表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フルコト!  作者: 﨑山翔
189/198

第百八十八話 抹消

葦原の中つ国(あしはらのなかつくに)・現代日本】



シナツヒコとホノイカヅチは、パラレルワールドに移行した翔に別れを告げたあと、宗像三女神(むなかたさんじょしん)の力を借りて異世界から脱出し、葦原の中つ国へと戻ってきた。


東京の空から地上を見渡している。




不意に、隠れていたはずの太陽が現れた。



「ねぇ!ねぇ!

ホノ~!

太陽だよ!

アマテラス様、天岩戸(あまのいわと)から出てきたんだね」



シナツヒコが晴れやかな笑顔で言った。



「……そうだな。

…あとはヒルコとツクヨミ様を探すだけだな」



険しい顔つきのホノイカヅチだったが、わずかな安堵感を覚える。






ツクヨミが地獄を造ると聞いたアマテラスは、心底絶望して天岩戸に隠れた。


それにより、高天原と葦原の中つ国は太陽を失ってしまっていた。


しかし、スサノオのファインプレーのおかげでアマテラスは自らの意志で天岩戸から表に出てきたのだ。





残された不安要素は、立て替えという名の破壊を企むヒルコを見つけ、異世界に地獄を造ろうとするツクヨミを止める事が出来るかどうか。








「何かさ~、あっちの方で変な波動を感じない?」



遠くに見える東京タワーを指差し、首をかしげるシナツヒコ。



「………確かに…。

強い波動を感じる…。

ヒルコ………か?」



「ん~……。

何だろ……?

よくわかんないけど、波動が複雑に絡み合ってる……みたいな感じ?」



「とにかく行ってみよう」



シナツヒコとホノイカヅチは天高く舞い上がり、猛スピードで東京タワーへ向かった。












ーーーその頃。



セオリツヒメは翔の身体から離れた。






「うっ………!!?」


うなじの辺りに強い衝撃を感じ、翔はめまいと吐き気をもよおす。



「カケル?」



えずく翔の背中を、もう一度ツクヨミはゆっくりとさすってくれた。




「……今、カケルの中からセオリツヒメ様の意志が離れた。

……どこか…、身体に異変はないか?」



「ツ……クヨミ様……。

は、はい……。

だ……大丈夫……です…。

ありがとうございます……」



こみ上げてくる吐き気を抑え、ぐるぐる回る頭の中を落ち着かせるため深く息を吐いて吸う。




「………ツクヨミ様…。

あの……、

セオリツヒメ……さん…は?」



「おそらく…、この近くにいる。

セオリツヒメ様の波動の気配はするが…、

意志という存在であるが故、お姿は確認出来ない」



「セオリツヒメ……さん…」




空を見上げる。


ああ、本当だ。


かすかに、高く強く柔らかい波動を感じる。












【……ルくん………。

カケル……………くん……】



「うわっっ!?」


突如、翔の頭の中にセオリツヒメの声が響き渡った。




「どうした?カケル」


ツクヨミは少々怪訝な顔をしている。



「ツ…、ツクヨミ様!!

聞こえませんか!?

頭の中でセオリツヒメさんの声がします……!」



「そうなのか?

僕には聞こえない」



「えっ!?

きっ、聞こえませんか!?」






【何度も驚かせてしまってごめんなさい。

私の声はカケルくんにしか聞こえていないわ。

……カケルくんだけに………】



「え……?

ぼくに……?」







翔はセオリツヒメが自分に話したい事がある旨をツクヨミに伝えた。


ツクヨミは無表情のまま納得すると、地べたにいたままの翔をベンチに座らせてくれた。


その後、少し離れた場所に移動すると、桜の木に寄りかかって腕組みをして瞳を閉じた。



影法師ナニカは無言で待機している。









【カケルくん。

さっきの……。

私とツクヨミ様の話……、

聞こえていた?】



セオリツヒメは静かに話を切り出した。



「はい……。

頭の奥の方で…、声が…、

こだまして聞こえました…」



【そう…。

そうなのね…】





翔は今、瞑想(めいそう)状態になっている。


いわゆる〈念〉で会話をしているのだ。



はた目には、翔はベンチに座ってボーッとしているように見えている。









【あのね、カケルくん。

ツクヨミ様には内緒にしたけど…。

私があなたの魂に宿った理由を教えるわ】



「ぼくの魂に宿った…、

理由…ですか?」




それは確かに気にはなる。


翔は無意識に頷いた。







【私ね…。

遠い遠い昔にね。

…黄昏時だったかしら。

時空の狭間に迷いこんで…。

私が生きている世界線から、一番近い場所にあるパラレルワールドに移行してしまった事があるの】



「えっ!?

そうなんですか!?」





神が神隠しとは。

まさに宇宙の神秘だ。






【本当に驚いたわ。

実はね、私がいた世界線から一番近い場所にあるパラレルワールドはね、

今、カケルくんが生きている世界線なのよ】



「えっ!?

そうなんですか!?

え…っ…。

じゃあ…。

ぼくの視点から見ると…、セオリツヒメさんはパラレルワールドの神様なんですか?」




【そうなの。

私が移行した時は、まだ二つの世界線は繋がってはいないから。

神々の記憶も、人々の記憶も混濁していない世界だったわ】





つまり、カケルの住んでいる世界が①だとして、

一番近い場所にあるパラレルワールドが②とする。


現在、①と②の世界線が繋がっている状態だ。

まるで静脈と動脈を繋げた血管のように。




今現在、翔と話しているセオリツヒメは、もともとは②のパラレルワールドに存在するセオリツヒメだ。


要するに、翔のいる世界線のセオリツヒメではないという事だ。








【何の前触れもなく…、パラレルワールドに移行した私は途方に暮れてしまったわ。

どうする事も出来ずに…、私は砂浜に座って海を眺めていたの。

寄せては返す波を…、ただ無心で見ていたわ。

……その時にね。

ご老体の人間に声をかけられた。

髪も眉毛も長いお髭も真っ白のお(じい)様だった。

とても優しいお声で…。

心細かった私の気持ちを温かく包み込んでくれたの】




翔にはセオリツヒメの表情はわからないけれど、嬉しそうに笑っている姿が鮮やかに見えた気がした。




「セオリツヒメさんは…、

その…、

お爺さんに事情を話したんですか?」



【うん。話したわ。

最初はお爺様も驚いていたけれど、最後は信じてくれた。

…そして忠告もしてくれた。

周囲の人々には、私が別の世界からきた女神という事は内緒にしておいた方がいいだろうって。

それが噂になって、私が見世物になってしまう恐れがあるからって言ったわ】



「あっ…。

わかるかも…。

そうですよね…。

そういうのがお金儲けになるって考える人がいるかもだし…」



【そうね。

悲しいけれどね。

でも、お爺様は違ったわ。

お金より大切なものがある事を知っている人だった……。

……それからね。

帰る術が見つかるまで、お爺様の家で暮らしていいって言ってくれたの。

本当に嬉しかった】



「それは良かったです!

セオリツヒメさん、とても心細かったですもんね」




【うん…。

でもね、それはお爺様も同じだったみたい。

つい最近、流行り病で奥様とお子様を亡くされていて…。

本当に寂しかったって。

私が来てくれて本当に幸せだって。

そう…、言ってくれたの】



「……え…。

そうだったんですか……」



【それでもね、助けられたのは私の方なの。

私は何にも出来なかったし…。

お爺様が神様に見えたわ】



「ええ?

本物の女神のセオリツヒメさんが??」




【ふふふ。

おかしいでしょ?

だけどね…。

心の底から思っていたのよ。

お爺様はね、私に色々な事を教えてくれたわ。

礼儀作法やしきたり、ものの捉え方や言葉の意味…。

たくさんたくさん教えてくれた……】



「へぇ……。

あはは。

何か……、親子みたいですね」



【ふふふ。

そうでしょう?

本当に……。

本当にそう思ってしまうくらいに…。

幸せな日々だったわ。

………だけど…。

…遂にお爺様とお別れする時が来てしまったの】



「え……。

お別れ……?」



【ヒルコ姫がね、歌の力で時空間に亀裂を生じさせてくれたの。

パラレルワールドの世界の食べ物を食べてしまうと、その分だけ脱け出す事が難しくなるものだけど…。

ヒルコ姫の歌の力は最強だから】




「あ……、あ、あの……。

話の腰を折ってすみません……。

ヒルコ姫って…。

ヒルちゃん………、なんですよね?

まだいまいちピンとこなくて」



【そうよ。

私がいた世界ではヒルコ姫という和歌の使い手。

カケルくんのいた世界では…、

(あし)の船に乗った……、

女神よね】




「あ…。

あ…。

あ、そ、そうか…。

ヒルちゃん…、

ぼくの世界でも女神だったのか……」




【世界線が近いパラレルワールドは、現実の背景や情勢、人物がとてもよく似ているの。

……だから…。

カケルくんのいる世界でも……、私は存在しているのよ】



「あっ、やっぱりそうなんですか?

ぼく…、ずっと不思議だったんだけど…。

もしも一番近い場所のパラレルワールドに移行した時、その世界の自分に会っちゃったらどうなるんでしょうか?」



【そうね……。

きっと、強く強く影響を受け合うと思うわ。

お互いに。

強烈に。

だから…、あんまり会わない方がいいわね。

ただ…。

どんな影響が出るかはなってみないとわからない】



「そ……、そうなんですね……。

セオリツヒメさんは…、

パラレルワールドのセオリツヒメさんとは…、

会ってはいない……のですか?」




【直接会ってはいないけれど…。

お爺様から…。

少しだけ…。

聞いたわ】



「え~!

そうなんだ!

どんな感じでした?

やっぱり不思議な感じでしたか?」



【…………。

それは…。

最後にお話するわ】








一瞬。

セオリツヒメの声がくぐもった感じがした。



(え……。

き、気のせいか……な…?)


何となく、重苦しい空気が漂う。


翔は慌てて話を戻す。




「あっ、あの…!

それでっ……。

セオリツヒメさんはもとの世界に帰る事が出来たんですよね!?」



【うん…。

帰ったわ。

お爺様…、

ずっと…、ずっと泣いていた……。

私も……、ずっとずっと泣いていた…。

それでも…、

いつかは離れなければならない。

……きっと、永遠にパラレルワールドにいる事は出来ないと思うから。

……だから、ヒルコ姫には感謝よね】



「そう……、

ですよね…。

うん…。

うん…。

悲しいけど………」




【……ふふふ。

ねぇ、カケルくん?

そのお爺様ってね、

カケルくんの前世なの】



「え…?

えええ!?

ぼ、ぼく!?

ぼくの…、ぜ、前世!?」



【ふふふ。信じられない?

でも本当なのよ。

カケルくんの前世なのよ】



「ええ…えー~……??

で、でも……。

ぼく…、

覚えていなくて……」



【それはそうよ。

前世を記憶したまま転生していたら、いつまでたっても魂は磨かれないもの。

カケルくん。

魂はね、たった一つなの。

生まれ変わって、肉体や精神がまったくの別人になったとしても。

魂だけは同じなの。

何度も何度も生まれ変わりながら魂を磨いていくの。

そう考えると…。

魂レベルでは覚えているかもしれないわね】



「た、た、

魂レベル……」



【カケルくんの魂はとっても綺麗。

お爺様も綺麗だった。

ふふふ。

それはそうよね。

カケルくんも、お爺様も、

おんなじ魂なんですもの】



「う…う~ん……??

ぼくには見えないからな……。

わからないです……」




【……きっと、カケルにも見える時がくるわ。

……じゃあ話の続き。

と言っても、…後日談かしら。

ヒルコ姫のおかげで戻ってきた私は、太陽の神であるアマテラス様と出会ったの。

美しいお姿で、優しさと強さと知識を兼ね備えた崇高なお方だった。

アマテラス様も私を見初めてくれて…、

結婚をしたの】




「………あ…。

そ、そう……、

…………ですか………」




アマテラスオオミカミは男神(おがみ)だったという事実。


翔の世界では、言わずもがなアマテラスオオミカミは女神だ。



これはパラレルワールドだから…なのか?



……もし、そうだとしたら。


翔の世界でのセオリツヒメの立ち位置はどうなるのだろう?



ものすごく、ものすごーく気になったのだが、翔はセオリツヒメに聞く事が出来ない。




何故か?

わからない。


本能的に。

直感的に。



セオリツヒメの波動が揺らいだ気がした。


何だろう?



不穏な震えを感じる。










【カケルくん?

どうしたの?】



「あっ……!?

いっ……、

いっ、いえっ!!」



【ふふふ。

あのね、実はね、お爺様のおかげだったのよ。

お爺様のお世話になっていた時、礼儀作法やしきたりを私に教えてくれたでしょう?

それってね、神の教えだったのよ。

神が与えた、人の道だったの。

私がお爺様から教わった話をするとね、アマテラス様はとても嬉しそうに笑っていたわ。

子供のように。

無邪気に…。

アマテラス様は本当に人間が大好きだったから……。

アマテラス様の兄君、アワシマ様の生命が宿る葦原の中つ国の国土を大切に守ってくれる人間が……。

大好きだったから】



「そっ、そうだったんですね!

……え……、えっと…。

ア…、アマテラス様、お兄さんがいたんですね!

ぼく、てっきり一番上のお姉さんかと……」



ピシャリ。


一瞬で空気が凍りついた。






【………違うわ。

カケルくん。

あなたの世界でも。

アマテラス様は男神よ】





セオリツヒメの声色が変わった。


冷たい。

途轍もなく冷たい。



「あっ……!」


口が滑った。

身体中から血の気がひいた。








【……カケルくん…。

未来はね……、変わらないの。

何も変わらない。

何故なのか、わかる?

人間が変わらないから。

人間が変わらないなら未来が変わるわけがない。

過去も未来も現在も。

人間はいつもいつもいつもいつも…、

権力、

欲望、

金………】





「セ……、

セオリツヒメ……さん?」




【…………金に目がくらんで、

欲望に抗えず、

権力を(むさぼ)る…。

何て愚かなの】




セオリツヒメの、怒りと憎しみに満ちた声が翔の身体中の細胞をかきむしるかのように鳴り響く。


軽蔑(けいべつ)


この感情は軽蔑だ。







【カケルくんの世界にいた私は消された。

アマテラス様が女神になられた理由は、私が祓戸大神(はらえどのおおかみ)になったからだと。

私がいなくなった悲しみのあまりに、ご自身が女神になったと言ったらしいけど…。

それは記憶の勘違い。

私の世界のアマテラス様は違う。

私は祓戸大神となったけれど、アマテラス様は男神のまま、誇り高い太陽神として立派に統治された…】




「え…?

セオリツヒメさんが…。

け……、消されたって……?

それは……。

一体……、

ど、どうして……!?」






【権力者の名誉のためか。

金のためか。

欲望のためか……。

そんな陳腐なもののために、

アマテラス様を女神として崇め、

……私を切り捨てた】



「そ、

そ…んな……!!」







次の瞬間。



翔の目の前にセオリツヒメが姿を現した。


「……っっ!!」


思わず息を呑み込んだ。



なんと美しい女神なのだろう。


長い翠の黒髪。

潤んだ大きな瞳。

艶やかな唇。

雪のように真白い肌。


これぞまさしく、最高神であるアマテラスオオミカミの正妃だ。







「ねぇ、カケルくん。

私は祓戸大神の一柱として、あなたの世界に干渉するわ。

そして、二つの世界線を完全に融合させる」



「えっ?

か、完全に融合……って…!?

ま……、待って下さい!

そんな事したら…!

同じ人物が二人存在してしまうし…、

人々は混乱して…、大パニックになってしまいますよ!?」



「大丈夫。

混乱は起きないわ。

理由は西暦千九百年後半から地ならしは始まっていたから。

ツクヨミ様が言っていた、

時空間の歪みを人間達が潜在的に認識した西暦二千年代。

既に地ならしは完成していた。

二つの世界が融合した時、

二人の同じ人間は、より優性だった方が生き残る。

ただ、それだけ」



「ゆ、優性って……。

そんな…!

そんなの………!」



「でもね。

カケルくん。

それでも何も変わらない。

たとえ融合したとしても。

……葦原の中つ国の国土は汚され続ける。

葦原の中つ国の人間は堕落したオロチとなって朽ち果てる。

……もう終わりが始まっている。

だったら今すぐにでも終わった方がいいと思うの」



「セオリツヒメさん……」



「葦原の中つ国のためにも」






「待って!!

セオリツヒメさん!!!」



思いがけず、翔は手を伸ばした。









「はっ!?」


瞑想状態から覚醒する。


ここは芝公園。


翔はベンチに座っている。



辺りを見回すと、訝しげな表情のツクヨミと、影法師ナニカが空を見上げていた。


翔も同じく見上げるとーーー。





セオリツヒメが遥か上空にいた。



冷酷な瞳でこちらを見下ろしている。







すると。


セオリツヒメの背後に巨大な渦潮が現れた。


どのくらいの大きさだろう。


計り知れない…!



轟音とともに海水の飛沫をあげて激しく巻く、空に浮かんだ巨大な渦潮。


想像の域を遥かに超える光景だった。















翔はハッとした。


上空にいる女神はセオリツヒメであって、そうじゃない。


罪と穢れを祓う、祓戸大神だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ