第十六話 体育祭が終わった
「はい、これで大丈夫!」
保健室の先生に、肘と膝の処置をしてもらった翔はペコリと頭を下げる。
「ありがとうございます」
「翔くん、大した怪我じゃなくて良かったね。翔くんがぶつかちゃった子も平気だったし」
保健室に付き添ってくれた伊織は、ホッとしたように言った。
「う…、うん…。でも…。かごを倒しちゃって…。本当にごめん…」
翔がぶつかってしまった生徒が持っていた玉入れのかごは、見事に全部こぼれてしまった。
青組の得点はなかった。
申し訳なさそうに俯く翔。
「そんなの気にしないで!他の子達も全然気にしてないでしょ!」
確かに、他の玉入れに参加した生徒も、翔を責める事はなかった。
それどころか、翔の怪我の心配をしてくれていた。
生徒達で翔の体を起こし、車椅子へと移した。
「うん…。みんな優しくて嬉しかったよ」
「でしょ?それに翔くんが車椅子に座った瞬間、全校生徒から拍手がおきて!何か感動的だったよね!」
伊織は目を輝かせて熱く語る。
「そのあと校長先生から、素晴らしかった!って言われて。みんなも感動してたわ」
マイクで話した校長先生の声がグラウンドに響き、体育祭の雰囲気が和やかなものへと変わった。
そして再び拍手がおきた。
「う、うん………」
それでも翔の気持ちは晴れる事はなかった。
★★
ワアアアア!!!!!
保健室の窓から大きな歓声がした。
「あ、リレーが始まったかもね」
伊織が窓から身を乗り出した。
「伊織さん、ありがとう。もう大丈夫だから。グラウンドに戻ってくれていいよ」
「じゃあ、翔くんも一緒に行こうよ」
伊織は車椅子を押した。
「先生、ありがとうございました!」
車椅子を押しながら、保健室の先生に声をかける。
「あっ、ありがとうございます!」
翔も慌ててもう一度頭を下げた。
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グラウンドに着くと、色別対抗リレーは終わっていた。
「翔!大丈夫か!?」
卓巳が心配して駆け寄った。
「ありがとう、卓巳。大丈夫だよ」
「卓巳くん。青組どうだった?」
「え!あ!…い、一位だった……」
伊織に話しかけられ、動揺した卓巳は声が少しうわずっている。
「伊織!どこ行ってたんだよ?」
堀田がたすきをとりながら伊織に近付いてきた。
「保健室。翔くんの付き添いで」
「浅野の…?」
翔を見下ろす目が怒っているように感じ、ビクッと身をすくめてしまう。
「何だよ。じゃあ、リレー見てなかったのかよ」
「あ、うん。でも、卓巳くんに聞いたよ。一位だったって」
「阿倍に…?」
堀田は卓巳をギロリと見た。
卓巳も蛇に睨まれた蛙のようになった。
高圧的な堀田の態度に、伊織は不思議そうにする。
「堀田くん、何か怒ってる?」
「別に…」
(堀田くんも伊織さんが好きなのかな…)
翔はふいに視線を感じた。
振り向くと、堀田の取り巻きが翔を見ていた。
何か不穏な感じがする。
(何だろう………)
《閉会式を始めます。みなさん、並んでください》
グラウンドにアナウンスが流れた---。
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学校からの帰り道。
翔はトボトボと車椅子を動かす。
(はぁ…。大失敗だよ…)
「カケルくん!!!」
突然、頭上から降ってきたシナツヒコの声。
「え!?」
「大丈夫だった!?」
シナツヒコ本人も降ってきて、翔に抱きついた。
「わああ!?」
「怪我は?怪我は?あ!絆創膏が貼ってある!」
ペタペタと頭や顔を触り、絆創膏に気付いてまたひしっと抱きつく。
「だ、大丈夫だよ…。シ、シナくん…」
「シナ!離れろって。カケルが困ってるだろ」
ホノイカヅチが力ずくでシナツヒコの体を離した。
「大丈夫か?カケル」
心配そうに翔に聞いたホノイカヅチに、翔は頷いた。
「ありがとう。ホノくん、シナくん。肘と膝を少し擦りむいただけ…」
「良かった~!本当は、すぐにカケルくんのそばに行きたかったんだけど、人間がたくさんいたから行けなかったんだよ!」
シナツヒコはくやしそうに話す。
「大丈夫だから…。でも、ごめんね。シナくんとホノくんに練習付き合ってもらったのに…」
シュンとする翔に、ホノイカヅチは優しく答えた。
「そんなの気にすんな。よくやったよ、カケル」
「そうだよ!カケルくんは頑張ったよ!」
「あ、ありがとう…」
シナツヒコとホノイカヅチの言葉は、疲れて落ち込んでいる翔の心と体に沁みわたるようだ。
じんわりとあたたかいものが、すーっと広がっていた。
(神様だからかな…)
救われた感覚になる。
「ありがとう!シナくん!ホノくん!」
翔はホッとして笑顔で言った。
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次の日の朝。
登校した翔は、靴箱の前で動きを止めた。
「あれ…?」
靴箱にあるはずの上履きがなくなっている。
「あれ…。昨日まであったのに…」
キョロキョロとまわりを見ても、翔の上履きはない。
「何でだろう…」
嫌な予感が頭によぎった。
キーンコーンカーンコーン………。
チャイムがいつもより大きな音に感じた。




