第三十二話 宗像三女神
第三十二話
新幹線が一時停止をした。
〈お客様には大変ご迷惑おかけしております。安全が確認出来次第……〉
車内に流れるアナウンスが聞き取れないほど、乗客の混乱は続いている。
邪神に入り込まれた波動の低い人間が、自我を忘れて暴れているのだ。
「カケルくん…。本当に大丈夫?」
シナツヒコが翔を心配する。
「ありがとう…。この…人、多分、ヒルちゃんが言ってた邪神に入られちゃった人…からは、何にもされてないよ」
ホノイカヅチはうつ伏せに倒れている人間を起こした。
白目になり、泡をふいていた。
「だっ…大丈夫かな?この人…?」
「ああ、大丈夫。気を失っているだけだ」
目を閉じさせ、泡を拭き取ると、壁に寄りかかるように座らせた。
「良かった………。ホノくん、ありがとう」
「だけど…。何とかしないとな。まだ邪神に取り込まれた人間がいる」
「ねぇ、カケルくん。ヒルちゃんはどうやってカケルくんを助けたの?」
「あ、あのね。凄かったよ!もうダメって思った瞬間、ぼくの中から出てきて、めちゃめちゃ光がパァ~~って出てきて目が開けられなくて!それでぼくを助けてくれたんだ!」
興奮して話す翔の膝にいたヒルコを、シナツヒコは抱き上げた。
「へ~!凄いね!ヒルちゃん!大活躍だね!」
『え、へへ…。ぼく、がんばっ、た』
「……ヒルちゃん?」
ヒルコの話し方にシナツヒコも違和感を持った。
「そうなんだ…。ヒルちゃん、一番最初の時と様子が違うよね?」
「うん、確かに…。…ヒルちゃん、疲れてる?」
『…??』
翔とシナツヒコに覗き込まれたヒルコは、不思議そうに首をかしげる。
「疲れている…というより、体全体からエネルギーが減っている感じがしないか?」
ホノイカヅチの言葉にシナツヒコはハッして、ヒルコをもう一度、見た。
「……あっ!本当だ」
「え?エネルギー?どういう事?見てわかるの?」
「何て言うか…。例えば…」
ホノイカヅチが椅子の上に転がったペットボトルを持って翔に見せた。
「このペットボトルには五百ミリ入るけど、常に三百ミリしか入ってない状態だとする。つまり、ヒルコのエネルギーの上限は五百なのに、今は三百になっている感じ……って、わかるか?」
「う、うん。何となく………。なるほど…。でも、エネルギーが少ないって大丈夫かな?」
「マックスが三百の中にマックス三百入っているようなものだから、今のところそこまで心配しなくても大丈夫だとは思うが…。このまま減り続けたら大変な事になるからな…。原因究明をしないとな…」
ホノイカヅチも心配そうに覗き込むと、ヒルコはますますキョトンとした。
「うん…。そうだよね…。だけど、ヒルちゃんを見ただけでわかるなんて、やっぱり神様は凄いね!」
「ふふふ…」
感銘を受けた翔に、シナツヒコはニヤニヤと笑う。
「これはね~。人間にも見えるんだよ。脳の真ん中にね、松果体ってあるんだけど。そこが覚醒すると第三の眼が開くんだ。そうしたら、色々なものが見えるようになるよ」
「え?え?第三の眼??」
天○飯や、飛○のようなものだろうか。
カッコ良すぎる。
翔は自分のおでこをペチペチ触った。
「第三の眼の開眼は誰にでも出来るよ~。その方法はね……」
「キャー!!!!嫌~!!!」
「やめろ!!!やめるんだ!!!」
耳を貫くような、喚き声や悲鳴が聞こえた。
「わ!!ヤバ!!悠長に話してる場合じゃなかった!!」
「あっ!そうだ!ヤマタノオロチはどうしたの!?」
「え!?ヤマタノオロチ!?何だっけ!?」
「バ、バカシナ!大丈夫だ!ヤマタノオロチは消えた!」
「良かった!でも…!どうしよう!?」
翔とシナツヒコとホノイカヅチは文字通り、あたふたあたふたしていた。
「僕は風の神だから、ヒルちゃんみたいに光なんて出せないよ~?……あ!ホノなら出来るんじゃない?雷の光!」
「いや……、ダメだろ?感電するだろ……」
「ヒルちゃん!どうしたらいいかな……!?…って…ヒルちゃん?」
スピー。スピー。
翔がヒルコをバッと見ると、膝の上で安らかな寝息をたてていた。
「ヒルちゃ~ん!?」
「はーっはっはっはっはっっ!!!だっはっはっははっ!!!」
突然、豪快な笑い声が響いた。
「だっ…誰!?」
翔はビクッとした途端、思わずヒルコをムギューとしてしまう。
「わ…っ!そうだった!スサノオ様!」
思い出したようにシナツヒコが言うと、ホノイカヅチは翔に耳打ちした。
「スサノオ様。三貴神の一柱だ。ヤマタノオロチも、スサノオ様が消した。……一応、海原を統べる神だ」
「そ、そうなんだ…?す、凄い神様なんだね……」
「シナツヒコ!ホノイカヅチ!心配はいらないぞ!!まもなく宗像三女神が現れる!!邪神の浄化の方法は三女神に聞くといい!!」
「わかりました…。ありがとうございます…」
シナツヒコとホノイカヅチは、丁寧に頭を下げる。
翔もペコリと頭を下げた。
「ふむ?この坊主が、カケルと言うのか?」
「え?…はっ!はい!あさ…浅野翔です……。えっと、ありがとうございました!」
「ふむ!なかなか清々しい坊主だな!気に入った!!がーっはっはっはっ!!……………ん?それは?」
ガシガシと頭を撫でながら、翔の膝で寝ていたヒルコに気付き、にわかに訝しむ。
「ス…スサノオ様!!スサノオ様はいかがされますか!?」
シナツヒコは慌ててヒルコが見えないように、翔の前に立つ。
「…ん…………?……まあ…いいか…」
スサノオは薄々勘づくも、それを納めた。
「邪神がうじゃうじゃと、鬱陶しいくらいに増えはじめたぞ!!俺は外から消していく!!」
ポンポンと優しく翔の頭を撫でると、スサノオは豪快な笑い声とともに消えた。
「………」
「………」
シナツヒコとホノイカヅチは当惑した面持ちで視線を交わした。
(あれ…。………ヒルちゃんの事、内緒だったっけ?)
「ね、ねぇ…、ホノくん、シナく………」
翔が声をかけようとしたその背後から、ふわりと海の香りがした。
「シナツヒコ様。ホノイカヅチ様。お久しぶりでこざいます」
振り向いた翔の目の前に、二柱の女神が立っていた。
羽衣伝説の天女のような格好をしている。
まともに見ていられないほど、きらびやかで美しい女神だ。
宗像三女神。
黒い艶やかな長い髪をおろしている長女、オキツシマヒメ。
黒い艶やか長い髪をハーフアップしている三女、タギツヒメ。
翔は美しさに圧倒された。
「シナツヒコ様、ホノイカヅチ様。邪神に取り憑かれた人間を浄化して下さいませ」
オキツシマヒメは、透き通るような落ち着いた声で言った。
「え~?出来るかなぁ?」
「シナツヒコ様の吹かせる光風なら、人間の心を浄化出来ますわ」
にっこりと微笑んだタギツヒメ。
それを見て、翔はドキドキしてしまう。
「ホノイカヅチ様はワカイカヅチをお使い下さいませ。その雷光は邪神に蝕まれた心を、本来の姿に戻せるでしょう」
ひらりと身を翻したオキツシマヒメ。
「私とタギツヒメはスサノオ様と邪神を消します。出来る限り、この中に入れないように致しますが……」
「シナツヒコ様もホノイカヅチ様も、お急ぎいただけると助かりますわ」
タギツヒメがおっとりとした口調で続けた。
「では、よろしくお願い致します」
「失礼いたしますわ」
海の香りを残して消えた。
「き、綺麗な神様…だね…」
まだドキマギしている。
「あはは。カケルくん、顔、真っ赤!」
「おい、シナ!とりあえず…、浄化するぞ!」
ホノイカヅチが焦燥していた。
「………はぁ……。浄化なんて……、はじめてだけどね…」
「…俺もだよ…。…だけどやるしかないだろ…」
さすがにシナツヒコもホノイカヅチも戸惑いを隠せない。
「……シナくんとホノくんなら大丈夫だよ!……浄化、お願いします!助けてあげて下さい…!」
邪神に取り込まれた人は、とても苦しい思いをしているはすだ。
そしてまわりの人達も、怖くて怖くて堪らないだろう。
「シナくん、ホノくん!助けてあげて!!」
「わかった…、カケル」
「カケルくん!任せといて!」
翔とホノイカヅチとシナツヒコはお互いに微笑み、軽くグータッチをした。