第五十一話 忘却
翔はヒルコの寝顔を覗き込んだ。
波動は安定している。
水色の波のようなものを纏い、まわりには黄色の粒子がキラキラと光っている。
(綺麗だな…)
気持ち良さそうな寝息をたてていた。
「何か……、派手になっちゃったね……」
シナツヒコは申し訳なさそうに言った。
体の色が、桃色から水色と黄色が混ざり合った…、以前よりは少々派手な感じになっている。
「まさか色が変わるとは…、思わなかったな…。何で変わったんだ…?」
摩訶不思議な現象。
ホノイカヅチも見当がつかないといった様子だ。
「こんな事はあんまりないの?」
「あんまりない…というか、事例を知らないというか…。そもそも波動を鎮める事自体が、例外というか……?よくわらかないんだよな……」
「え?そうなんだ?」
「まあね……。動揺しても、普通は自分で何とかするからね。…ほら、人間もそうでしょ?カケルくんも、何となーく感情のコントロールしてるでしょ?
前にも言ったけど、波動の“波”は感情に直結してるからさ」
「う、うーん…。コントロールかぁ……」
「波動を高くしたら、感情のコントロールが必須だよ。すぐに低くなっちゃうからね。たとえ環境が最悪でも、感情をコントロール出来たら屁の河童かもね」
「屁の河童………。…あれ?でも、ヒルちゃんは神様だよね?神様の波動は常に高いって………」
(あっっ!!!)
慌てて口をつぐむ翔だった、が…。
微妙~な空気が部屋の中に充満した。
「ごっ、ごめんなさいっ!!」
(そうだ!ヒルちゃんは……)
捨てられてしまった神。
しかも現時点では、エネルギーが減っている状態だ。
波動を常に高くするには、…無理があるかもしれない。
(ぼく、最低だ…!!)
「ごめんなさい…。ぼく…。ぼくだって…!」
(ぼくだって出来損ないなのに…)
口には出せなかった。
出来損ない、中途半端な自分。
恥ずかしくて俯いた、その時。
「カケル。今、何て思った?」
今まで聞いた事がない、ホノイカヅチの低く押し殺した声がした。
「え………?」
(な、何か、怒って、る…?)
ビクンと体が強ばる。
「今、何て思った?」
「あ……、いや、それは……。…その…ぼ、ぼくは…出来損…」
「二度と思うな!!」
翔の言葉を遮った。
「ホノく…」
「絶対に二度と思うなよ!そんな事!!」
「だっ、だって…!!」
「だって?何だよ?」
「だってそうじゃないか。ぼくは歩けないし!
だけど…、ぼくは自分を大切にしたいし、自分を好きになりたい。そうするには中途半端で出来損ないの自分も!劣等感の塊の自分も!全部認めなきゃいけないんだ!!」
(はぁ…はぁ…!)
呼吸が浅くなり、肩で息をする。
はじめて自分の思いを、自分ではない誰かに伝えた。
売り言葉に買い言葉のようではあったが、ホノイカヅチやシナツヒコだからこそ言えたのだ。
目に涙を浮かべながらも、翔も真っ直ぐにホノイカヅチを見る。
度肝を抜かれたのか、シナツヒコは目パチパチしていた。
「だ、だから…!」
ホノイカヅチも少し面食らったようだ。
「カ、カケルは後ろ向きに進んでるんだよ!」
「後ろ!?後ろって?ホノくん、何!?」
「だから!!出来損ないとか劣等感とか!それをまず認めてから自愛するとか?そうじゃないんだ。
そうじゃなくて!そういうのも前向きに、全部ひっくるめて大切にするんだよ!」
「な、何それ!意味不明だよ!」
「ハンデだって、コンプレックスだって、全部個性なんだよ。
だからそういう事を認めるんじゃなくて、受け入れるんだ。
……だけど、わかるよ。…俺もそうだったから…。俺もそうだったからわかる。カケルの気持ちもわかる…」
「え?」
(あっ……!)
さらり…。
ホノイカヅチの前髪が揺れた。
(涙…?)
「俺も、自分が何の神かわからなかった。…今も…、実はよくわからない時がある」
「ホノくんは…、雷と火の神様だって…」
「でも…、自分の中ではよくわからないんだ。俺も、中途半端で出来損ないだ」
「そ、そんな事は…!」
「だけど、ヒルコとシナがさ……、全部受け入れてくれたんだ。
何ものでもない俺を。
捉え方が全然違うんだ。仕方なく認める…と、受け入れる、は…」
「う……ん…」
「俺はカケルのすべてを受け入れて…、好きだよ」
「え!?」
「とっくの昔から」
ボン!!!
顔が爆発した。
カアアアアア!!
みるみる赤くなっていく。
そんな翔の頭をシナツヒコは優しくポンポンと撫でた。
「そうそう!カケルくん、ぼくも大好きだよ~!」
「シナくん…」
「人間も神もさ。みんな個性があるよね。だから…、八百万。たくさんいるんだよね。何でかな?支え合うためかな?
……ヒルちゃんもね。すべてが個性なんだ」
「うん……。ぼく……、ごめんね…」
(ぼくはいつもそうだった…。自分の杓子定規で物事を見て、自分を卑下して……)
「ふふふ。大丈夫。それもカケルくんの優しさだからね。ね、ホノ」
「あ、ああ…。ごめんな、カケル。怒鳴ったりして」
「う、ううん!ぼくも怒鳴ってたから…。ごめんね…」
「あはははは!カケルくんの意外な一面を見た感じだったな~!」
「……いや、だけどカケルって、結構前からグイグイくるタイプじゃなかったか?」
「え?そ、そうかなぁ……?」
『フフフ、フフ……』
背後から笑い声がした。
三人はピタリと動きを止めてヒルコに視線を移す。
『フフフ、フフフ…。仲直、り、し、た?』
いつの間にやら起きていて、やりとりをずっと見ていた様子だ。
『仲直、り、し、た?』
プニュンとゴムボールのような柔らかい体を曲げる。
翔の胸はキュンキュンした。
(か、可愛い…)
「ヒルちゃん!」
「ヒルコ!大丈夫だったか?」
シナツヒコとホノイカヅチが心配そうに傍に行った。
神の波動が激しく乱れる事は普通はあり得ない。
しかし、ヒルコは自分ではコントロール出来ない。
それならば神の力で鎮める。
いわば力ずく…。荒療治だった。
『大…じょーぶ……』
ピョンピョンと跳ねる。
「…ね、ホノ。ヒルちゃん…。ちょっと元気になった?」
「……そうみたいだな…」
「あっ!ねぇ、もしかすると!ヒルちゃん、シナくんとホノくんの力を吸収した……かも!?」
「ああ!それ、あるかも!」
「…確かに…」
飛び跳ねるヒルコを、そっとシナツヒコは抱き上げた。
「ヒルちゃん……、ごめんね?…あの時、何にも出来なくて」
『………』
「ごめんな、ヒルコ。俺達は助けられなかった」
『………』
「ね!ヒルちゃん!見つけていこう!これからの未来をさ!」
『………』
「俺達と…、生きる道を探していこう」
『………』
「………え、えっと?ヒルちゃん………?」
『何の……コト、かな?』
「え???」
キョトンとするヒルコ。
クエスチョンマークが頭の中に浮かんでいるようだ。
「何の………って、…あれ?ヒルちゃん?」
「憶えて……、ないのか?」
『………??』
「あ、えっ…と。僕と、この黒いのはわかる?」
ホノイカヅチは小さく舌打ちをした。
『うん…。シナくんホノくん』
「そうだよね!うん!ありがとう!
……じゃ、じゃあさ、ヒルちゃんは…、どうやって…………」
言葉を選ぶ。
「生まれたか、憶えてる?」
敢えてド直球。
『カケルくん』
「え!ぼく!?」
『うん。ぼく、カケル…から生まれた。シナくんホノくんは、ぼく…の友…達』
嬉しそうに、シナツヒコの腕の中でプルプルと体を揺らす。
三人は顔を見合わせた。
記憶がゴッソリ抜け落ちている。
髪の毛がゴッソリ抜け落ちると同じくらい…、ビックリ仰天だ。
「記憶が…、カケルくんの中に入った時からになってる?」
「いや、だとしたら、シナや俺を憶えているのは変だろ」
「あっ!ねぇねぇ!これはぼくの推測だけど、辛い記憶を封印しちゃってるのかもしれないよ」
誰にでも、封印したい記憶は一つや二つ、三つ四つぐらいはあるものだ。
ザワザワザワザワ………。
胸騒ぎがしている。
しかし、ヒルコはニコニコプルプルしていた…。




