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フルコト!  作者: 﨑山翔
196/198

第百九十五話 ハタレマ

葦原の中つ国(あしはらのなかつくに)・現代日本・芝公園】



「アマテラス様!!

しっかりして下さい!!」



シナツヒコの叫ぶ声が周囲で反響する。  


スサノオに脇腹を刺されたアマテラス。


出血が止まらず、意識は喪失したままだ。


このままでは本当に危ない。





「ねぇ、ホノ!

どうしよう!?」



ホノイカヅチも危機感を抱いていた。



今、シナツヒコが着ていた狩衣(かりぎぬ)で傷口を圧迫している。


ある程度の厚みがある狩衣にも関わらず、異常なまでの速さで血に染まっていく。


出血量が尋常ではないのだ。




「出血が多すぎる…。

もしかしたら……。

(けが)れが傷口に絡みついているのかもしれない…」



「えっ!?

けっ、(けが)れ!?

えっ、それって…?」



「スサノオ様の剣が穢れていたのか。

もしくはスサノオ様自身が……」



「………(けが)れてたって……、コト?」



「……断言は出来ない…、

が…。

こんな事態…、考えられないだろ?

アマテラス様が……、

このような…………」


 


ピリピリとした張り詰めた空気が流れる。



太陽の神・アマテラスオオミカミは、高天原(たかあまはら)の神々の中でも最高神と(うた)われる一柱(ひとはしら)



たとえ何かしらの攻撃を受けたとしても、ここまでの重症になる事など何万年と続く歴史の中では一度たりともなかった。



何故ならば、アマテラスの波動は非常に強くて高い。


誰であっても太刀打ち出来ぬほど、波動自体が鉄壁なバリアのようなものだったからだ。


 


  


「可能性は一つしかないだろ?

(けが)れを有する者から受けるダメージ……。

しかも、その相手は雑魚じゃない。

三貴神(さんきしん)の一柱・スサノオ様。 

…だとしたら何ら不思議じゃない。

………俺は不本意だが…。

この見解はかなり信憑性がある」



「…う〜〜〜……ん。

それはぁ…………、そうだけどさぁ……」



シナツヒコは納得しつつも、やりきれない気持ちで一杯になる。






「スサノオ様…。

何でだろ?

何で(けが)れなんか…?」



「……俺も…、意味がわからない…。

スサノオ様が穢れを(まと)うなんて事があるのか…?

三貴神(さんきしん)だぞ?」



「……だよねぇ。

やっぱり……、

有り得ない……、よね…」



「………俺は…、

スサノオ様を信じたい想いは今も変わらずにある……。

……だけどシナ。

とにかく今はアマテラス様の命が危ないんだ。

それはあとで考えよう」



「……うん…。そうだね。

そうしよう!

そうと決まったら…!

ねっ!

(けが)れといったら…、

やっぱりナオビノカミ様だよね?」



「…なるほど。

適材だな。

よし。

ナオビノカミ様のところに行こう」




「うん!!

………って…、一つ問題。

どうする?

このハタレ達…………」




シナツヒコとホノイカヅチ、翔の言霊で穢れを浄化して、あとは奥義❛魂返(たまかえ)し❜をするだけだったはずのハタレの大群は、一人残らず元気に復活していた。


しかも、浄化する前よりおびただしい(けが)れを身体中に巻き付けている。



更に更に、いつの間にかシナツヒコ・ホノイカヅチ・アマテラス・翔のまわりにうじゃうじゃと群がっているではないか。


つまり、完全包囲されてしまったという事だ。



今は一定の距離を保っているが、いつでも襲いかかれるようハタレ達は準備万端のようである。










「囲まれたか……」


ホノイカヅチが舌打ちをすると、シナツヒコも肩をすくめる。



「ナオビノカミ様がいる高天原(たかあまはら)へ行くには、天高く飛ばなきゃならないよね。

僕かホノ、どちらかがアマテラス様を抱きかかえるとして…。

ハタレの大群の相手はどうしよう?

絶対襲ってくるよね?

よくわかんないけど何故かパワーアップしてるし…。

僕とホノとカケルくんだけじゃ……」



「………厳しいかもな。

ハタレの数もヤバイし。

第一、アマテラス様を抱きかかえている者は攻撃も防御も出来なくなるって事も含めると…」



「………だよね〜……。

ん〜〜〜………。

あっ、じゃあさ!

ひとまずハタレの大群を放っといて、みんなでナオビノカミ様の所に行くってのは?」



「それも危険だろ。

ここには普通の人間も存在する。

ハタレ達が人間を襲わないという保証はない」



「う〜〜〜ん…。

だよねぇ〜〜…。

あ〜!

も〜!

どうすればいいんだろ〜!?

ねぇ!?

カケルくん?」



シナツヒコは困り果てながら振り向く。



「……?

カケルくん?」





ーーー名前を呼ばれた翔は空を見上げていた。


少々放心していて、返事をする事が出来ない。


驚いた面持ちで、目を大きく見開いている。







「??

カケルくん??

どうしたの………………」



シナツヒコは翔の視線の先を追った。



そこにはーーー。



「!?」






顔は(へび)、身体は人間…という奇妙な生き物が、ゆっくりと空から地上に降り立とうとしていた。




「な…、な…、

何…?アレ…」


「わ…、わからない……。

な、何だろう…?」




その奇妙な生き物に気付いたハタレの大群は、一斉にその場で(ひざまず)く。


そして両手をついて頭を地面にこすりつけている。


そこには明確に敬意が表れていた。


ハタレ達はこの奇妙な生き物を崇拝(すうはい)しているように見えた。





「どういう事だ?」


ハタレ達の異様な行動を目の当たりにし、ホノイカヅチも驚きを隠せない。









奇妙な生き物は地上に降り立った。


するとハタレ達は悲鳴にも似た声を張り上げ、歓喜に満ち溢れている。


拍手喝采だ。



まるで英雄を崇めるかように、奇妙な生き物を前にハタレ達はとても盛り上がっていた。








翔、シナツヒコ、ホノイカヅチは、何とも言えない気色悪さを覚える。


何なんだ?

この光景は?


顔は蛇、身体は人間…というこの生き物は、ハタレ達にとって何なんだ?





奇妙な生き物は静かに右手を上げた。



それを見たハタレ達は皆、すぐに大人しくなって再び(ひざまず)く。


しん…。


辺りは一気に静寂に包まれた。











「……え…?

言う事を聞いてる……?」



翔は強烈な違和感を抱いた。



間違いない。


ハタレ達はこの奇妙な生き物に従っている。

支配下にある。



何故だ?


初対面ではないのか?





戸惑っている翔を一瞥(いちべつ)したその奇妙な生き物は、視線をシナツヒコとホノイカヅチに移すと丁寧に深々とお辞儀をした。



「お初にお目にかかります。

高天原(たかあまはら)天津神(あまつかみ)

あたくしは❛シム❜と申します。

どうぞお見知り置きを」




蛇が喋ってる!!


しかもかなり礼儀正しい。



開いた口が塞がらない翔。


❛シム❜と名乗った生き物は、翔に向かって二つに分かれている舌先をチロチロと動かして見せた。



「っっっっ!!!?」



❨へ…蛇だ…………!!!❩


声を出す事も出来ず、翔は完全に固まってしまう。







「おやおや。

驚かせてしまいましたか?

貴方は人間ですね?

申し訳御座いません」



「う……。

あ………」


声が震えてうまく話せない。




シナツヒコとホノイカヅチは翔を(かば)うように、シムの前に立ちはだかる。









奇妙なこの生き物を刺激しないように、ホノイカヅチが抑えのきいた声❨低音ボイス❩で慎重に問いかけた。



「……❛シム❜と名乗る者。

……お前は誰だ?」




シムはしゅるると二股の舌を出す。


こちらの意図を(うかが)うように、物凄い速さで弾くように舌を前に出し、引っ込めたりしている。



そしてーーー。




「良いでしょう。

説明致します、天津神。

その代わり、そちらの名前も教えて頂けますか?

ついでに…。

その人間も」




「……わかった。

俺は雷の神、ホノイカヅチ。

こっちは風の神、シナツヒコ。

………それから…。

カケルだ」



「ほう。

雷の神、風の神……ですか。

これはこれは」



「次はお前だ。

お前は……何者だ?」






シムは軽やかに会釈した。


身体は細身の人間。

  

ネイビーのフォーマルスーツを着こなしている。

パイソン柄のネクタイを締めていた。







「………あたくしは❛シム❜。

ハタレの大群の(かしら)の一人で御座います」



「か…、頭…だと?」



「左様に御座います、ホノイカヅチ様。

ちなみにで御座いますが…。

ハタレの大群の(かしら)は六人おります」



「ろ…、六人…!?」



「はい。

あたくし達が集結した理由。

それは…、崇高なる我らがスサノオ様のご命令で御座います」



「は………?

は?

ス………サノオ……様?」





何故ここでスサノオの名前が?


ホノイカヅチの理解が追い付かない。


もちろん、シナツヒコと翔も理解不能だ。




「ご存知ありませんでした?

あたくし達ハタレの大群の六人の(かしら)は、三貴神(さんきしん)の一柱・スサノオ様からの命令が下りたために目覚めたので御座いますよ」




「な……、何で……?

スサノオ様が……………?」



ホノイカヅチの声がかすれる。



「何故って…。

スサノオ様がハタレの代表のような存在だからで御座いますよ?」



「………………は?」



「スサノオ様は偉大な御方で御座いますから」



「………。

…………言ってる意味がわからない」




「あら、そうですか?

……………わかりました。

もう少し詳細に話しましょう。

まず、あたくし達のような❛(かしら)❜は六人いると言いました。

六人それぞれに役割があるので御座います」



「役割…?」



「はい。

あたくし❛シム❜は、人間の嫉妬(しっと)の心を増幅させる役割で御座います」



「人間の………、嫉妬の……心?」



「ええ。

そもそもハタレというものはですね、本来持っている負の感情のエネルギーが高まり、魂の緒(たまのお)(ねじ)れて歪曲(わいきょく)していった人間の成れの果て。

あたくし達のような❛(かしら)❜は、その負の感情を駆り立て、そそのかして、ハタレへと引きずり込む役割を担っているので御座います」






「なっ…!?

何でそんな…!

酷い事を………!?」



堪えきれず、シナツヒコはシムに食ってかかった。


シムはキョトンとしている。





「おやおや…。

誤解の無きようお願い致しますよ、シナツヒコ様。

あたくし達は、はじめから人間が所有していたモノに(わず)かながら手を貸したまでの事。 

責められる筋合いは御座いません」



「………開き直るつもり!?」



「そのようなつもりは……。

まぁまあ、

シナツヒコ様。

どうか落ち着いて下さい?

短気は損気…で御座いますよ?

では気を取り直して…、

残りの五人の❛(かしら)❜の紹介を致します」



「〜〜〜!!」






シナツヒコは悔しそうに拳を握りしめる。


翔も同じ気持ちだ。




人間、誰しもネガティブな側面がある。


陰陽の(ことわり)と同じように、正の感情と負の感情を持ち合わせているのが人間だ。



ただ、生まれ育った環境、生まれつきの性格、その他諸々の事情によって、負の感情をより多く持っている人間は沢山いる。


別に悪い事ではない。


それが人間。


負の感情をうまくコントロールして、正の感情とバランスよく折り合いをつけていくのが人生だ。


逆に、負の感情がなければ人間は生きていけない。



陰と陽、裏と表、光と闇。

どちらも必要不可欠な感情なのだ。




それなのに、この(かしら)という者達は、そんな負の感情を無闇矢鱈(むやみやたら)に増幅させるという。


人間をハタレにするために、負の感情を作為的(さくいてき)に操るなんて。


こんなのは許してはいけない。


非人道的な所業ではないのか。












「あたくしのほかに❛(かしら)❜として存在しますのは…、

名声を得たいという欲求を抑えられない人間の心、❛ハルナハハ❜。

見栄や自慢、自信が非常に強過ぎる心、❛イソラ❜。

他者を騙したり、貶めたりする事を好む心、❛キク❜。

卑劣で陰湿、いじけた気質の心、❛イツナ❜。

他者を見下し軽んじて、蔑み、ないがしろにする心、❛アメエノ❜………で御座います。

極度にねじ曲がって凝り固まった人間の心根。

あたくし達六人の性質。

…そのすべてを持っているのは…、

三貴神(さんきしん)一柱(ひとはしら)、スサノオ様なので御座います」






翔、シナツヒコ、ホノイカヅチは言葉が見つからなかった。



意味不明。

理解不能。



呆気にとられ、何も出来ずに、ただただ茫然と立ち尽くす事しか出来ない。




そんな様子を見てシムは心底楽しそうに、そして畳み掛けるように続けた。




「スサノオ様があたくし達に命令したので御座いますよ?

【ハタレの大群を率いて、この国と、この国の神と、この国の人間を滅ぼせ。

その(あかつき)には、いかなる褒美(ほうび)もくれやる】と…。

スサノオ様がおっしゃったのです。

…偉大なる三貴神からのご命令。

受けるほかないでしょう。

それ故、あたくし達❛(かしら)❜が立ち上がったので御座います」










まぶたがない蛇の顔のシムの目は、ウロコが変化した透明の膜に覆われていた。


前後運動で見たいものにピントを合わせる、水晶体を持っている。



その水晶体が血のごとく、

赤く染まっていったーーー。













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