第四十五話 ヨモツシコメ
「あっ……あっ……!!?」
マガツヒノカミが開けたトンネルの穴から見えたモノに、翔とサクヤヒメは驚愕していた。
「サ…サクヤヒメさん……!あれは何…?」
「わ……わからないわ……。見た事がないわ…!」
「あれ…?あれ…!あれ!何か、出てこようとしてない!?」
「嫌ぁぁ!来ないでほしいわぁ!!」
「しかも、数が増えてない!?」
「嫌すぎるわー!!」
穴から同じような姿形のモノが、わらわらと増えてこちらを覗いている。
「キミ、キミ、どうしたんだ?大丈夫か?」
強い口調で詰め寄っていた警察官も、翔の怯えようが尋常ではないと察した。
しかし、もうそれどころではない。
「シナくん!!ホノくーん!!」
バイト先のコンビニに向かって無我夢中で叫ぶ。
「あっ!そうよ!シナツヒコとホノイカヅチはどこにいるのかしら!?」
「わからないんだ…。バイト中かなぁ!?」
祈るように空を見上げても、シナツヒコとホノイカヅチの姿が見えない。
(どうしよう~!?)
穴の中ではアレがひしめき合っている。
地の底から響くような、濁った太いうめき声が聞こえてくる。
「カケルくん!出来る限り、私がここにいる人達を守るわ!」
「サ…サクヤヒメさん…!!」
(ぼくは何でなにも出来ないんだろう…!?)
サクヤヒメは目を閉じて意識を集中させる。
サクヤヒメのまわりが桜色の波動に包まれた。
「波動…!?これが……」
桜色の波のような揺らぎの中に、濃いピンクや薄いピンクの粒子が散らばっている。
サクヤヒメが意識を集中して具現化したため、翔にもハッキリと見えた。
「綺麗………」
(あっ!こんな時に不謹慎だよね…)
翔はそう思いつつも、どうしても見とれてしまう。
波動が高くて強いというのは、何て美しいのだろう。
「ぼくも……、高くて強ければ……。この足が動いたら……」
(でも…、それでも…、ぼくには何も出来ないかもしれない………。だけど………)
マガツヒノカミが現れた事で、この公園近辺の空気は淀んでいる。
それに加えてマガツヒノカミが呼び出した穴の中のモノ達の放つ禍々しい邪気で、より一層ショウキが充満していた。
「う…う……!!」
「気持ち悪い……!!」
公園内の人達が、吐き気や目眩を起こし始めた。
「ぐっ………!」
翔の目の前にいた警察官も、膝をついてしゃがみこむ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ…ああ…。すまない……。何だ、このにおいは…」
「におい…?……あ!本当だ……」
漂ってきたにおいは、ナニかが腐ったような強烈なにおい。
肉か魚か卵か…。
それらを何日も放置して腐敗したにおいだ。
「くさい!!」
「吐きそう!!」
バタバタと公園にいた人や、近くにいた人がその場に倒れていく。
「た…大変だ………!サ、サクヤヒメさん…!」
「くっ………!!」
両手を前で広げ、サクヤヒメは穴から出てこようとするモノ達を抑え込んでいた。
ヴァヴァヴァヴァァァァァ!!!!!
不気味な声を張り上げ、穴から出ようとする無数のモノ達。
「くぅ…………!!」
両手が震え、苦しそうに耐えているサクヤヒメ。
桜色の波動が激しく揺らいでいる。
「サクヤヒメさん!!!」
(サクヤヒメさん!辛そうだ…!)
「サクヤヒメさん…!!」
(ぼくは…ぼくは…!!何で何にも出来ないんだ!!!)
「サクヤヒメさん…!!!」
マガツヒノカミの赤い目がギョロリと回転した。
「う………!!…………きゃあっ……!!」
サクヤヒメが数メートルうしろに飛ばされてしまう。
「サクヤヒメさん!!!?」
グワァァァァァァ!!!!!!!
つんざくような金城り声とともに、無数のモノ達が一斉に穴から出てきた。
その瞬間------------------。
真っ暗になった。
「は………………?」
何も見えない。
何も見えない。
何も見えない。
本当に、真っ暗だった。
「はっ…………!?」
翔は息をする事を忘れていた。
「はっ…はっ…はっ……!」
呼吸の仕方を忘れるほどの恐怖だった。
「はぁ…、はぁ…。はぁ…」
自分の呼吸音で何とか自我を保つ。
「アレはヨモツシコメという」
闇の中から低い声がした。
「!!?」
翔のうしろから聞こえる。
言葉が出ず、身動きすら出来なかった。
しかし、低くて透き通るような綺麗な声だ。
怖じ恐れで押し潰されそうな心を、一瞬で暖かく包み込んでくれるような声だった。
「マガツヒノカミは黄泉の国の者だが、同じこの次元にいる。
しかしヨモツシコメは黄泉の国の住人だ。高天原や葦原の中つ国に出てくる事は、これまで一度たりともなかった」
声はだんだんと近付いてくる。
「高天原と葦原の中つ国の次元に、黄泉の国が入り込もうとしているのか。それとも…」
いつの間にか、翔の隣にその声の主は立っていた。
「高天原と葦原の中つ国が、黄泉の国に近付いているのか………」
「どちらだと思う?」