから」
突然、誰かが背後から答えた。
「え!?」
三人は同時に振り向く。
「ツクヨミ様!?」
音もなく、気配もなく現れたツクヨミは、部屋のすみに立っていた。
すぐにシナツヒコとホノイカヅチは姿勢を正す。
「あ、そーゆーのはいい。そーゆーのは姉様だけでいいから」
相変わらず抑揚のない声で言いながら、シナツヒコの傍に行く。
腕の中で眠るヒルコを覗く。
「ふーん。これが……」
(あ!そうだった。ヒルちゃんを確認するってツクヨミ様言ってた……)
翔はそう思い出したあと、おそるおそるツクヨミの近くに寄った。
「あ、あの…。ツクヨミ様……」
「ん?ああ、別に。この子をどうこうするつもりないから。ただ姿形の確認。……で、あとは様子見」
さらりとツクヨミが答えると、三人の安堵の溜め息が漏れた。
「ツクヨミ様。お久しぶりです」
「久しぶり、シナ」
「アマテラス様は、ヒルちゃんの事、知らなかったのですか?」
「そう。知らない。シナとホノに命じたのは、君たちが葦原の中つ国に相当精通している、かなり詳しいって噂があったから」
「あ、あー……。なるほどです。そうだったんですね」
翔はシナツヒコの袖をクイクイッと引っ張る。
「シナくん、シナくん」
顔を近付けたシナツヒコに耳打ちした。
「シナくんとホノくんて、そんなに詳しいの?」
「あの頃は、ヒルちゃんを探して葦原の中つ国を飛び回ってから。そう見えただけかも」
「そうかぁ…」
ツクヨミはホノイカヅチに視線を向ける。
「ホノも。久しぶり」
「はい。ご無沙汰してます」
「元気?」
「はい」
「そう」
「ツクヨミ様は…」
「ぼちぼち」
「良かったです」
「ケガした?」
「はい」
「大丈夫?」
「はい」
「そう」
「はい」
ツクヨミとホノイカヅチの、ゆ~ったりとした、とりとめのな~い会話が始まった。
『スピー………、
ゴゴゴゴ…』
ヒルコの寝息&時々イビキも始まった。
しばらくの間、続いた。




