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フルコト!  作者: 﨑山翔
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第百七十四話 会いたくて会いたくて

スサノオがいなくなったリビング。


ガランとしていて何となく寒く感じる。


窓の外からは時折、道行く人の話し声や自動車のエンジンの音がした。





「この世界にいる人も…。

同じ人間…なんだよね」


翔の独り言が誰もいないリビングに響き渡る。






「うっ、………うん!!

元気出そう!

だって…、もうこの世界で生きるしかないって決まっちゃったものだし…。

………そう……だよ…ね。

もう悩む必要もっ……、

……迷う必要もないんだ!」



若干無理矢理に、胸の前でガッツポーズをする。




スサノオを真似してソファーにドカッと座った。


テーブルに置かれたままのカステラを食べようと、フォークで一口サイズに切る。




「…………」




カステラを食べようとするも、何故か口を開ける事が出来ない。


そのまま静かにフォークに刺さったままのカステラを皿に置く。



「…………」



すっかり冷めきってしまった、二人分の緑茶の湯呑みが視界に入った。



「……………」



ボフッとそのままソファーに寝転び、ぼんやり天井を見つめた。






「…………食べたら戻れなくなる…か。

恵比寿さん…。

本当に食べるフリをしてたのかな…」



それにしても。

もう既にこちらの世界の食べ物を食べてしまった翔に対して、何故わざわざ元の世界とパラレルワールドの世界を選ぶための制限時間は三日間だと言ったのだろうか。




「……………。

わからない…。

でも…、

もう会えないのかな……」





このパラレルワールドにも神様は存在するのだろうか。


たとえ存在したとしても、そもそも神と出会えるなんて万に一つもないだろう。



元の世界でシナツヒコやホノイカヅチが会いに来たのは、ヒルコの魂が翔の中にいたからだ。


特別な境遇があったからだ。






「シナくん、ホノくん…。

ヒルちゃんやカグくん…。

ツクヨミ様…、スサノオ様…………。

忘れちゃうのかな…、ぼく……」


もとの世界にいた記憶は、時間が経つにつれてだんだんと薄れていくだろうとスサノオは言っていた。




こんなにも鮮明に思い出せるのに。


いつかすべてを忘れてしまうのだろうか。



「嫌……だな…。

嫌だな……。

忘れたくない…、

ぼく…。

忘れたくないな……」












目を閉じた。


目を閉じて、風の優しさを感じてみる。


雷の美しさを感じてみる。



頭の中に広がる真っ白の世界で、風の息吹きを感じ、稲妻が空を貫く感覚を味わう。


染み入るように、噛み締めるように。


風と雷の力を、自分の身体全体に伝えるイメージをする。




ふんわりと、鼻をくすぐる甘い香りがした。


尊くて穏やかな、大きな両手に包み込まれるようだ。








「あ…………………」



涙が溢れだし、目を開けた。



「あ……………………」



懐かしい…、優しい誰かに抱かれているようだった。



ゴシゴシと涙をぬぐう。















ウィー!ウィー!ウィー!



「!?」




突如、頭の中に目覚ましアラームみたいな、けたたましい音が鳴り響く。



ウィー!ウィー!ウィー!



「えっ……!?

な、何これ…!?」



ウィー!ウィー!ウィー!



思わず頭を抱えてうずくまる。


こめかみがガンガンする。



「な……、何なんだ…!?」





ガガガ!ガガガ!ガガガ!ガガガ!



今度は電波の悪いラジオのノイズのような音がした。



「うぅ……!?」










「…………くん!?

…………………ル………く………ん!?」



人の声?


ノイズに混じって人の声がする。




「………カ………ル……く…ん……!?

カ………ケ………ル……くん!?」



「えっ!?

ぼくの名前………!?」



「………カケ………ルく……ん……!?

カケルくん………!?」


「やっぱり…!

ぼくの名前だ………!」



しかも、

この声はーーー。








「シナくん!?」


「カケルくん!?」



頭の中で聞こえる声の主はシナツヒコだった。


間違いない。




「シナくん!?

シナくん!?

ど……、どうして!?」



「良かった!!

カケルくんなんだよね!?

ああ、良かった!!

無事なんだね!?

無事なんだよね!?」



「うっ、うん……!!

ぼくは平気だよ……!!

シナくんは大丈夫!?」



「大丈夫。

ピンピンしてるよ~!」



「……良かっ………たぁ!!

あっ!ねぇ!シナくん!

ホノくんとカグくんは!?」



「ホノは一緒にいるよ。

カグとは……、この大洪水ではぐれちゃって……」



「えっ……!?

カグくんが……?」



「カケルくん、心配しないで。

カグなら大丈夫だと思う。

きっとどこかに避難してるはずだから」



「あ………。

う、うん…。

そ、そうだよね……。

だけど…。

シナくん達……、まだ大洪水の世界に……、

いるんだよね…?」



「カケルくん?

どういう事?」



「ぼくは…、

今…、

今ね…、パラレルワールドにいるんだ……」



「え?

パラレルワールド?

それって……、【ここ】、

だよね?」



「ううん、違うんだ、シナくん。

その世界はパラレルワールドではなくて…。

本当は異世界なんだって」



「い、異世界~!?

ちょ、ちょっと待って!?

どういう事!?」



「おっ、落ち着いてっ、シナくん。

え…っと。

詳しく説明するよ。

あ…、で、でも……、

今、シナくんとホノくんは安全な場所にいるの?」



「あっ、うん、大丈夫。

菩提樹みたいな大きな木の枝に座ってる。

…………真下は大洪水だけど」



「そ……、そっか…。

じゃあ…、とにかく手短に話すね!」











翔は今までの経緯を説明した。


大洪水の世界はパラレルワールドではなく異世界だという事。


翔は今現在、もうひとつの世界線のパラレルワールドにいる事。


ツクヨミが人間を選別し、魂を悪魔に売った人間に罰を与えようとしている事。

地獄にする場所が異世界である事。


恵比寿に会った事。


スサノオが来た事。


アマテラスが岩戸に隠れ、太陽と月が不在になった事。



そして、翔がこのパラレルワールドから出られなくなった事ーーー。












「えっ…ええ~~~???

ええええええ~~~~???」


さすがに内容が衝撃すぎて驚愕したのか、シナツヒコは言葉を失って困惑しきった表情をしている。




シナツヒコの姿は翔の頭の中に映し出されていた。


リモート会議のような感じだ。











「カケル。

聞こえるか?」



「あっ!

ホノくん!

うん!聞こえるよ!」



ホノイカヅチが頭の中のパソコン画面に顔を覗かせた。


元気そうでホッとする。






「ホノくんも…!

大丈夫そうだね!?」



「何とかな……。

それよりカケルが安全な場所にいる事がわかって良かった」



「うん……。

ぼくは大丈夫。

ありがとう……」



「ヒルコのやろうとしてる立て替えも阻止しなきゃいけないが…。

俺はツクヨミ様がやろうとしている事も止めなきゃいけないと思うんだ。

カケルはどう思う?」



「ぼくもそう思う。

ツクヨミ様がすべてを背負う事は絶対にダメだと思う。

スサ様もそう言っていたよ。

それに……、ヒルちゃんも…。

世界の立て替えは…。

破壊じゃなくても出来ると思うんだ」



「……だよな。

アマテラス様が岩戸にお隠れになった事も由々しき事態だし…。

いつまでも俺達がこの異世界にとどまってる場合じゃないよな…」



「……ホノくん…。

ホノくん…。

あの……、あのさ…!

ぼくに何か出来る事って…、

ないかな?」





ホノイカヅチは隣にいるシナツヒコと顔を見合わせた。


優しく微笑み、ゆっくりと首を横に振る。








「カケル。

お前はその世界で幸せに生きろ」



「え…っ……」



「その世界ではカケルは歩けるんだろ?

母親は生きていて、妹の桜も健康体なんだろ?

素晴らしい世界じゃないか」



「そ……う…、

だけど…、

でも………」




「そ~だよ、カケルくん!

神様がくれたプレゼントだと思って!

幸せに生きていて」


シナツヒコがとびきりの笑顔で言った。



「で………も……!」



「それにさ、カケルくんはそっちの世界の食べ物を食べちゃったからもう戻れないんでしょ?」



「う………、ん……」



「じゃあ幸せになるしかないね!」



「シナ………くん…」



目頭がカーッと熱くなる。


どうしてこんなに優しいんだ。


神様は優しい。


本当に優しい。









「……シナ…くん。

どうして……、

ぼく…。

シナくんとホノくんに繋がれたのかな……?

ぼく…。

パラレルワールド……に、いるのに………」



翔は必死に涙を堪えながら、力一杯胸に両手を押し当てた。


こうでもしないと大泣きしてしまいそうだったから。







「カケルくんが…。

カケルくんが風と雷の力を感じてくれたでしょ?

心から、身体から、すべてから感じてくれたでしょ?

だからね、

だから…。

僕達と繋がったんだよ」



「え………?」




ふわり。


あたたかな風が翔の身体を包み込んでくれているような気がした。




「カケル。

寂しくなったら思い出せ。

風の神も…。

雷の神も…。

いつもずっとそばにいる」



「ホノくん………」














ピカッッ!!!




雷光が瞳に落ちた。

















「はっ!?」




翔はリビングのソファーに座っていた。





「シナくん?

ホノくん?」





何も聞こえない。

何も見えない。



何も、ない。






「シナくん…!?

ホノくん…!?」






何もない。






「シナくん!!

ホノくん!!」





翔は床に突っ伏して号泣した。



「うわああああああああ!!!」



嫌だ、嫌だ、嫌だ!!


置いていかないで!!


置いていかないで!!




「うあああああああああ!!!」



悲しみが溢れて、寂しさが溢れて止まらない。


心細い。


切ない。


苦しい。


孤独だ。


怖い。


怖いよ!!




溜め込んでいた感情が、身体の中で激しく逆流しているようだ。


抑えられない。





《この世界で一人ぼっちになってしまった》



そんな感情が抑えられない。










会いたい。

会いたい。

会いたい。




シナツヒコとホノイカヅチに。


会いたくて会いたくてどうしようもなかった。





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