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フルコト!  作者: 﨑山翔
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第百八十六話 絶望

葦原の中つ国(あしはらのなかつくに)


日本には八百万の神がいる。


言うなれば、自然を神格化しているのだろう。





自然とは対峙せず共存する。


ぼく達はそう考えた。



米、魚、果物、肉…。

人間に必要な食物は、大いなる自然からの有り難い恵みである。


したがって、食事の前の「いただきます」は感謝の言葉。


命をいただく感謝、作ってくれた人への感謝。

そして自然への感謝だ。




一方、人々を襲う自然災害は畏れ敬うもの。


忌み嫌うものではない。


少なからず被害は出るけれど、それにより後世で得るものが多々あるからだ。


噴火による恩恵は、土壌が若返り、農業を盛んにする。

海藻、魚介類も豊富になる。


台風による恩恵は、水不足の解消とともに、強い風で海の表層をかき混ぜる事によって生態系の維持を保っている。


地震による恩恵は、土地の隆起や沈降によって、人々の暮らす場所や美しい景観をもたらした。


他にもメリットはある。


もちろんデメリットも。


すべては表裏一体なのだ。



この世界は調和の世界。


陰と陽。

男と女。

光と闇。


どちらが欠けても成り立たない。





葦原の中つ国は《言霊(ことだま)(さきわ)う国》。


ぼく達はずーっとずーっと前から知っていた。



言葉には力が宿る。


祈りの言葉は遙か彼方の高天原にも届くであろう。



この精神性は、ぼく達のDNAに刻まれた確かに今も残るもの。

………だった………。

はずなのに。



いつの間に失われたのだろう。



ぼく達の気付かぬうちに、

知らぬ間に、

だけど確実に。

誰かの手によって消されていったのだろうかーーー。

















「ううう…………!!!」



翔は頭を抱えてうずくまっている。


影法師ナニカから送られてくる、人間達の負の感情が記憶とともに身体中を駆け巡っていた。




人々の苦しみ、悲しみ、怒り、憎しみ、怨みの感情は、もはや武器、凶器と化している。


感情の記憶の中の姿を見るだけで、

声を聞くだけで、

こちらは重篤なダメージを負ってしまうほどだ。



それだけ惨たらしい記憶の感情なのだ。






「ううう…っ!

ううう…っ!」


翔の身体中に流れる感情と記憶。



今もどこかで生きている人達なのだろうか?


それとも……?



人間というのは、こんなにも憫然たる感情を抱く事が出来るのか………。













例えばーーー。



●自分の子供を虐待する大人もいれば、実の親に暴力をふるう子供もいる。




●学校でのいじめ。

学生が学生を…、見るに耐えない陰険ないじめは相当昔からある。

いや、いじめなんて生ぬるい。

もはや事件に等しいだろう。


先生が生徒を、生徒が先生を…のケースもある。


相手を変えて、やり方を変えて、いじめという名の暴行・傷害事件は続いていく。






●政治の腐敗も劣悪だ。


そのせいで多くの人々は苦しんでいる。


重税。物価高。民主主義の崩壊。


未来に希望を見出だせない。


どんどん貧困に陥っていく。


その反面、政治家・官僚達はたらふく私腹を肥やしている。


国土を汚し、国民を貶める事で政治家・官僚達の懐には金がザクザク入るのだろう。


下半身もだらしない。


本当に堕落している。

本当に汚濁している。





こんな世界で幸せになれるわけがない。



人々は潜在的に祈ってしまう。


【壊れちゃえばいいのに】と。












翔が負の感情を身体中で感じる事によって、臨場感あふれる記憶の数々が一気に爆発した。


翔の身体の中で激しく暴れ始める。


身体がちぎれそうだ。

潰されそうだ。




「うううっ……!!」



【壊れちゃえばいいのに】


この言葉が…。

頭の奥底にこびりついて離れない。









●戦争ーーー。


戦争には必ず裏で儲けている人間達がいる。


傷つくのはいつも何も知らない一般の国民だ。

駆り出された兵士もそうだ。


金が儲かるから戦争を続けたい。

人間がいくら死んでも構わない。


それが罪のない人々でも。

子供であっても関係ない。



金のために。

金のために。



戦争という殺戮に隠された、たった一つの真実。


それはいつだって報道されている事実とは真逆なのだ。











●人身売買も行われている。


日本とて例外ではない。


特に女性、子供は狙われる。


売られた果ては性奴隷。


その末路は臓器売買。




ああ、なんてえげつない。

おぞましい。

ああ、狂っている。

気持ちが悪い。



目を疑うような、信じられない信じたくないような事が、実際に現実に。

この世界では当たり前に起こっている。


そう。

今、この瞬間にも。




まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだある。


こんな残酷な事が、凄惨な事が、

まだまだたくさんあるのだ。

















「影法師ナニカ。

これ以上はカケルの身体がもたない。

負の感情から解放しろ」



ツクヨミが影法師ナニカを睨み付ける。



『ヒョホホ。

こんなものは序の口だ。

人間の醜悪はこんなものではない』



「そんな事は知っている。

すべて見せたらカケルの身体に支障が出る。

早く解放しろ」



『………何故だ?

月の神。

これはこのカケルという人間の望みだぞ。

こやつは知りたいと言った。

世界の光も、

闇も』



「だから……。

もう充分だと………。

言っている」



『こやつが知りたいと望んだのにか?

まだ半分もいっていないぞ?』



「いいから早く解放しろ!!

影法師ナニカ!!」



癪に障ったツクヨミは、もう一度影法師ナニカの喉元に月光の刃を突きつけた。





『……わかった。

月の神・ツクヨミよ。

そなた意外と短気だな』




不服そうに呟いた影法師ナニカだが、言われた通りに翔の身体に入りこんでいた無数の手の影を抜き取った。


その瞬間、身体の中で暴れていた負の感情が消滅した。






「はぁ…!

はぁ…っ!

はぁ…………」


呼吸が苦しい!


うまく息を吸えない…!







「カケル。

大丈夫か?」



ツクヨミは翔のそばに駆け寄り、優しく背中をさすった。



「はぁ…っ!

はぁ…はぁ……。

ツ………、

ツクヨミ様……。

あ……、

ありがとう……、

ございます……」




「カケルが知りたかった世界…。

…………知る事が出来たか?」



「は……、

はい……。

で…、でも…。

まだ…、

まだ…、

まだ…あるんですよね…?

こんな…、

ひどい事が……」



「そうだな…。

カケルの見た記憶は被害者の感情だ。

一人一人、抱く感情は違う。

……人間の数だけそれは存在する」



「そう……、

ですか…………」




絶望。


この言葉が一番似合う。


絶望だ。


絶望の世界だ………。



こんな世界。





滅びた方がいいのではないか?


存続する意味はあるのか?


こんな……、

こんな……。










「カケル?」



「ツクヨミ様………。

ぼく…」



「どうした?」



「……ぼく……、ぼくは………」



徐々に目がうつろになる。


翔は違和感を覚えた。


魂の裏側から…、

何かを感じる。


視線?

何だろう?




「ツクヨミ…様……。

ぼくは………!!」



一瞬。

意識が遠退き、倒れこみそうになる翔を咄嗟にツクヨミが支えた。



「カケル!?」




「う……、

ううう……!」




「カケル?

しっかりしろ」





「は……い。

ツクヨミ様…。

ありがとう…、

ございます……」




小刻みに震える翔の肩。


明らかに様子がおかしい。





「カケル!?」



「ツ……、ツクヨミ様……。

ぼくの……、魂…の中に……

な、何かがいます……」



「魂…?

どういう意味だ?」



「な…、何だろう…。

わからない………」



わからない。

わからない、

けれど。

確かに存在する。



《破壊》を願う、清らかで美しい…。

女神の、

意志が。







『ヒョホホ…。

ようやく気が付いたようだな、人間』



心なしか影法師ナニカの声は弾んでいた。


表情はなくとも、翔を嘲笑っている姿が見えるようだ。





『魂から感ずるその意志は……、

セオリツヒメだ』



「セオリツヒメ!?」


影法師ナニカの言葉を聞いた瞬間、

ツクヨミは驚愕した表情に変わった。




「セオリツヒメ……様…だと!?

な……、

何を根拠にそんな戯れ言を……!」



『ヒョホホ。

信じられぬか?

アマテラスオオミカミの正妃、セオリツヒメの意志は、そこの間抜けな人間の魂に宿っているのだ』




「……そんな事は有り得ぬ!

セオリツヒメ様は………、

セオリツヒメ様は…!

ご自身から望んで祓戸大神(はらえどのおおかみ)になったのだ!

それなのに……、

カケルの魂に宿るはすがない!」




『……月の神。

戯れ言はそなたの方だ。

意志は受け継ぐものなのだろう?

セオリツヒメの意志をあの人間に託したのだ。

ヒョホホ!

人選ミスだったようだがな』




「……………!!

まさか……。

カケルの魂の中にヒルコが宿ったのは……。

セオリツヒメ様の意志があったから…か…?」




『そのようだな。

わらわはヒルコの【思考】だ。

ヒルコの記憶も知っている。

ヒルコとセオリツヒメは親友だったようだな』



「…………そう…。

ヒルコ姫と……、

セオリツヒメ様は………」




『……しかし解せぬ事がある。

何故ヒルコは不具合の状態で生まれたのか。

ヒルコ姫だったはずだろう?』





「…同感……。

僕達もヒルコ姫の記憶はある…。

そして不具合だったヒルコの記憶も…。

いや…、

二つの記憶があるのか…?

何故……?

それに変だ…。

ならば…、

何故…、僕達はそれは奇妙だと思わなかったのか?

当然であるかのように受け入れていた…」
















パアアアア!!!!!



突然。


翔の身体が真っ白に光輝いた。




「なっ………!?」


あまりの眩しさにツクヨミは目を閉じる。













「私が説明いたしましょう」



ーーー翔の声じゃない。


透き通る、優しく可愛らしい声。









「セ………、

セオリツヒメ……様?」



瞳を開けたツクヨミの視界にいる翔は、黄金色に輝いた神聖な波動を纏っている。



ゆっくり立ち上がり、ゆっくりと顔をあげた。





姿かたちは翔だ。


しかし………。


そこにいる翔は、翔であって翔じゃなかった。







そう。


ーーーセオリツヒメだ。


太陽の神・アマテラスオオミカミが愛してやまない正妃、セオリツヒメだった。




「ヒルコ姫が…、

何故…、不具合な神として(あし)の船に乗せられ捨てられたのか…。

何故ツクヨミ様の記憶が二つあるのか…。

何故それを不思議に思わないのか…。

私が説明しましょう」



翔がニコッと笑った。


その時ーーー。


ツクヨミの瞳には、セオリツヒメが優しく微笑む姿が鮮やかに映っていた。




カケルの中にあったセオリツヒメの意志が、完全に蘇って今、降臨したのだった。


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