第四十九話 イワナガヒメ
翔はパラレルワールドの公園から、葦原の中つ国の公園に戻って来た。
公園の騒ぎは既に落ち着いていて、誰もいなかった。
(でも、大丈夫だったかな…?)
公園にいた人々はどうなったのだろう。
(病院で手当てをしてもらったのかな?)
「あっ!カケルくーん!!」
サクヤヒメの声がした。
「サクヤヒメさん!?」
キョロキョロとまわりを探すが、サクヤヒメの姿は見えない。
「サクヤヒメさーん!?」
「カケルくん!!」
「わぁ!??」
急に目の前に現れたサクヤヒメに驚いてぶつかって見つめ合う……。
という、お約束のシチュエーションにはならずに………。
翔の太ももの上にサクヤヒメが正座する形となった。
これが車椅子バージョンだ。
「ごめんなさい!カケルくん!」
「あっ、いえいえ、こちらこそ……。
…そんな事より、良かった!サクヤヒメさん、無事だったんだね!」
「あっ、ありがとう。私は大丈夫よ。お姉様が助けてくれたから……。でも、本当にごめんなさい。私、力になれなかったわ…」
シュン…と落ち込んでいる。
「ううん!そんな事ないよ!サクヤヒメさんがいてくれて心強かったし!ぼくの方こそ、何にも出来なくてごめんね…」
「カケルくん……」
パアア…と笑顔になった。
「あ、そうだ。サクヤヒメさんってお姉さんがいたんだね」
「うん。そうなの。頼りになるお姉様なのよ!今も近くにいるのよ」
「え!?そうなんだ。えっと…」
「イワナガヒメお姉様よ。…………お姉様!お姉様~?」
サクヤヒメは空を見上げて呼んでいる。
翔も空を見上げる。
(あっ、そうだ!今って………)
公園の時計を見ると、あの騒動から時間はそんなに経ってはいなかった。
パラレルワールドに移行すると、こちらの世界の時間は進まないという事になる。
まさに別次元。
「お姉様?お姉様~?
……おかしいわ。いないのかしら?」
サクヤヒメが首を捻る。
すると---。
「サクヤヒメ!!」
少し野太い声が翔の背後から聞こえた。
「あっ!お姉様~!」
嬉しそうに駆け寄るサクヤヒメ。
「ごめんごめん!!サクッと高天原に戻ってたんだよ!」
「そうだったの?もう、お姉様ったら」
「あっはっはっ!」
とても仲の良い姉妹のようだ。
翔は振り返り、イワナガヒメに挨拶をする。
「あ、あの、はじめまして。イワナガヒメ様…」
「キミがカケルくん?」
「はっ、はい……」
ビックリして目を丸くした。
(何か……、イメージが違うな…)
イワナガヒメは今まで翔が会った神とは違い、ポジティブな意味で、神らしくない風貌だった。
背が高くアクティブな雰囲気で、本当にポジティブな意味で、美人すぎない顔立ちだ。
(何だか安心する感じだな……)
何もかも、いっさいがっさいまとめて包み込んでくれるような。
そんな空気感を持った女神だった。
「カケルくん。私の事も“様”はいらないよ。イワナガヒメでも、イワナガヒメさんでもいいから、気軽に呼んでくれ」
「はっ、はい。ありがとうございます…」
(声も安心する…。何か胸に響くような……)
「そういえば、ツクヨミ様とスサノオ様は一緒ではなかったのかな?」
「あ、はい。スサノオ様は帰りました。ツクヨミ様は高天原に一度戻ってから、またこっちに来るって言ってました」
(多分…、ヒルちゃんを確認するためなんだろうなぁ…)
「そうか。ありがとう」
「あ、そういえば、お姉様も高天原に戻っていたのよね?」
「うん。高天原の様子を見にね。高天原にもマガツヒノカミが現れたからね」
「高天原にも?」
「そうなんだ。だけど、もう収まっていたよ」
「そうなの。良かったわ…」
サクヤヒメは一安心している。
「あ、あの…。マガツヒノカミってたくさんいるんですか?」
翔が聞くと、イワナガヒメは少し険しい顔をして答えた。
「マガツヒノカミは二柱いるんだ。……この二柱は穢れを生業とするからね。神々からは敬遠されている。
それに、マガツヒノカミとしても他の神々とは関わりたくないはずだよ。それなのに、今回攻撃してきたわけだからね。今まで一度もなかったからね」
「そうなんですか……。どうしてでしょう…」
「まだ何もわからないね。…………そう、それから、カケルくん」
「キミは第三の目が開いたようだね?」
「あ……、は、はい。そうなんです」
「そうなの!?カケルくん!凄いわー!!」
サクヤヒメはカケルの両手を握って興奮する。
「え?いや、その…。凄い?かなぁ?」
(まだイマイチわからないんだよなぁ……)
イワナガヒメは困惑気味の翔の肩に、優しく手を置いた。
「キミなら見えるかもしれないね」
「え…?何を…、ですか?」
「何だろうな……。例えば…、悪がいなければ善がわからないと言ったような…。
この意味のすべてが見えるかもしれない」
「え………?」
「大丈夫。きっとカケルくんなら」
「イワナガヒメさん……」
何故かわからないが、不思議な感覚だった。
母のぬくもりに抱かれているような感覚だ。
誰でも生まれた時は赤ん坊だ。
赤ん坊が無条件に愛されて、抱かれて、守られて。
それなのに…。
(いつからぼくは…)
「…では、サクヤヒメ。私達は一度戻ろうか。
カケルくんも家に帰りない」
「は………、はい…」
「カケルくん、また会いに来るわね」
「あ、う、うん」
イワナガヒメとサクヤヒメはふわりと消えていった。
宝石のような波動の粒を散りばめて。
翔は手のひらを伸ばし、その粒を乗せてみる。
感触はなく、スゥと手のひらに吸い込まれるように消えた。
(綺麗だな…)
キーン………!
「……………………はっ………!」
急に耳鳴りがした。
「…………………………………ヒルちゃん……?」
胸のあたりがザワザワとする。
ヒルコの波動が激しく揺れ動いている感じがした。
第三の目が開いたからだろう。
感覚が研ぎ澄まされているようだ。
翔はヒルコに共鳴している。
強く共鳴していた。
「ヒルちゃん………!!」
とても動揺している。
翔は急いで家に向かった。