第三話 ホノイカヅチ
ヒルコの生まれを知ったシナツヒコは、正直とても驚いた。
国土として生まれたヒルコは、国土にはなれなかった。
ではヒルコは一体何者なんだろう?
しかし、シナツヒコにとってはそんな事はどうでも良かった。
ただ、ヒルコと仲良くなりたい。
そう思っていた。
国土になれず、そのうえ父と母に捨てられたにも関わらず、ヒルコはとても純粋で心が綺麗だったから。
シナツヒコとヒルコは、砂浜に小さな社を建てた。
ここで一緒に暮らしていこうと思った。
二柱は昼間は海で泳いだり、夜は星空を眺めたり、笑い合って過ごしていた。
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一緒に暮らしはじめて、しばらくたったある日。
ヒルコは、社から少し離れた岸壁の近くで、うずくまっている男神を見つけた。
髪の毛は黒く、ツンツンしている。
息が荒く、今は苦しそうな顔をしているが、とても端正な顔立ちだった。
『シナくん!シナくん!』
驚いて、体いっぱいで叫ぶ。
その声はすぐにシナツヒコに届いた。
「ヒルちゃん、どうしたの?今ね、綺麗な貝殻見つけて…」
『シナくん!この男神さん、凄く苦しそうなんだ。どうしよう?』
シナツヒコの声を遮って、ツンツンした髪の男神のそばに行く。
「はぁはぁ…」
怪我はしていないようだが、弱っている事は明らかだった。
「…本当だ。とりあえず、社で寝かせよう」
ツンツンした髪の男神を背負い、シナツヒコは風に乗る。
「ヒルちゃんも」
ヒルコはピョコンとシナツヒコの頭の上に乗った。
「じゃあ行くよ。落ちないでね」
ヒュン!と風が吹き抜けた。
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「あ…?」
社で寝ていたツンツン髪の男神は、目を覚ました。
「気分はどう?」
シナツヒコの声に、少し驚いて身を起こす。
『あ!まだ寝ていた方が良いよ』
「!?」
ヒルコの声が脳に響き、さらに驚く。
「いってぇ…」
頭を押さえてうつむいた。
「ビックリさせてごめんね。きみが苦しそうにしていたのをヒルちゃんが見つけたんだ。息も荒かったし、とりあえずこの社に連れてきたんだけど」
シナツヒコが説明している間に、今の状況が把握してきたツンツン髪の男神は、少し表情をやわらげた。
「そうか…。すまなかったな。世話をかけた」
ぶっきらぼうに言いながらも、丁寧に頭を下げた。
『まだ辛そうだけど、気が付いて良かった!きみの名前を教えてほしいな。ぼくはヒルコだよ』
「あ…。ああ。俺は、ホノイカヅチ…」
自分に話しかける桃色のまるいモノがまだ何かわからず、困惑気味に答える。
「ぼくはシナツヒコ。風の神。ホノイカヅチ…は、何の神なの?炎?」
「いや…。多分…、雷…だと思う」
「だと思うって、ちゃんとわからないの?」
「イザナミ様から生まれたんだと思うんだけど…。ちょっと記憶が混濁していて…」
『……』
イザナミ様と聞いたヒルコは、少し強張っている。
「ヒルちゃん。大丈夫?」
ヒルコの様子に気付いたシナツヒコは、ヒルコの体をさすった。
「どうかしたのか?」
それを見て、不思議に思ったホノイカヅチが聞くと、シナツヒコは言葉を選びながら話した。
「えっと…、ヒルちゃんはね…」
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「そうか…」
ヒルコの生まれを聞き、ホノイカヅチはまた頭を下げた。
「すまない…。余計な事を言った」
『え!ううん!ぼくの方こそごめんね!きみは悪くないよ!』
ホノイカヅチとヒルコは、ペコペコ謝りあった。
それを見ていたシナツヒコは、あははと可笑しそうに言う。
「ヒルちゃんもホノも悪くないんだから、そんなにペコペコペコペコする必要ないよ~」
「ホノって何だよ?」
軽い物言いに、ホノイカヅチが少しイラっとした。
「ホノイカヅチだから、ホノ。あ、僕の事はシナでいいよ~。ヒルコはヒルちゃんね」
「あっそ…。だいたい、シナが俺に何の神って聞いたからだろうが」
「そう聞かれて、色々上乗せして答えたのはホノだろ。良くないよ。責任転嫁」
「なっ…!おまえ…、なかなかいい性格してんな」
「ありがと!僕、褒められて伸びるタイプだから」
「は?褒めてねーから」
シナツヒコとホノイカヅチの掛け合いを真ん中で聞いていたヒルコは、ピョンピョンピョンピョン飛び跳ねた。
『はいはいはい!もう終わりー!』
飛び跳ねるヒルコを見て、ホノイカヅチは唖然とする。
「結構…、パワフルなんだな…」
『え?え?そうかな?』
その様子を見て、シナツヒコはお腹をかかえて笑っていた。
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そんなこんなで、ホノイカヅチは流れるようにヒルコとシナツヒコと暮らし始めた。