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フルコト!  作者: 﨑山翔
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第百五十二話 人の哀れ

夕食とお風呂を済ませて、シナツヒコ・ホノイカヅチ・カグツチは翔の部屋に集まった。


今から、名付けて【ヒルコ救出大作戦!】の詳細を話し合う。






「まずは場所だよね?

人間の怨念や憎悪を取り出して、それを集めておく場所をどこにするか?だよね」


ノンカフェインの黒豆茶を一口飲み、シナツヒコは頬杖をついた。


影法師ナニカを誘き出すためには、とてつもなく膨大な量の怨念や憎悪が必要だ。



「葦原の中つ国(あしはらのなかつくに)……は無理だろうな。

人間に危害が及ぶ可能性は否めない」


葦原の中つ国とは日本の国土の事。


葦原の中つ国に膨大な量の怨念や憎悪が集まれば、それに呼応して必ず邪神や悪霊も湧いて出てくるだろう。


とても危険だ。


ホノイカヅチは顔をしかめる。


何か良い案はないものか。





「あっ!そうだ!パラレルワールドはどうかな!?」



ピーンと閃いた翔は思わず声を張り上げてしまう。


パラレルワールドとは、三貴神(さんきしん)のアマテラス・ツクヨミ・スサノオの誓約で創った別次元の世界。


頭で思考した事が具現化される世界。




「もともとパラレルワールドってさ、アマテラス様とツクヨミ様とスサノオ様が人間の住む世界に厄災が降りかからないようにって創ったものだったと思うし!

うってつけの場所なんじゃないかな?」


「なるほど!

ナイスアイデア!カケルくん!」


シナツヒコは親指を上に立てグッドサインのジェスチャーをした。




「……でもね…。問題が一つあるんだけど……」

 

「ん?何かあったっけ?」


「確か…、パラレルワールドって波動が高くないと入れないんだよね……」


「あ。そうだっけ?」


「うん。確かそうだよ。

怨念や憎悪の感情が…。

波動が高いわけないよね…」






「カケル。それなら大丈夫だ」


「ホノくん?」


「移行する瞬間だけ波動を高くする事なら出来る。

パラレルワールドに入ってしまえば波動が低くても問題ないんだろ」


「あっ、そうか。

前にマガツヒノカミの手引きで邪神も入っていたし」


「よし。

じゃあ場所はパラレルワールドに決まりだな」








【ヒルコ救出大作戦!】と書かれたノートに、パラレルワールドと記入する。


シナツヒコの文字は相変わらず達筆すぎて読みにくい。




「次の議題いくよ~。

えーっとね、人間の感情を取り出す方法及び、取り出した感情の保管方法……だね」


「……取り出す方法なら簡単だろ。

俺は雷の力で、シナは風の力で脳内を貫けばいい」


「ん~。まあね。

だけどホノ。気を付けてよ?

一瞬で貫かないといけないからね? 


「言われなくてもわかってるよ。

一秒過ぎたら人間の脳に支障をきたす恐れがあるんだろ?」


「そ。

一瞬で人間の脳内に溜まっている、負の感情だけを貫いて取り出す事が重要だよ~」





負の感情が凝り固まる場所は心臓ではなく脳内だ。


側頭葉内側の奥に存在し、アーモンドの形をしている。


情動の中枢とも呼ばれる扁桃体(へんとうたい)は不安や恐怖といった感情に関わっていて、それらを溜め込んでいる。


一秒でも早く、雷の光や一陣の風で貫いて感情を取り出す。


人間の脳は複雑かつ繊細だ。


しかもアーモンドのように小さい核。


なかなかの高等技術が必要になるだろう。







「問題はそれをどこに保管して、パラレルワールドに移動するか……だな」




腕を組んで考えるホノイカヅチの裾をクイクイッとカグツチが引っ張る。



「保管ならボクに任せてよ。

ボク、大きな火の玉を作るから。

その中にその感情を入れるといいよ」


「カグ。

そんな事が出来るのか?」


「もっちろん!任せてよ!

ボクは人間から負の感情だけを取り出すっていうのは出来ないけどさ。

火の玉なら作れるんだよ。

なんてたって、ホノ兄の身体の中にいた時、ボクが火の玉の中に入っていたんだから!」


「え……………。そ、そうだったのか?」


「エヘヘー。そうだよー。

火の玉にくるまれていたんだよー」


「……何で火の玉の中に入ってたんだ?」


「だってボク、生まれたばかりだったからさ。

火の力で守られていないと身体が保てなかったんだもん」


「え?生まれたて……って…。

どういう状況だったんだ?」


「んー……。

だからさ、生まれたてのボクが火の玉にくるまって彷徨ってたんだけど、それじゃやっぱりだんだん力が弱くなっていったの。

それでホノ兄の身体の中に入らせてもらったんだよ。

力を回復させるために」


「……………そ、そうだったのか…。

……ていうか…。

聞いていいか?

なんで俺の中に入ったんだよ?」


「えー?

それはだって。

ホノ兄がさ……………」


「??

俺が?

…なんだ?」


「………………。

ううん!

何でもない!

また今度話すよ!

今はヒル兄を助けないと!

ねっ!?」


「……………?

あ…、うん…。そう…、だよな…。

わかった…」



明らかに何かを隠した様子を見せたカグツチが気になったが、今はヒルコを救出する方が先だろう。


少々引っ掛かるものの、ホノイカヅチは納得した。






「何はともあれ、大体決まったね~。

おさらいするよ~。

人間の怨念や憎悪の感情を取り出すのは、僕とホノ」


シナツヒコは自分とホノイカヅチを指差した。



「で、集めた負の感情は、カグの作った火の玉の中に保管しておく。

そして最終的にはパラレルワールドで影法師ナニカを誘き出すって事だね!」


「だな。

で、はっきり言って時間はないわけだ。

だから準備期間は明日中。

明日中に影法師ナニカを誘き出すだけの負の感情を集めるぞ」



「明日中!?」


またまた翔は声を張り上げてしまった。





「ホ、ホノくんっ。

いくらなんでも明日だけで集めるなんて…。

さすがに無謀だよ…」


「カミムスビノカミ様も言ってただろ?

一刻の猶予もない。

影法師ナニカがヒルコを器として入り込んでしまったら…。

かなり危険で厄介な事になる。

その前にヒルコを奪還して影法師ナニカを消滅させなければならない」


「それは………。

そうだけど……」


「多少無茶をするくらい余裕だから。

心配するな」


「う………ん。

うん…………」




明日の準備期間に翔の役割はない。


心がモヤモヤモヤモヤしていた。






「あ……、あのさ。あの………」


「どうした?」


「あ、あの…。

ぼ、ぼくも……。感情を取り出す事……は、出来ないかな?」


「カケル?」


「人手は多い方がいいでしょ?

ぼく……、言霊(ことだま)の力で…。

言霊の力で人間の負の感情を取り出して……みたいんだ」


「言霊で……?」


「う、うん!

何かよくわからないけど…。出来そうな気がするんだ。

よくわからないけど…。

言霊の力で感情を取り出して…。

で、カグくんに保管してもらうまでそれを産霊(むすび)の力で繋いでおくよ!」


「………。

いや、しかし……。

感情を取り出すっていうのは感情が剥き出しになってるって事だぞ。

危険と隣り合わせなのは事実だ。

負の感情には殺意も含まれている。

それがカケルを襲うかもしれない」


「だ、大丈夫!

大丈夫だよ!

そうならないように産霊の力で繋いでおくから!

お願い!

ぼくも何かの役に立ちたいんだ!」


「カケル…」




懇願する真剣な翔の眼差しに、ホノイカヅチは諦めたようにシナツヒコに視線を向ける。





「ふふふ。

カケルくん、わかったよ」


「シ、シナくん………」


「うん。

ほら、ホノもわかったって」


「ホノくん…」


「カケルくんの言霊の力を信じるよ。

僕達の力と違って、言霊なら人間の脳内を貫かなくてもいいと思うから。

人間にとっては安全だと思うよ」


「う、うん!」


「でも危険な事には変わりないよ?

ホノが言ったように、理性がなくなった感情は本当に怖いからね。

爬虫類と化してしまうから。

本当に本当に気を付けてね?」


「うん!わかってる!」






「カケル。

俺もカケルの言霊の力を信じている。

だけどやはり危険なものは危険なんだ。

だから…、明日は一日、カグと一緒に行動してほしい」


そう言いながら、ホノイカヅチはカグツチの肩に手を置いた。


「カグ。

カケルに危険が迫ったら必ず守ってくれ。

頼む」



「うん!

わかった!ボクに任せて!」



カグツチは力強く頷いた。






「カグくん…。

ホノくん、シナくん…。

ありがとう!

僕も頑張る!」






明日、人間の怨念や憎悪といた負の感情を可能な限り大量に集める。


そしてパラレルワールドに影法師ナニカを誘き寄せる。


影法師ナニカの手中にはヒルコがいる。


ヒルコがいればパラレルワールドに移行する事は可能だろう。




今夜は身体をゆっくり休め、明日に備える事になった。








○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○







「うう…。眠れなかった……」



翔はムクリと身体を起こした。


時計の針は午前五時。


気持ちが高ぶってしまったのか、昨夜は浅い眠りを何度も繰り返していたような気がする。



「はぁ……。

もう眠れないや……」



落ち着くために、散歩に行こうと思い立つ。





そーっとそーっと、細心の注意をはらって車椅子に乗り、音を出さないよう静かに準備をした。



息を殺して玄関口までたどり着き、ドアノブを回す。



パタン……。








「ふぅ………」


外の少し冷たい空気を感じ、ホッと胸を撫で下ろした。


まだ日の出前で真っ暗だ。


だけどもうすぐ白々と明けてくるはずだ。


馴染みのある近くの公園までなら大丈夫だろう。




翔はゆっくりと公園に向かった。




いつもよりもスピードが遅いため、倍以上時間がかかってしまったが公園に着く頃には辺りは明るくなっていた。









「はぁ…。着いた…」


桜の木の下で車椅子を止めた。


「……よし。

今日は頑張ろう………」


ガッツポーズをして顔を横に向けると。


不意に小さな人影が見えた。



「えっ…」



こんな早朝から公園に人がいるなんて…と驚いてしまう。


「あ…。

でもぼくもそうだよね…」


一人突っ込みをしながら、ベンチに座る人影をよくよく見た。



「あっ。……あのおばあさん………!」






いつだったか。

公園にマガツヒノカミが現れたあの日。


お孫さんと遊びに来ていたおばあさんだった。



その時、女の子のお孫さんからハンカチを借りた。


泣いていた翔を心配し、おばあさんのハンカチを女の子から受け取ったのだ。



花の刺繍が施された、綺麗なレースのハンカチだった。







「あー…。ハンカチ持ってくるの忘れちゃった……」



タイミングが合わず、まだハンカチを返せずにいた。


今日も机の中にしまってある。







「でも…。挨拶はしようかな。

なんなら、今から取りに行くから待っていてもらおうかな…」



落ち込んでいたあの日、女の子からハンカチを手渡された。

受け取った時、人の優しさも受け取った気がした。


見ず知らずの人間に、とても綺麗なハンカチを貸してくれた。


翔は人の温もりを感じて心が救われたのだ。











「あ……、あの。

おはようごさいます」


「………?」


翔が声をかけると、(うつむ)いていたおばあさんは顔を上げた。



「あ……、あの。

突然ごめんなさい…。

えっと、ぼくの事、覚えていますか?」


「………?」




若干、不審そうにしているおばあさん。


心なしか、以前よりだいぶ年老いて疲れているように見える。


目は窪んで腫れぼったく虚ろで、活気がまるでなかった。



(何だろう?

前は…、もっと若々しくて元気だった気がするけど……?)








「先日、この公園でハンカチを借りたんですけど…。

ごめんなさい。お返ししたかったんですが、今日持ってなくて」


「………?」


「あの時はありがとうございました。

お孫さん……ですよね?

ぼくにハンカチを貸してくれて……」


「………!!」




突然、おばあさんは顔を両手で覆った。




「え?ど、ど、どうかしましたか?」




「う……っ、うっ…、う…………」



肩を震わせ、声を殺して泣いている。




「あ…、あの……?ぼ、ぼく、な、な、何か失礼な事を……」



気が動転してしまう。


おばあさんを泣かせてしまうなんて。


妹の桜を泣かせた事すらないのに。



「ご、ごめんなさい…!す、すみません…!」








理由もわからず謝るしか出来ない翔に、おばあさんは首を横に振った。



「……違うのよぅ…。あなたのせいじゃないのよぅ……。

ごめんなさいね………」


「あ……、い、いえ…。

あの…。どうしたんですか…?」





おばあさんは上着の袖口で涙を拭いた。






「あの子ね…。

あなたにハンカチを渡した子…。

………こ、この間ねぇ…。

事故で…………。

…………亡くなったのよぅ………」


「えっ……………」



瞬間、翔の頭の中にあの女の子の笑顔が鮮明に思い出された。


あまりにも強烈にショッキングで、何がなんだか分からない。









「あの子の両親と一緒にねぇ……。

自動車で買い物に出掛けていたんだよ…。

その帰り道…。

自動車同士の正面衝突で………。

即死だったそうでねぇ」


「……そ、そんな…」


「……相手側は故意ではなく過失だったらしいけどねぇ……。

飲酒運転だったみたいでね…。

………そんなの…。

防ぎようがないわよねぇ………」


「…………は、はい…」


「真面目な両親だったのよぅ……。

母親の方が私の娘でね…。

共働きだったから、たまに私があの子の世話をしていて……。

それで………。

……………。

何も悪い事してないのに……。

真面目に生きてきたのに……。

どうして…、どうして…。

こんな……、

こんな仕打ちを受けなきゃならんのかねぇ……」




おばあさんは再び顔を両手で覆った。


口惜しそうに嗚咽をもらしている。





「神様なんか……。

神様なんか……。

いやしないよ…。

いるわけがない。

もっと…、もっと悪党がいるじゃないか…。

真面目に生きてきたあの子達より…。

もっとひどい悪人を裁けばいいじゃないか…!」



かけがえのない大切な人達を、理不尽すぎる事故でいっぺんに失ってしまった。


やりきれないさ。不条理さ。


当事者でなければわからない。


他人には決して理解出来ない、胸にポッカリと穴が空いたかのような喪失感。虚無感。







翔は何も言えなかった。



〈辛かったですね。〉

〈悲しかったですね。〉…なんて薄っぺらすぎて。


何も言えなかった。





おばあさんは弱々しくベンチから立ち上がった。



そのまま振り返る事なく公園から出て行った。



















「どうしてだろう…」


一人残った翔は空を見上げた。


何故だろう。


何も悪い事をしていない人間が傷つけられて痛めつけられ、逆に魂を悪魔に売ったような人間が甘い蜜を吸っている。


この世の中の、この仕組みは何なんだろう。



「どうしてだろう…」









今の世の中の歯車が狂っているのかもしれない。



思っている以上に相当狂っていて、思っている以上に相当深刻な世の中になっているのだとしたら。




「まさか……。

影法師ナニカや…、マガツヒノカミとかって……」





翔は嫌な予感が胸をよぎった。


考えすぎだろうか?




「……だけど…。

もしかしたら…」





こんな嫌な予感は杞憂であれば良いのだが、ざわざわ胸がどよめいて、気のせいか吐き気までする。



こんな不快な気持ちは生まれてはじめてだった。







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