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フルコト!  作者: 﨑山翔
156/200

第百五十五話 満ち満ちて

(うわぁぁ!!)


何百体もの蝋人形が、翔とカグツチに向かって飛び掛かってきた。


(絶体絶命!もうダメだ!)



咄嗟にカグツチを抱き寄せた。



(ううう~~~!

ここまでか~~~!)



カグツチを隠すように抱き締めて、翔は身を縮めて目を瞑る。
















「あ……?あれ………?」









おかしな事に、いつまでたっても何も起こらない。


蝋人形からの攻撃は?


うんともすんとも………………、

ない。






「……………?」




どうなっているのだろう?


翔はおそるおそる目を開けた。






「えっ」




筋肉隆隆の、たくましい背中が視界に入った。



「え………?だ、誰……?」




一瞬、スサノオかと思った。

だけど何だか雰囲気が違う。


スサノオとはまた異なる種類の、屈しない強さと誇りある気高さを身に(まと)っていた。



ふと向こう正面を見ると、蝋人形がバラバラに砕けて散らばっていた。



この男性が助けてくれたのだろう。







「あ……、あの…?

あの…、ありがとう…ございます…」



翔は筋肉量がハンパない背中に向かって礼を述べた。


男性はクルリと振り向く。



鋭い眼差しと、キリッとした眉毛。

口元には髭をたくわえていた。


長い髪の毛を高い位置で一つに束ね、平安時代の武官束帯(ぶかんそくたい)を少し着崩したような格好をしている。


腰には大きな剣を差していた。






「……礼には及ばぬ。

怪我はないか?」


男性は重低音の声で答えた。



「は…、はい。

あの…、あなたは…?」



「我は剣の神。

タケミカヅチ。」



「タ…、タケミカヅチ様…」



「そなたの腕の中にいる神は?

火の神か?」




火の神と呼ばれたカグツチは翔に隠れながら、おっかなびっくりに顔を覗かせた。



「はい……。

カグツチ………です」



微かに、タケミカヅチは柔らかな表情になる。



「そうか。

カグツチか」




そしてすぐに険しい顔つきに戻った。

蝋人形の気配だ。




ゆるりと剣を抜きながら前方を向く。




そこには何百体の蝋人形が立っていた。





「えっ!!

ま……、また!?」


翔は恐怖でおののいてしまう。



つい先ほど、何百体もの蝋人形をタケミカヅチが蹴散らしてくれたばかりだ。




「ど……、どうして!?」





「カケル…と言ったか。

あの人形が無限に湧いて出るのは至極当然だ。

あれは人間の感情をかたどったもの。

人間が生きている限り、感情は湧いてくるものだ」


「か……、感情……」


「この時代の人間の感情は複雑すぎる。

本来ならば、快か不快のどちらかだ。

しかし今は違う。

………おそらく、この世の善と悪がひっくり返っているからだろう」


「え?

善と悪がひっくり返っているって…。

どういう事ですか?」


「わからぬか。

すべてがアベコベなのだ。

葦原の中つ国(あしはらのなかつくに)の人間を名乗った悪鬼(あっき)が多すぎる。

その悪鬼がのさばり続ける限り、このアベコベも続くだろう」


「ア、アベコベ…。

悪鬼……」


「カケルよ。

真実を見誤るなよ。

嘘の中の(まこと)を見抜いた人間だけが救われるのだ」


「タ…、タケミカヅチ様…。

ぼく…、思ったんです。

……もしかしたらって………」






人間の感情というのは、本当に本当にとてつもなく強いものだと実感した。


想念や観念。

人間の想いが強ければ強いほど、それらは可視化され具現化されていく。


そう。

他者をたやすく攻撃出来るほどに。







「………この世の中で起こる異変は……。

悲しい出来事や…、辛い出来事は…。

もしかして……、全部…。

……人間が〈そう想った〉からですか?」



「……ほぅ。

カケル。

そなたは真実を見る目を持っているのだな」


「!!

やっぱり!!

そうなんですか!?」




タケミカヅチは何百体の蝋人形を見据え、剣を持って身構えた。




「〈想った〉からだけではない。

人間の行動も含め、ありとあらゆる事象すべてが人間に起因する」


「えっ!?

すべて…、ですか?」


「無論。

異常気象、自然災害、紛争、恐慌すべて。

人間の想念、行動が招いて起こった事象に過ぎない。

それらに天津神(あまつかみ)国津神(くにつかみ)も無関係だぞ」


「………え…。

で、でも……」


「神は薄情だと感じるか」


「えっ……。え、ええっ……。

は、はい……。少し…、だけ…」


「そうか。

神をおろしたいと願うなら、魂を磨くほかない。

魂が磨かれた者に神がおりるのだ」


「か、神をおろす……」


「……話はここまでだ。

我はアマテラス様にご下命を賜り、ここに来た。

ヒルコの中に影法師ナニカが入る事態になれば葦原の中つ国はおろか、高天原にも被害が出るであろう。

………カケルよ」


「は…、はい!」


「我が蝋人形の相手をしている間、そなたは倒れている人間を連れて外に出よ。

良いな?」


「は、はい!

でも…、タケミカヅチ様は……」


「我は剣の神。

蝋人形が無限に湧いて出ようとも、決して負けはしない」


「はい!

ありがとうございます!」









タケミカヅチは剣を掲げると、勢いよく何百体といる蝋人形の群れの中に飛び込んで行った。





「よ、よし!

早くあの人を…」




「待って!

あの人間はボクが連れてくるから!

カケ兄は出口で待ってて!」


カグツチはそう言い終える前に走り出した。



「おまたせ!」



電光石火の速さで男性を抱えて戻ってくる。



「あ…っ、ありがとう!カグくん!」




壊れた自動ドアの扉を押すと、今度は簡単にはずれて外へと出られた。



「良かった…。助かった……」


「カケ兄!ここからもっと離れるよ!」


「うっ、うん!」






ドスン!!!!!




「えっ!?」


「カケ兄!」





カグツチは左手で男性を担ぎ、右手で車椅子を押して全速力で走った。




突如、ゲームセンターだった建物の柱が崩れて天井が一気に落下したのだ。



周囲には土埃が充満している。





「なんだ?なんだ?

何の音だ?」


「おいっ!建物が崩れているぞ!」



あまりにも大きな音だったため、大通りにいた人々が裏路地に押し寄せてきた。



潰れたゲームセンターの前が急に騒がしくなる。





「カグくん…。

行こう」



翔とカグツチはこそこそとその場から離れた。









□□□




駅前にあるベンチに男性を寝かせた。


心なしか、顔色が良くなっているような気がする。





「ねぇ、カグくん…。

この人のさ、脳内にあった負の感情が大きすぎたのかな…?

だからあんな…。

蝋人形みたいなのが出てきたのかな?」


「……だろうね。

キャパオーバーだったんじゃない?」






カグツチはコーヒーショップで買ったスコーンにかじりつき、ソイラテをごくごく飲んだ。


翔もドーナツを頬張り、ソイラテをすする。



見上げると、淡い水色の空。

薄く広がった白い雲。


なんだろう。

それだけで幸せだ。





「負の感情をいっぱい出したからかな。

この人、身体中がスッキリしてない?」


「……あんだけ出せばね。

そりゃスッキリするでしょ…。

でもボク達の収穫ゼロだよ?

骨折り損のくたびれもうけ」


「あはは……。

……あっ。

カグくん。そうでもないかも…?」


「ん?

なにが?」


「負の感情は無限に湧いてくるんでしょ?

だったら…。

この人の中にまだちょっとだけ残ってるんじゃない?」


「あー。そうかもー。

んじゃさ。

カケ兄、取り出してみてよ」


「わかった。

やってみる」








男性の頭に手をのせた。


翔は目を閉じて意識を集中させる。



「負の感情よ…。

出てきて……」



言霊に祈りを乗せて。





すると--。


男性の頭の中からプヨプヨと、マシュマロのなような弾力のある小さなものが数個ほど出てきた。




「えっ?これが負の感情?

さっきのヘドロみたいなヤツとは全然違うね?」


「ホントだー。

あのヘドロになるってコトは、負の感情の究極バージョンって感じなのかなー?」


「そうかもしれないね…。

この人…、本当に辛かったんだね…」





火の玉の中に、男性から取り出したマシュマロに似た負の感情を入れた。



「あっ。

ますます顔色が良くなってるよ」















ややあって--。




「うぅ……っ」



男性の眉が動いた。



「あ……?

こ、ここは……?」



ムクリと起き上がり、キョロキョロと周囲を見渡している。




「あ……?あれ……?

俺……、何してたんだ…っけ……?」



いまいち状況が飲み込めず、理解不能だといった顔をしていた。











「あの…。

気分はどうですか?」



「えっ!?

あっ、あっ、だっ、誰…だ…!?」



翔に話しかけられ、男性は動揺したのかワタワタと狼狽(うろた)えている。






「あ、ビックリさせてごめんなさい…。

あの…。あなたはそこで倒れていたんですよ。

だからぼく達でこのベンチに…」


「え!?

お、俺が倒れた……!?」


「はい…。

救急車呼ぼうかなと思ったんですが、寝息が聞こえたものですから…。

睡眠不足なのかなって思って…」


「あっ……。

あ、いや、確かに最近眠れてなくて…」


「あ、だけど念のため受診して下さい。

栄養不足の感じもありますし」


「あっ?あ、ああ…。

た、確かにろくに飯も食ってないかも…」




だんだん状況が飲み込めてきたようで、男性は落ち着きを取り戻していた。









「あの、良かったらこれ。

どうぞ」


「……え?」


「あそこのコーヒーショップで買った、ソイラテとスコーンとドーナツです。

ソイラテは少し冷めちゃったかもしれませんが…。

美味しいですよ」


「え?え、い、いや、そんな……」


「遠慮しないで下さい。

ソイラテを飲んで、スコーンとドーナツを食べて下さい。

それから、息をフーッて口から吐いたあと、のんびり空を見上げてみて下さい」


「え?

………は?」


「心がホッとしますよ」


「……………は…………?…」


「ぼく達、もう行きますね」


「は………?


あっ、あっ、で、でもっ!?」


「身体、大切にして下さい」







男性はベンチに座ったまま茫然自失して、歩き出す翔とカグツチを見送った。









「カケ兄、いいの?

何も言わないで?」


「え?何を言うの?」




カグツチは訝しげな表情を浮かべて、翔の服の袖をクイクイッと引っ張った。




「だからさー。

自殺しないでね、とか」


「ちょ、ちょっとカグくん…。

それは言っちゃダメだよ…」


「えー?なんで?

釘を刺しておかないと。

危ないんじゃない?」


「ううん、大丈夫。

大丈夫……、だと信じている。

ぼくね、言霊に乗せてあの人に言ったんだ」


「え?何を?」


「ふふふ~。

素敵な言葉を送ったんだよ」








◎◎◎





男性はベンチに座り、ボーッとしながらスコーンとドーナツを食べた。


少し冷めたソイラテを飲む。



そしてゆっくりと空を見上げた。




綺麗な水色の空に、白い雲が浮かんでいる。


風の吹くまま気の向くまま、薄い雲はゆったりと流れていた。


ぼんやりと眺めていた。












不意に、男性は口を衝いて出る。



「…………何だ…。

俺……。

充分満たされてるじゃねぇかよ………」



何故かわからないけど、心身ともに充足感で満ち溢れていた。




「友人も彼女も金もないけど……」



自然と笑みがこぼれる。



「ボロアパートだけど部屋はあるし。

安月給だけど仕事はあるし」



男性の目から涙がこぼれた。



「………田舎に親がいる。

まだ生きている……。

連絡……、してみようかな………」












◎◎◎





「さあ、カグくん!

ちょっと最初は大変だったけど、今からどんどん感情を集めていこう!」


「了解~!」


「あっ。タケミカヅチ様、大丈夫だったよね?」


「大丈夫に決まってんじゃん。

余裕綽々だったじゃん」


「そうだよね。

良かったぁ…」





翔とカグツチは“負の感情集め”を再開した。
















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