第一話 ヒルコ
広い海に、葦の船で流されたヒルコ。
どのくらい時が流れたのだろう。
ヒルコの次に生まれたアワシマも、葦の船で流されたのだが、ついに合流する事はなかった。
ヒルコはフニャフニャしていて、柔らかいゴムボールのような感触だ。
形もまるい。
大きさは、幽○白○に出てくる、○ーちゃんくらいだ。(変身前)
体の色は感情によって変化する。
普段は桃色だ。
目だけはある。
まわりの音は、体中に聞こえてくる。
伝えたい事は、直接相手の脳に伝える。
葦の船はゆっくりと、トプトプと、あてもなく流れていく。
ヒルコは夜空を見上げている。
月もなく、漆黒の夜空だった。
あの時の状況は覚えている。
自分を生んだ時の、父と母の顔を。
青ざめて、震えて、驚愕していた。
何となく理解出来た。
『ぼくはダメな子なのだ』と。
イザナキとイザナミは国土を生もうとしていた。
ヒルコは国土にはなれなかった。
母はヒルコを抱く事なく、ただ泣きじゃくっていた。
父はそんな母をずっと慰めていた。
そんな光景を見ながら、ヒルコは何も出来ず…。
ただ…。
目を閉じた。
次に目を開けた時には、葦の船に乗っていた。
海へ流される時だった。
母は何かを言っていた。
ヒルコに向かって何かを。
ヒルコは話せないけど、体で聞く事が出来る。
でも、何を言っていたのか。
波打ち際の水音がバシャバシャと大きくて、聞こえなかった。
そして、葦の船は広い海へと流された。
だんだん小さくなる父と母を見ながら、漠然と、悲しい…、寂しい…と思っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『うう…』
その時の感情を思い出し、急に体が強張った。
プルプルと体が震え出した。
体の色が、暗い青色に変化した。
震えを止めようと、ぎゅっぎゅっと押し込めた。
小さな体にぎゅっぎゅっと押し込めた。
体の色は普段の桃色に戻る。
『ぼくはどこに行くのだろう…』
ふと、再び見上げた夜空には、大きな月が現れていた。
『わぁ…』
いつの間に現れたんだろうか。
漆黒の空に、光輝く月がふんわりと浮かび上がる。
月のまわりに大きな光の輪が見える。
その神秘的な輝きに少し安心したヒルコは、うとうとと眠りについた。
葦の船はゆっくりと流れていく。