第三十七話 スカイツリー
八月も終わりに近付いた平日。
翔はシナツヒコとホノイカヅチ、リュックにヒルコを入れてスカイツリー展望回廊に来ていた。
今日は快晴。
地上四百五十メートルからは眺望絶景だ。
「凄い凄い!!めちゃめちゃ高い!!」
シナツヒコは興奮して騒いでいる。
「うーん…。シナくん、絶対もっと高い所を飛んでるよね……」
「人間の叡智に感動してるんじゃないのか?」
シナツヒコを遠目で観察しながら、翔とホノイカヅチはリュックの中のヒルコを覗いた。
「ヒルちゃん、よく眠るなぁ…」
「まあ…、幸せそうな顔で寝てるからいいだろ」
『スピー』『スピー』
「確かに…。ヒルちゃんの幸せそうな寝息が聞こえるよ」
ヒルコの寝顔を見た翔は、少し前から考えていた事をふと思い出した。
夏休み前の、あの学校での出来事があってから---。
ホノイカヅチを見上げると、大きな窓から景色を見ている。
「本当に眺めがいいな」
「うん…。そうだね。…あ、あの…。ホノくん。…聞いていいかな?」
「ん?…ああ、聞きたい事ってヤツか?」
「あ、ううん…。それとは別の事なんだけど…」
「何だ?」
「あ、えっと…。ホノくんとシナくんって、ぼくの事を助けてくれるっていうか、凄く見てくれているっていうか…。それって、ヒルちゃんがぼくの中にいたからだよね?」
翔は眠るヒルコを優しく撫でた。
『スピー』
「ヒルちゃんがぼくの中から出てきたのに、どうしてまだそばにいてくれるのかなぁって…」
何故、今まで不思議に思わなかったのだろう。
ヒルコを探していたシナツヒコとホノイカヅチにしてみたら、ヒルコが現れた今、翔のそばにいる必要はない。
葦原の中つ国の視察も、翔のそばにいなくても出来る。
「あ!ぼくは、シナくんとホノくんとヒルちゃんがいてくれて嬉しいよ!でも………」
学校での出来事があって以来、ずっと思っていた。
翔はスゥと息を吸った。
「当たり前な事って、何もないんじゃないかって思ったんだ。学校に行くのが当たり前。家があるのが当たり前。お父さんと桜がいるのが当たり前。ごはんを食べるのが当たり前。息を吸うのが当たり前。……ホノくんとシナくんとヒルちゃんがいるのが当たり前…。
……当たり前なんかじゃないんだ。全然当たり前なんかじゃない。明日、それを失う事もあるんだ」
「カケルくん…」
写真を撮ろうと呼びに来たシナツヒコが、翔を見て小さく呟いた。
「だから、ぼく、思ったんだ。今、ある事や、あるものを大事にしようって」
「カケル……」
やるせなそうに、ホノイカヅチは笑った。
「カケル。俺達がカケルに会いに行ったのは、ヒルコの気配がしたからだ。最初の理由は確かにそれだよ」
「うん…」
「だけど、何て言うか…。カケルの魂が綺麗だから………。凄く居心地が良かったんだ」
「魂…」
(サヨリヒメさんも言ってたような…)
シナツヒコが翔に目線を合わせるようにしゃがみ、続けて話す。
「うん。僕達ってね、魂が綺麗な人間が好きなんだ。最初はヒルちゃんを見つけるまでって思ってたんだけど…、何だかね、だんだんカケルくんのそばにいたいな~って思っちゃったんだ」
「高天原と葦原の中つ国の異変が解決するまで、カケルの近くにいていいか?」
「あ、あと、ヒルちゃんも。ね!」
ホノイカヅチもしゃがんで、翔と目を合わせた。
「う、うん…!!あ、ありがと…」
カァァと目頭が熱くなって、翔は涙を堪える。
「こちらこそ、ありがとう。カケルくんの言う通りだよ。そう…。当たり前はないんだ。すべて、有難いんだよね」
「ありがとな、カケル」
「うん…!!」
□□□
「さてと…!」
シナツヒコはゆっくりと立ち上がると、スマートフォンを取り出した。
「あれ?スマホ!?シナくん、持ってたの?」
「俺も持ってるぞ」
ホノイカヅチもポケットから取り出した。
「い、いつの間に…!!?てゆーか、それ、必要?」
シナツヒコは不敵な笑みを浮かべた。
「ふっふっふっ。必要だよ~。スマホゲームを無課金でどれくらいいけるか楽しすぎだよ~」
(なっ…馴染んでいる!!)
「あとで何か食べよ~か。僕、お腹すいたよ。でも、写真撮ってからね」
「あ、俺も撮る」
(ホノくんまで!)
呆気にとられる翔の車椅子は、ホノイカヅチによって押されて行った。
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
スカイツリーの中にあるカフェに入った。
「わぁぁ~!こんな眺めがいい所でご飯を食べられるんだね!」
今度は翔が興奮している。
「そういえば、カケルもスカイツリー初めてなのか?」
「うん。学校の課外授業で行ったんだけど…、僕、欠席したから」
「そうか…」
メニュー表を見ると、やはり少しお高い。
だが、この絶景なら納得のお値段だ。
◇◇◇
「ごちそうさま!あとはデザートだね~」
ソワソワしているシナツヒコに、翔もうんうんと頷く。
「シナくん、何を注文したっけ?」
「パフェだよ~。カケルくんは?」
「苺のショートケーキ!ねぇ、一口ずつ交換しようよ」
「あ!賛成~!」
きゃっきゃっしている会話を聞きながら、静かにコーヒーを飲んでいたホノイカヅチは、翔に向かって切り出した。
「で?カケル。聞きたい事って何だ?」
「あっ……。う、うん。えっと………」
「どうしたの?カケルくん、遠慮しないで聞いてよ」
「う、うん…。あ、あの。学校…の。クラスの。みんなの事、なんだけど……」
「学校のクラスのみんな?」
ホノイカヅチの眉間にシワが寄った。
明らかに気分を害している。
「そ、そう……。あのさ…。クラスのみんなが何か……アレになったというか……、アレしたの、も…?ほら、邪神のせい……だったりしない?」
〈いじめ〉というワードは使いたくない翔は、ぎこちなく誤魔化しながら話した。
シナツヒコとホノイカヅチは顔を見合わせる。
「つまり、カケルくんはクラスメイトが邪神に取り憑かれていると?」
「うん…」
「だから、あんな事をしたって?」
「そう!」
フゥ~~~と、下を向いて長い溜め息をついたシナツヒコは、勢いよく顔をあげて一言。
「甘い!!!」
………と言った…………。