第十五話 玉入れ
体育祭の日がやってきた。
父は普段よりもっと早起きして、特製お弁当を作ってくれた。
シナツヒコとホノイカヅチは、玉入れの練習に付き合ってくれた。
正直、やはり体育祭は乗り気ではないが、みんなの想いが嬉しい。
頑張ろう!と、翔は前向きな気持ちになった。
◇◇体育祭前日◇◇
「ごめんな、翔。お父さん、どうしても仕事が休めないんだよ…」
申し訳なさそうに頭を下げる。
「全然大丈夫だよ!逆に、中学の体育祭を見に来る保護者はほとんどいないから…」
小学校までは保護者参加もたまにあるが、中学、高校は生徒だけで盛り上がる傾向がある。
保護者用の席も、そこまで多く設けられてはいない。
「ぼくたちはバイトが終わったら覗きに行こうかな~。ね、ホノ」
「そうだな」
「待って、待って。シナくんとホノくんが来たら結構…いや、かなり目立っちゃうよ!」
バイト中のシナツヒコとホノイカヅチは、一応現代の服装をしているが、明らかにオーラが隠しきれない見た目をしている。
そんな二柱が中学校の体育祭に颯爽と現れたら、何かと面倒な事が起こりそうだ。
…というも、最近めちゃめちゃカッコイイ人が、コンビニでバイトしていると近所で噂になっている。
噂を聞いてコッソリ見に来る女子がいたり、実はファンクラブが結成されているという事態にもなっている。
シナツヒコもホノイカヅチも、そのあたりはのらりくらりとかわしていて、大した問題にはなっていない…が、翔は気が気じゃない。
「大丈夫だよ~。草葉の陰からコッソリ見るから」
「草葉の陰って…。シナくん、意味わかってる?」
「カケル、心配するな。人間に見られないように姿を消すから」
「あ!そうか。見えないように出来るんだよね」
それなら大丈夫か…と考えていると、ホノイカヅチは大きな手で翔の頭をポンポンとした。
「無理はするなよ」
「気をつけて、頑張ってね!」
シナツヒコも笑顔で言った。
「うん、ありがとう」
◇◇体育祭当日◇◇
午後の部の応援合戦が終わった。
玉入れは最後から二番目。
ちなみに最後は、一番盛り上がる色別対抗リレーだ。
「はあ…」
人生初の体育祭参加に、翔はすでに疲れて天を仰ぐ。
「大丈夫かぁ?翔」
心配そうに翔の顔を覗き込む卓巳は、水筒のスポーツドリンクを手渡した。
「ありがとう…」
スポーツドリンクを一気に飲んで、ふぅと呼吸を整える。
「ごちそうさま。卓巳、障害物競走、一位おめでとう!凄いね」
「ああ。サンキュー!」
一位のメダルを見せて、照れ笑いする。
「翔、疲れてるだろ。大丈夫か?」
「うん…。大丈夫。まだ何にもしてないんだけど、多分緊張で疲れてる…」
「もうすぐだよな。頑張れよ!」
「う、うん…」
《玉入れに参加する生徒は、西側に集まってください》
グラウンドにアナウンスが流れた。
「翔!行ってこい!」
笑顔の卓巳に見送られ、翔は車椅子を動かす。
(ああ…。帰りたい…)
「翔くん!こっちこっち!」
伊織が手を振っている。
玉入れに参加するクラスメイトが集まっていた。
「円陣組もう!」
翔も慌てて輪に入る。
「みんなで一致団結するよ!せーの!」
伊織の掛け声のもと、右手を突き出す。
「おー!!」
叫ぶと同時に、右手を突き上げた。
「おー…」
翔も控えめに声を出す。
「翔くん!声小さいよ。大丈夫。みんなで頑張ろう」
「う、うん…」
《玉入れ、よーいドン!》
パァン!とスターターピストルが鳴った。
一斉に玉がかごに投げ込まれる。
「あ、ホノ!始まったよ~」
地上を見下ろすシナツヒコとホノイカヅチは、プカプカと空に浮かんでいた。
人間には姿が見えないようにしている。
「五色の玉が宙に舞ってて…。ふふふ。なんかキレイだね」
「カケルいたぞ」
ホノイカヅチは青組のかごの真上に移動した。
玉を拾って、かごに投げ入れる。
健常者には普通にこなせるこの行為は、車椅子では相当ハードだ。
本来、車椅子ユーザーの玉入れは、玉を拾わずに他者から手渡してもらうのだ。
今回の翔が参加する玉入れは、自分で玉を拾う。
しかも他の人より、かごまでの距離が数倍はある。
「はぁ、はぁ…」
緊張も重なり、息があがってきた。
「カケルくん、大丈夫かな?疲れてるみたいだよ…」
心配そうに見ているシナツヒコに、ホノイカヅチも同意する。
「ああ…。まわりの目があるから…、休めないかもな…」
まさにその通りだった。
一人だけ休憩するわけにはいかない。
「はぁ…。もう少しで終わる…」
5分の競技時間。
時計を見て確認する。
(もう少しだ。頑張ろう!)
玉を拾おうとし、前のめりになった時---。
「わっ!!」
車椅子の車輪が浮き上がった。
バランスを崩し、前方に翔の体が投げ出された。
「わぁ!!」
「きゃあ!!」
かごを支えていた生徒とぶつかってしまった。
ガコン!!!!
青組のかごは倒れ、生徒は尻もちをつく。
「カケルくん!!」
「カケル!!」
空から見ていたシナツヒコとホノイカヅチは、すぐに翔のもとへと行くが、姿を現すわけにはいかない。
「痛…」
投げ出された翔は、肘と膝を擦りむいた。
「翔くん!大丈夫!?」
伊織達クラスメイトは心配して駆け寄った。
「う、うん…。ぼくは大丈夫…。ぶつかちゃった人…、大丈夫かな…?」
肘と膝の痛みより、相手に怪我をさせてしまったのではないかと心配になる。
「おーい!大丈夫か!?」
宮本先生や、保健室の先生が走ってくる。
一時騒然となったグラウンドに、砂ぼこりが立っていた。