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フルコト!  作者: 﨑山翔
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第百六十九話 夢想

「じゃ、じゃあ…。

い……、行ってきまーす!」


バタン!




翔は玄関のドアを閉めた。


学校の制服を着て、リュックを背負って、足早に近所の公園に向かった。







「はぁ…。

はぁ…。

はぁ…」


大きな桜の木に寄りかかって、グシャグシャと髪の毛をかきむしる。



「はぁ………。

もう……。

頭の中がぐちゃぐちゃだ……」








●●●



洗面所を出た翔は、おそるおそる居間の扉を開けた。





妹の桜は白いブラウスとピンクのスカートを着用して、髪の毛をツインテールにしている。


ソファーに座って、眉間にシワを寄せながら黄色と緑のリボンを見比べていた。





父は食卓につき、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。





「あっ、お兄ちゃん!

おはよーっ」


「えっ…。

おっ、おっ、

おはっ……、おは…、よ、よう……」



ドキッッと心臓が飛び跳ねた。


生まれて初めて聞く桜の声。

激しく動揺してしまう。



「?

なに?

どしたの?」


「えっ?

え?え?

な、な、何…、が?」


必死に冷静になろうとしつつも、いかにも不審者のような振る舞いの翔を見て、桜は非常に怪訝な表情をしている。




「………何か…。

お兄ちゃん…。

めちゃめちゃ気色悪いんだけど?」


「え?

き、き、気色悪いって……」


「ん~、ま、いいや。

ねぇ、ねぇ、お兄ちゃん。

黄色と緑、どっちがいいと思う?」


「えっ?

あ……、リ、リ、リボン…?」


「髪の毛につけるの!

ねぇ、どっちがいい?」


「あ…、あー…。

え、えっと……。

じゃあ…、み、緑…」


「ふ~ん、そう。

なら黄色にしよーっと」


「え?」


「だってお兄ちゃん、センスないんだもん。

ダサいんだもん」


「えっ…?

えええっ…?

だ、だ、だったら聞くなよ」


「どっちが今日の服に合わないのか、確かめるために聞いたんだも~~~ん」


「…………!」




(なっ、なんて生意気なんだ…!

いや、底意地が悪い…!

桜のヤツ、こんな嫌な性格だったのか!)




翔はその場に立ち尽くした。


鼻歌を歌いながらスキップする桜の背中を、呆然と見つめるしかない。



(ぼ…、ぼくの知っている桜は寝たきりで……。

あっ!ああっ!そうか…!!

だから桜が本来どんな性格なのかわからないんだった…。

で、でもっ!!

でも!!

こんな意地悪で……、生意気なはずがないっ!!)



認める事が出来ず、プルプルと肩が震えてきた。


ショックで思考回路がショート寸前だ。










「翔?翔?」



背後から穏やかな父の声がした。




「あ……っっ?

お、お、お父さん…。

お……おはよう……」


「ふふふ、おはよう。

早く朝ごはんを食べなさい」




ゆったりとした優しい話し方だ。


知っている過去の記憶と同じだ。


ホッと安心する。





「翔。

コーヒー飲むか?」


「う、うん。

飲む」







この世界の父もコーヒーが好きなのか。


(……この世界………?)




ザワザワとした不安が翔に押し寄せてきた。


そうなのだ。


一体全体、ここはどこなのだろう?


夢なのか、妄想なのか?


何かヒントはないだろうか。








コーヒーの芳ばしい香りが漂ってきた。


本当にリアルだ。




(とにかく今日は平日で、今から学校があるようだし……。

ひとまずどこかで落ち着いて考えよう…!)



…という感じで大急ぎで支度をして、公園に辿り着いたのだった。







●●●







「はぁ………」


フワリと風が吹いた。


風に吹かれて、桜の葉っぱがサワサワとざわめいる。






「そうだ………。

この桜の木の下だったなぁ…。

シナくんとホノくんに初めて会ったのも……」



季節も同じだ。


桜の花が散った、すぐあとの季節だった。



「……また…。

…………会えるのかな………」




サワサワサワサワサワサワサワサワ………。


少し肌寒く感じるそよ風が、翔のほっぺたをかすめてゆく。



「あっ!

そうだ……。

ベタだけどやってみよう……」



ギュムー!


右のほっぺたを思いっきりつねってみた。



「イタタタタ………!」



やっぱり目は覚めない。



「だよねぇ……」



溜め息をついて、近くのベンチに腰掛けた。


両足を宙に浮かせる。



「ぼく……。

車椅子じゃないんだ……」



パラレルワールドにいたおかげ(?)もあって、自分の足で立っている事に不自然さはあっても違和感はなかった。


何とも不思議な感じだ。




「でも…。

これは嬉しい……、かも」




自分の足で立って歩ける。


こっちが現実なら、願ってもないサプライズだ。



車椅子だった頃の方が…。

夢だったら……。



「だけど……。

まだ…、どっちが現実か…。

わからない…、もんね……」




不意に公園にある時計が目に留まった。


「あっ…。

もうこんな時間か…」



ここでアレコレ考えても打開策は思いつかない。



「学校…。

行ってみようかな…」







○○○









キーンコーンカーンコーン…。



校内にチャイムが響き渡った。



翔は教室の扉の前で立ち止まっていた。


ダラダラと冷や汗が出てきている。



(そ、そ、そうだった…。

ぼ、ぼく……、と、と………、登校拒否中……だったんだ……)



教室の扉を開けようとした途端、あの時の地獄のような気持ちがフラッシュバックしたのだ。


たちまち恐怖が襲ってきて、ガクガクと足がすくんでしまう。



どうしても扉を開ける事が出来ない。








「おっ?翔?

どうしたんだ?」


「あっ……?

み、宮本先生……っ」



 

担任の宮本先生が、廊下をガニ股で歩いてきた。


佇んでいる翔を見て不思議そうに首をかしげている。





「そんなところでボーッと突っ立って。

何してんだ?」


「あっ…。い、いえ……。

えっと…。ぼ、ぼく……」


「いいから早く教室入れ」


翔の腕を掴んで、


ガラッ!!


勢いよく扉を開けた。



「早く席につけ」


軽く背中を押した。


「はっ、はい……っ」


慌てて席に向かう。





「翔?

どうしたんだ?」


椅子に座ると、前の席の卓巳が振り向いて小声で話しかけてきた。


「あ…。え、えっと…。

う、ううん…。

な、何でもない」




「コラァ!卓巳ぃ!

すぐに無駄話するなよなぁ!

今日の給食のプリンを没収するぞぉ!」


宮本先生が叫ぶと、卓巳はテンパりながら前を向いて大袈裟に両手を擦り合わせた。



「先生~!

そりゃないっすよ~!」


「プリンは俺の大好物だからなぁ」


「俺だってそうですよ~。

プリンのために学校来たんですから~」



どっと教室中に笑いが起こった。


宮本先生も大笑いをしながら、生徒の出席をとり始める。



(え……?

こんな……、感じだったっけ……?)


翔は笑いに包まれる教室を見渡した。


ビックリして戸惑いながらも、クラスの賑やかでホンワカした雰囲気を感じて心から安堵していた。











◎◎◎



キーンコーンカーンコーン……。



あっという間に放課後になった。


こんなに楽しい学校は初めてだ。



休み時間や給食の時間も、クラス全員でワイワイとしていて、誰一人外れる事なく皆が輪の中にいた。


苦手だった堀田やその取り巻き達とも、普通に会話をして冗談を言いながら笑い合えた。












「翔くん。

日誌書いた?」


あとから気付いたのだが、今日は伊織と日直当番だった。



「うん。

今、書けたよ。

あ、あの……。

ごめんね、伊織さん。

朝の日直の仕事…、全部やってもらって…」




花瓶の水の入れ替え、チョークの補充、職員室に日誌を取りに行く、朝のホームルームで使うプリント配布、貴重集め…など、朝の日直当番はなかなかやる事が多いのだ。


結構早く家を出たのに、公園で道草をしていた自分が恨めしい。






「あはは。

全然平気だよ。

気にしないで」


「あ…、ありがとう。

日誌、ぼくが職員室に持って行くから。

伊織さん、部活でしょ?」


「本当?

それじゃあ…、お願いしちゃおうかな」


「うん。

任せて」


「…そういえば…。

翔くんって美術部よね?

絵が好きなの?」


「え?

えっと……。ふ、普通……か、な?」




車椅子生活の時、絵を描くのは得意ではなかったが美術部を選んだ。


この学校には運動部を避けると、文化部は美術部と吹奏楽部しかなかったからだ。



「もし良かったらさ、男子バスケ部に入らない?

今、部員が少なくて困っているみたいなの」


「え!?

バ、バスケ部!?」


「途中からでも部活を変えられるし。

それに翔くんは勉強も出来るけど、運動も得意じゃない?」


「え?え?え?

ぼ、ぼくが?

そっ、そんなバカな……」


「あははっ。

なにそれ、謙遜?

足も速いじゃない」


「え……?えー………?

そ、そ、そう……か、な……?」


「考えてみてよ。

夏休みとかはさ、男子バスケ部と女子バスケ部の合同練習もあるのよ。

翔くんがいてくれたら私も嬉しいかも」


「え……………っ」


「じゃあね、また明日。

あ、日誌、ありがとね」



伊織はニッコリ笑って、カバンとバッシュの袋を抱えて教室を出て行った。



「えー…………。

ぼ、ぼくが…………?」




一人になった教室の窓から、柔らかい西日が射し込んでいる。


この夢(?)の世界(?)では、翔は運動神経が良いらしい。


全くもってイメージがわかないが、運動神経が良いらしい。



「エ…、エヘヘ」


度肝を抜かれたが、みるみる顔がにやけてくる。


運動が得意だなんて、まさかそんな事を言われる日がくるとは。




「バ、バスケ部かぁ……」


しばらくの間、翔はニヤニヤしながら妄想に耽っていた。


「バスケ部……かぁ…」








●●●●●






「うわ~。

遅くなっちゃった」


妄想に耽っていたら、いつの間にか日が沈んで辺りはすっかり真っ暗になっていた。


小走りに家路を急ぐ。




何の解決法も見つからないまま、今日一日が終わろうとしている。



「結局……。

どうしたらいいんだろう…」




信号が赤になって立ち止まる。


ふと見上げると、空一面に無数の星がキラキラと輝いていた。



「うわ~。

綺麗……」


まさに宝石箱をひっくり返したようだ。



信号が青に変わる。





「あれ…?」



歩き出そうとする瞬間、

キラリ☆


地面に光るものを見つけた。




「何だろう……?」


拾い上げてそれを確認しようとすると---。


「はっ…!?」



誰かの鋭い視線を感じて本能的に振り返った。







「あ………!!

あ、あなたは…………!?」




翔は思わず声をあげてしまう。



そこにいたのは、優しく微笑む恵比寿だった。









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