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フルコト!  作者: 﨑山翔
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第百八十三話 真実

【パラレルワールド・現代】




目覚まし時計が鳴った。


パラレルワールドに移行して、ちょうど三日目の朝。


翔はベッドから起き上がり、すぐにカーテンを開けた。


今日は少し曇り空のようだ。


そのままリビングへ向かう。







一足先に朝食を食べ終えた父は、ソファーに座って新聞を読んでいる。


母と妹の桜は朝ごはんを食べながら、楽しそうにおしゃべりをしていた。



翔がドアを開けると、コーヒーのいい香りが部屋中に漂っていた。


翔の家の朝食は大体、白米と味噌汁と漬け物と緑茶なのだが、何故か必ず食後にコーヒーを飲むのが定番だった。






「おはよう、翔。

ごはん食べるわよね?」


母が席をたって味噌汁が入ったお鍋に火をかける。



「おはよう。

うん、食べる」


翔は食卓につくと、食後のコーヒーを飲んでいる妹の桜に声をかけた。



「おはよ、桜。

あのさ、

ちょっと聞きたい事あるんだけど」


「……おはよ。

………なに?」



反抗期に入りつつあるのか、桜は翔と目を合わせる事なくぶっきらぼうに答える。


反抗期…、いや、母とはめちゃめちゃ仲がいいし…、

小学三年生くらいの女子によくある、男子だけに態度がそっけなくなる現象かもしれない…(翔の超偏見)






「……えっと、あのさ。

この前、恵比寿さんが家に来て、一緒に夕ごはん食べたじゃん?

あの時、さ…、恵比寿さん…、

ごはん食べていた……、よね?」


「は?」




一瞬、明らかに不審者を見るような表情に変わる。


質問の仕方が悪かったか。




「あっ、変な聞き方してごめんっ。

えっと……、

なんて言うかな……、

恵比寿さんが…、

食べてるところを見ていたかなって思って……。

あ…っ…、

また…、変……かな…?」




スサノオが、恵比寿はパラレルワールドの食べ物は口にしていない、と言っていた。


その理由としては、この世界の食べ物を食べてしまったら、パラレルワールドから容易く出られなくなるからだ、との事だった。


信じられなかった。


本当に食べていなかったのか…?


確かな証言がほしくて桜に聞いてみたのだが…、

あまりにも不可解な質問の仕方になってしまった。


もう少し良い聞き方はないものか…。


翔があたふたと慌てているとーー。



桜はますます訝しげな顔つきになった。





「何言ってんの?

意味わかんない。

エビスって誰?」



「え……?」



「エビスなんて知らないし。

家になんて来てないもん。

何の話?

お兄ちゃんの妄想?」



「え…?

え?

な、何言ってんだよ。

桜だって……。

恵比寿さん恵比寿さんって……、

喜んでたじゃん……」



「やだ、何それ?

気持ち悪い。

何なの、それ。

マジで知らないから」



「…………え…。

ほ、本当に?

……知らない…?」



「お兄ちゃん、ヤバくない?

夢でも見たの?

マジでヤバいよ」



「…………」



呆然としている翔を一瞥(いちべつ)した桜は、一気にコーヒーを飲み干して椅子から立ち上がる。






「お母さん!

お兄ちゃん、何か変だよ!

気持ち悪い!」


そう叫び、ダッシュで洗面所に駆け込んだ。


なんて言い草だっ!と、翔はあとを追いかけようとしたのだが…、

既に桜は洗面所の鍵を閉めていた。


今から三十分ほど、洗面所に立てこもるつもりだ。


今日の髪型を決めるために、髪の毛を色々といじくり回すからだろう。


その間、父が洗面所を使おうとしても絶対にシャットアウトだ。


父もそうなる事がわかっているのだがら、新聞なんか読んでいないで早めに歯を磨いておけば良いのに……。


…と、今の翔にはそんな事はどうでもいい。







桜は恵比寿の存在をすっかり忘れていた。


つい先日の出来事なのに。









「どうしたの?

翔。

桜とケンカしたの?」



食卓の上に、ほかほかの白いごはんが盛られた茶碗と、あつあつの味噌汁が入ったお椀を並べてくれた母は心配そうに翔の顔を覗き込む。




「……あ、ありがとう…。

う…、ううん…、

ケンカ…、

なんかじゃないんだけど…」



「そう?

ならいいんだけど」



「…お、お母さん…。

あ……、あの、さ。

恵比寿さん……て…、

わかるよね…?」



「エビスさん?」



「う……、

うん…」




「なあに?

それ?」



キョトンとして首をかしげる母。



「………!!」




これは忘れているのではない。


はじめから何もなかった事になっているのだ。






翔はショックを隠せない。


これは一体どういう事だろうか。


多分、父に聞いても答えは〈知らない〉だろう。














◇◇◇



「………いってきます…」



翔は蚊の鳴くような声で呟き、玄関のドアを閉めた。


足取りが重い。


ああ、今日も学校に行く気持ちにはなれない。





無意識に、学校とは反対の方角に足が動いていた。


昨日もサボってしまったから、今日はいよいよ学校から家に連絡が来てしまうかもしれない。



それでもーー。



この、ぽっかりと心の真ん中に空洞が出来てしまった感じ…。


何か、大事な…、大切なものを失くしてしまったような感じ…。


こんな想いのまま、学校に行く事は出来なかった。






翔にとって、学校はトラウマの権化のような場所。


といっても、このパラレルワールドの世界にある学校はドラマみたいにとても楽しく、満ち足りたスクールライフになっている。



…しかしながら、

それでもまだトラウマが消えない翔にとって、学校に行く事はもの凄くパワーがいる事。


それは肉体的にも、精神的にも。



それ故、気持ちが揺れ動き、心が乏しい今の現状では学校に通う事は非常に困難になっているのだ。











○○○




「あ…っ…。

……東京タワー………」



いつの間にか、東京タワーが見える芝公園まで来ていた。




「………東京タワー…。

ぼくのいた世界と…。

一緒なんだな……」



堂々とそびえ立つ、赤く煌めく東京タワー。


どう見ても、翔がいた現実世界と同じだ。



物質は何も変わらない。


自分の家も。

近所の公園も。

学校も。


そして、東京タワーも。



「この世界で…。

ぼくは足が自由になって…。

人間関係が改善してて…。

それは…。

とても…、

幸せで………」




車椅子だった翔は、この世界では立って歩いて走る事が出来ている。


亡くなっているはずの母は生きていて、

寝たきりのはずの妹は元気で笑っている。


翔をいじめていた学校のクラスメイトとは友達で、

とても充実した学校生活。




ーーーそうなのだ。


本当に幸せなのだ。


申し分ないくらい、絵に描いたような幸せな世界なのだ。




「なのに……。

何で……?」



何かが足りない。


何かが違う。


寂しくて寂しくてたまらない。







近くのベンチに腰をおろした。


東京タワーをぼんやりと眺める。




「桜達が恵比寿さんを忘れて…、

恵比寿さんの存在が記憶から消えていたのは……。

全く接点のない世界線の存在だったからなのかな…?

恵比寿さんとぼくは…。

もとの世界で繋がりがあったから…。

違う世界で会っても違和感がなかったって事…、

なのかなぁ?」




世界中には、たくさんの人間が住んでいる。


だけど、すべての人間と出会えるわけではない。


運命的に、必然的に、出会える人は限られる。




「ぼくが…。

シナくんとホノくん。

ヒルちゃんやカグくん達と出会えたのも…。

運命だったのかな…。

…だけど…。

このパラレルワールドでは…。

もう…、会えないんだよね……」



と、いうよりも。

もとの世界と、今いるこの世界。


同じ人物がいると思っていたけど…、

本当は全然違う人物なのではないか?



「……そうだよ…。

だって…。

だって…。

もとの世界にも…、お父さんや桜がいるんだもんね…。

お母さん…は、いないけど…。

死ぬ前は…。

もとの世界の九年前は…。

お母さんはいたんだもんね…。

…………。

え……?

ま、待って…。

だったら…、

それだったら…、

こ、

この世界にも…………」




瞬間、翔の身体が凍りついた。



どうして今まで気付かなかったのだろう。


少し考えたらわかるはずなのに。


どうして気付かなかったのだろう?




「この世界の〈ぼく〉はどこにいるの…?」










パラレルワールドは無数に存在している。



同じ人物のように見えるけど本当は別人で、世界線によってまったく違う背景で、まったく違う現実を生きているーーー。



ならば、

翔が移行してきたこのパラレルワールドにも、この世界の〈翔〉が存在しているはずだ。




「何でいないの……?」










ビュオオオオオ!!


突然、

激しい風が吹いた。


緑色の銀杏並木が、ざわざわざわざわと葉擦れの音を響かせている。








「…………ま…、

まさか」




考えられる事は一つ。


一つしかない。





この近くには霊園墓地がある。


そうか。


無意識にここに来たのも…、

単なる偶然じゃなかったのだ。







翔はベンチから立ち上がり、ゆっくりと霊園墓地へと歩き始めた。



この世界の〈翔〉はいない。


ではどこにいるのか。



その、

答えはーーー。














「やっぱりそうか…」



霊園墓地の一角に、【浅野家】の墓石があった。


棹石(さおいし)の右側面に、〈翔〉の文字と、二千十六年没、と刻まれている。




今から九年前か。


ちょうど今の桜と同じ年頃に、この世界の〈翔〉は亡くなっていたのだ。








「でも…。

どうしてだろう…?」



疑問が残る。


九年前にこの世界の〈翔〉は死んだのに、九年後の姿で現れた翔を何故この世界の人々は違和感なくすんなりと受け入れたのか?



九年という長い年月、〈翔〉はこの世界にはいなかったはずなのに。


今までずっと一緒にいたかのように、

何故受け入れていたのだろうか?









「……ああ、そうか…。

きっと…、

ツクヨミ様だ……」






「翔はこの世界で幸せに」と、一番最初に望んだのはツクヨミだった。


……ツクヨミが魔法をかけたのだろう。



《パラレルワールドの世界の〈浅野翔〉は、九年前に死んではいなかった》


《死なずにずっと元気で生きていた》



ーーーそんな魔法をかけてくれたのだろう。



翔がこの世界で、〈翔〉として生きていけるように。











〈浅野翔〉の墓石の前で、翔は手を合わせて祈った。




この世界の…、翔の父と母は…、どんな気持ちだったのかな…?


自分の子供が九歳で亡くなって…、

さぞ悲しかっただろう。

さぞ苦しかっただろう。


今までどれほどの涙を流したのだろう。


母のお腹の中には、妹の桜が既にいたのかもしれない。



………母を泣かせて、父を泣かせて、

この世界の〈ぼく〉は、どんなに無念だっただろうか。

どんなに悔やんだだろうか。



事故で亡くなったのか。

病気で亡くなったのか。

それはわからない。


だけど…。



この世界の〈翔〉は死んでいる。


真実は一つだ。








「……ぼくは…。

ぼくの世界で生きる。

車椅子でも…。

お母さんはいなくても…。

桜が寝たきりでも…。

それが真実だから。

ぼくが選んだ真実だから。

ぼくが選んだ世界で…、

ぼくは生きる」










パチン!!!



電気のブレーカーが落ちたように。


突然あたりが真っ暗になった。






「えっ……!?

ええっ!?」


墓地で急に真っ暗になるとは。

ホラー映画の主人公もビックリだ。



しかも、何故か〈翔〉の墓石だけが妙に青白く光っている。


恐怖でしかない。



怖くて身体がびくとも動かない翔は、おそるおそる目だけを動かす。





「っっっひっっっ!?!?」



真横に誰かが立っていた。


気配すら感じなかった。




衝撃過ぎて心臓が飛び出るかと思った翔だが、よくよく見ると……。



「ツクヨミ様っっ!!?」




無表情で〈浅野翔〉の墓石を見つめている。




「ツ…、ツクヨミ……様……?」









「……いいのか?

カケル。

このパラレルワールドに…、

カケルが違和感なく受け入れられるように…。

ありとあらゆる手をつかった。

ここにある墓石も、カケル以外には見えないように…、

細工をしていたのに」




静かに口を開くツクヨミ。


切なく光る眼差しが青白く揺らいでいる。





「ツクヨミ様……」



「まさか…。

この墓石を…、

カケルが見つけるとはな。

苦労が水の泡だ」



「ツクヨミ様…。

どうして…?

どうしてここまで…、

ぼくのために…?」



「………。

現代の人間は…、

魂が汚くて…醜くて…、虫酸が走るような…、

人間ばかりで…。

本当に…、

ずっとずっと…、

息苦しかった。

だけど…。

カケルを見ていると…。

魂は清らかで…。

人間の美しさを…、

改めて再確認…出来たから…」



「ツクヨミ様…」



「今後、葦原の中つ国(あしはらのなかつくに)には…、

未曾有(みぞう)の…、

かつてない試練が待っているだろう。

……地獄も造られる。

カケルは…。

幸せな世界で…、

穏やかに暮らしてほしかった」



「……ツクヨミ様…」



「そう……。

セオリツヒメ様の意志を継ぐカケルには…」



「え?

セオリツ…ヒメ…様?

……って……、

…何ですか?」



「……いずれ、わかるだろう」



「え…??」





困惑する翔から目を逸らし、ツクヨミは深い溜め息を吐いた。






「カケル。

この墓石を見てしまっては…。

このパラレルワールドにはいられなくなる。

……いいのか?」



「……。

はい。

ぼくは…、ぼくの選んだ世界で生きていきます。

それが真実ですから」



「……そうか」



「ありがとうございます。

ツクヨミ様。

ぼくの…、

ために………」



「………………」



「シナくんやホノくんに…、もう一度会いたいって思いました。

ヒルちゃんやカグくん。

ツクヨミ様、スサ様……。

凄く、凄く会いたいって思いました」



「…………そうか」



「あの…、ツクヨミ様。

その……、じ、地獄……は、造らないでください。

人間の選別も…、しないでください。

ツクヨミ様だけがカルマを背負うなんて…、

間違っています」



「………カケル」



「もっと…、もっと違う方法があるはずです!

ぼくも…、

何の力もないけど……、

ただの人間だけど……!

何か出来る事があれば……!!」



「……カケル。

違う…方法など、

そんなものはない。

僕も模索した。

何年も…何十年も。

……だが無かった。

地獄で罰を与えるしかない」



「でっ、でも!

ツクヨミ様…!

ツクヨミ様に因果が巡ってしまうんですよ!!

物凄く…、

物凄く大きな因果が……!」



「わかっている。

もうそんな事はわかっている。

だから…、

もういいんだ」



「良くないです!!

良くないですよ!!

地獄……、なんて……」




翔がすがるように訴えた時、ツクヨミの表情が急変した。


愕然としたような、軽蔑をしたような、

普段のツクヨミからは想像出来ない、何か残忍酷薄なものでも見たかのような顔をしている。




「カケルは知らないんだ…!

いや、知らなくてもいい。

知らなくてもいいんだ……!!

だが…、

だが…!!

魂を悪に売り渡した人間達のやっている所業が…

!!

どんなに外道で…、

どんなに腐っているか……。

カケルは知らないだろう!!」



「え……っ…?

ツ…、ツクヨミ…様…?」



「非人道的なんて言葉で済ませられるものではない!!

人間が……、人間に……、

どうしてそんな事が出来るのかと…!!

目を疑うほどだ!!」



「そ、そ…、

それは……、

どんな………?」



「………人身売買。

臓器売買、性奴隷…。

いいや、こんなものは手ぬるい。

………もっと…、もっとだ…。

利益を得るためだけに…、世の中を牛耳るためだけに…。

人間が人間を……。

もっと………、

もっと……非道な………」



「う……、うそ……。

うそだ………。

そ、そ…そんな事が………」



「カケル。

……それでも言えるか?

地獄はいらない、と」















ビシッ!!!



空間に亀裂が生じた。



東京タワーの真上の空に巨大な裂け目が出来た。


皮むけしたように、ベロンと空の一部分が剥がれているーーー。






















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