第四十八話 凪ぐ
第四十八話
高天原と葦原の中つ国、同時にマガツヒノカミが現れた。
マガツヒノカミは、ヤソマガツヒノカミとオオマガツヒノカミの二柱がいる。
同じ容貌、同じ属性のため、二柱をマガツヒノカミと統一して呼んでいる。
マガツヒノカミは黄泉の国から戻ったイザナキが、穢れを祓うために禊をした時に生まれた神々。
黄泉の国に満ち溢れる、禍々しい穢れを持っている神だ。
かなり大きな負の力を持っているため、ほかの神々からは忌み嫌われている。
マガツヒノカミが放つ負の波動に触れてしまったら、心身ともに弱り、干からびる。
神は、神同士ならば殺せる。
マガツヒノカミも神なので、弱った神は最悪の場合は死んでしまうかもしれないとされている。
(まだ証拠はなく、噂程度)
しかし、マガツヒノカミがこれほどまでに凶暴化する事は今までに一度もない事だった。
ちなみに、ヨモツシコメはイザナミによって黄泉の国で生まれた。
黄泉の国の入り口は、とても大きな岩で塞がれている。
イザナキが黄泉の国から逃げる際、大きな岩で入り口を封鎖した。
黄泉の国で生まれた者は、基本的には出られない。
何故なら、イザナキの大いなる力で塞いだからだ。
絶対に出られない。
たとえ、マガツヒノカミが呼び出したとしても、絶対に出られない…はずだった。
しかし、高天原にも葦原の中つ国にもヨモツシコメが現れた。
現れてしまった。
「何故だ………」
アマテラスは歯ぎしりする。
神々とマガツヒノカミが呼び出したヨモツシコメとの攻防を、少し離れた高台から見下ろしていた。
「黄泉の国の岩戸が………、開いてきているのか………?」
光と闇が入り交じり、轟音、爆音があちらこちらに激しく鳴り響く。
「シナツヒコとホノイカヅチが隠していたあのモノとは関係ないのだろうか…?」
ヒルコは高天原の異変とは無関係なのだろうか。
「………………懸念だったか?いや、それでも……」
ぎゅっと胸を押さえて目を伏せる。
「この胸騒ぎは………」
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~~~高天原~~~
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
シナツヒコは激しい風を吹かせ、ヨモツシコメを木っ端微塵にした。
消えては現れるを繰り返していたヨモツシコメだったが、ようやく数が減りはじめた。
マガツヒノカミが肩で息をしている。
「はぁ……。ようやく…、力尽きてきたみたいだね。マガツヒノカミ、体力ありすぎでしょ……」
消耗してきたマガツヒノカミを見て、シナツヒコは安心して息をフゥと吐いた。
「ね!ホノ………!………って、あれ?ホノ?」
振り向いた先にホノイカヅチの姿はなかった。
「ホノ?ホノー!?」
キョロキョロとまわりを見渡しながら、空を飛び回る。
「あ!ホノ?!」
地面に降りて、左腕を押さえているホノイカヅチがいた。
「ホノー!!大丈夫!?」
シナツヒコは急降下した。
ホノイカヅチの腕が硬直して震えている。
「え!?だ、大丈夫?」
「大丈夫だ…。大したことない」
「本当に?…ヨモツシコメの邪気にあてられた?」
「あ、ああ……、多分……」
「早くナオビノカミ様の所に行こう!ホノ、飛べる?」
「俺はいいから…。シナは早くマガツヒノカミとヨモツシコメを………」
「もうだいぶ弱ってきたから、ほかの神々に任せておけばいいよ。いざとなったら、アマテラス様だっているわけだし」
「アマテラス様が闘わないのは、力が強すぎて高天原と葦原の中つ国に影響がありすぎるからだろ」
「うん、まあ、そうだけどね。でも、もう僕が抜けても大丈夫だと思うよ」
「…そうか………」
「ほら、肩をかして」
「……ああ、……悪いな」
「それにしても……。ホノがこんなになるなんて…、意外だね」
「あ、いや……、油断したんだよ…」
「そうなの?……でもさ、油断していたとしても。意外すぎるよ。ホノは僕より強いと思うんだけど」
「………何でそう思うんだよ?」
「そんなのすぐにわかるでしょ。自分の力量を知ってる強者は、自分より強い弱いなんて見ればすぐにわかるでしょ?」
「シナ………。はっきり自分が強いって言ってるな」
「そりゃ僕は強いからね~。だ・け・ど。ホノの方が強いんだよね。わかるんだよ~」
「……………それは……」
「油断していたんなら、めっちゃくっちゃ!くっちゃくちゃに油断しまくってたって事だね。まったくもう………!」
「いや…………、それは……」
ホノイカヅチはシナツヒコに支えられ、低くゆっくり飛びはじめた。
邪神を生み出すのもマガツヒノカミ。
邪神が疫病を振り撒くなら、それを治す神もいる。
穢れを祓い、禍を直すナオビノカミ。
この世は必ず陰と陽がある。
それは自然の理だ。
「俺は……。シナみたいに清らかじゃないから…」
ポツリとホノイカヅチは呟いた。
儚く、小さく。
「え?ホノ、何か言った?」
「いや……。何でもない。……シナ。……ありがとな」
「どーいたしまして~!…まあ、ケーキをおごってくれたら貸し借りはチャラチャラかな~」
「……俺、結構…かなり…頻繁におごってるけどな」
「えー?そうだっけ?」
シナツヒコとホノイカヅチが戦線離脱をしたすぐに、負の力が底をついてマガツヒノカミは姿を隠した。
ヨモツシコメもすべて消滅している。
神々の喜ぶ声が、高天原の山々にこだましていた。
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~~~パラレルワールド~~~
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
パラレルワールドに移行したヨモツシコメを、スサノオがバッタバッタと切り裂いている。
無限に出てくるヨモツシコメにひるむ事なく、むしろ楽しそうに剣をふるっていた。
「凄い……!スサノオ様!」
翔が感動していると、ツクヨミが呆れたように溜め息をつく。
「スサは体力が底無しだから……。ありえない、理解し難い体力……」
鬱陶しそうに言っているが、その言葉には兄弟の愛情が感じられた。
マガツヒノカミがはぁはぁと呼吸が荒くなり、後退りしている。
「ヨモツシコメの数も減ってきましたよね!?」
スサノオの剣さばきに、翔は頬を紅潮させた。
「ん…。あともう少し」
「あっ!そうだ…。あの、ツクヨミ様……」
「なに?」
「あっあの。…ぼく、えっと、第三の目……って………」
「開眼したね」
「はっ、はい…。でも、その、それって…」
「別に変化はないから。………別に三つ目小僧とかになってないから」
ツクヨミはおもむろに翔の額をペチペチ触る。
「あっ、はっ、はい。……というか、これ………。どうしたらいいんですか?」
「どうする事もない。……ただ、波動が見えるようになる」
「はい。見えました」
「あとは、この世の事が見えるようになる」
「この世…ですか?」
「目に見えないものが見える」
「え!?え?あの、…オバケ…とかですか!?」
「オバケ………」
「幽霊とかですか!?ぼく、そーゆーの全然ダメなんです!」
「幽霊………。ああ…。………そういう類いではなく」
「…違うんですか?」
(良かった…………!!)
「……波動をより一層、高く、強くするとい」
「高く…、強く…、ですか?」
「普通は、波動を高く強くしたあとに開眼するんだけど。キミは逆だったから。
まあ、いいんだけど」
「高く強くした方が…、いいんですか?」
「その方が、自分を護る事が出来る。自分を護る事が出来たなら、………他の誰かを護れるだろうから」
「あっ………!!」
ドクン……!!
胸の鼓動が高鳴った。
(車椅子のぼくでも?
学校で…、クラスで…、何も出来なかったぼくでも?
本当に?
こんなに何も出来ないぼくでも……?)
「あっ、あの。ツクヨミ様……………」
と、翔が言い終わる前に、スサノオの声が響き渡る。
「兄様ー!!!タ、タ、タケ…、タケ…ルー!!!終わったぞー!!!!!」
ヨモツシコメは消え失せ、マガツヒノカミもその場からいなくなっていた。
たった一柱でこの場を収めたスサノオ。
三貴神の名にふさわしい………、が…。
「……何で覚えていないんだ……」
ツクヨミの怪訝そうな顔を見て、翔はフフッと微笑んだ。
そして安堵していた。
葦原の中つ国に似たこのパラレルワールドは、しばしの間スサノオの豪快な笑い声に包まれていた。




