第十四話 神様が住む場所
ゴールデンウィーク最終日はあいにくの雨だった。
洗濯物を部屋の中に干して、ウィーンと衣類乾燥機の首がまわっている。
そのせいか、梅雨入り前にも関わらず蒸し暑く感じる。
リビングで、桜がリクライニングの車椅子で眠っている。
その横で宿題をしていた翔は、アイロンがけをしている父に声をかけた。
「ねぇ、お父さん。シナくんとホノくんてさ、何だと思う?」
「ん?何って?」
質問の意味がわからず、首をかしげる父を見て、やっぱり神様って事は内緒なんだと思った。
「あ…。ううん。何でもない」
「シナくんとホノくんは、背も高いしスラッとしてるし、カッコイイし優しいし。何だか人間離れしているよなぁ」
「あ、ははは…」
(ある意味、正解だ…)
ザーザーザーザーザーザー!
雨音が強くなってきた。
バタン!
「すっごい雨だよ~!」
「あ!シナくん。おかえり~」
まいったまいったと言いながら、シナツヒコはリビングに入ってきた。
「結構濡れているね。はい、タオル」
「ありがとー、お父さん。急に風も吹いてきて、傘が役立たずになっちゃったんだよ」
手渡されたタオルで顔や髪の毛を拭いているシナツヒコに、翔は小声でヒソヒソ聞いた。
「風の神様なんだから、風とか操れないの?」
「出来るけど…。大事な時じゃない限り使わないよ、風の力は」
「大事な時?たとえば?」
「うーん…。そうだなぁ…。そうだ。カケルくんを守る時とか、ね♪︎」
「………へ…へぇぇぇ…。あ、ありがとう…」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ…。
雷も鳴っている。
「今日は本格的な雨だなぁ…。
ん?あれ、ホノくんが走ってきた。翔、ホノくんにタオルを渡してあげて」
窓から外を見ていた父が、翔にタオルを渡す。
バタン!
玄関のドアが開いた。
「ホノくん、おかえり!はい、タオル」
「ああ…。ありがとう。急に雨が強くなってきたな」
「うん。シナくんも濡れてたよ。……ねぇ、雷も鳴ってたね」
「そうだな」
「ホノくんが雷を鳴らしたの?」
「そんなわけないだろ。自然現象だよ」
「ふーん…。やっぱりそうなんだぁ」
「俺たちが人間の目に見える形で介入するのは、本当に稀なんだぞ」
「そうなんだぁ…」
息を深く吐いて頷きながら、翔はふと気付く。
「ん?そういえば…。何で?何でだ?」
ブツブツひとり言を言っている翔に、ホノイカヅチは苦笑いする。
「どうしたんだ?何言ってんだ?」
「玄関、鍵かかってなかった?シナくんもホノくんも、何か普通に入ってきたような…」
「あ?ああ…。合鍵もらったから」
「合鍵?」
「シナと俺とひとつずつ。お父さんにもらった」
「い…、いつの間に!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翔の部屋に、父の自慢のコーヒーの香りが漂う。
シナツヒコとホノイカヅチは、ゆっくりとコーヒーを味わっている。
雨の日の昼間は薄暗い。
間接照明をつけると、ふわっと橙色の明かりが優しく広がった。
「高天原ってさ、どんなところ?」
ベッドに寝転がった翔は、思い出したように尋ねた。
神々が暮らす高天原。
優雅で素晴らしい場所に違いないだろう。
少なくとも、人間が住む世界よりは美しいはずだ。
「うーん…。そうだなぁ…」
シナツヒコはチョコレートを口に入れる。
「山があって河があって、田んぼがあって…。神々がいる御殿もあるかな」
「へぇ~!田んぼもあるんだ!」
御殿は想定内だが、田んぼは想定外だった。
意外だなと思い、翔は体を起こしベッドに座った。
「ぼくも行ってみたいなぁ~。いつか」
「そういえばさ、ホノってあんまり高天原にいないよね?」
「は?」
シナツヒコの突然の質問に、ホノイカヅチはぎょっとする。
「そう…、だったか?」
「うん、そうだよ!僕、ホノと高天原で会った事ないかも」
「そうか?」
「そうだってば!」
「神々がたくさんいるんだから、会わない事だってあるだろ」
「まあ…、八百万だからねぇ…」
二柱のやり取りを、翔はコーヒーをすすりながら聞いていた。
「いつもどこにいるの?ホノって」
「高天原にいるに決まってるだろ」
「高天原のどのあたり?山?河?田んぼ?」
「…別にどこだっていいだろ!」
延々に続きそうなやり取りだ。
「ねぇねぇ!神様ってそんなにいるの?」
終わりそうにない押し問答に、翔は割って入る。
「いっぱいいるよ。カケルくん、八百万の神って聞いた事ない?」
「八百万の神…」
シナツヒコはキョトンとする翔に、色々なものを指差した。
「森羅万象に神は宿っているんだよ。山にも海にも。家の中のものも、すべて神様がいるんだよ。おトイレにもね」
「えー!トイレにも!」
「そうだよ~。いっぱいいるから……、…うん…。ホノと会わなくても不思議ではないかぁ…」
話ながら納得するシナツヒコに、ホノイカヅチは内心ホッとする。
「日本は八百万の神だからな。カケルの車椅子にも…神は宿っているんだぞ」
ホノイカヅチの言葉に、翔は自分の部屋用の車椅子を見る。
「そうなんだ…」
神様がいる…と思うと、普段使っている車椅子がキラキラしているように見える。
車椅子だけじゃない。
すべてのものが尊く見える。
すべてのものに神様が宿っているのなら。
「大事に使わないといけないよね」
「ふふふ。そうだね。このチョコレートにも神様がいるんだから」
チョコレートを食べて、おいしい~と笑うシナツヒコのそばには、チョコレートの包み紙がこんもりとあった。
「シナ!一人で食べ過ぎだぞ!!」
「あ~!残り二個しかないよ!」
翔とホノイカヅチは、二個しか入っていないチョコレートの箱を見て驚愕する。
なかなかの値段のする、庶民にとっては少しリッチなチョコレートだった。
「仕方ないなぁ。その二つはカケルくんとホノにあげるよ」
「あたりまえだ!!」
「あたりまえだよ!!」
同時に叫ぶ二人を見て、爆笑するシナツヒコ。
雨はいつの間にか止んで、雲の隙間から青い空が覗いていた。