第百四十三話 翡翠
時は少し遡り。
翔と堀田が違う夢の場面に移動したあと。
シナツヒコ、ホノイカヅチ、ナニカが取り残された、堀田の夢の中---。
「ぎゃ~~~!!カケルくんがホッタの目の中に入っちゃった~~~!!」
「落ち着け、シナ。
カケルは絶対大丈夫だ。
どこに行こうが、ホッタの夢の中なのには変わりないはずだ」
「う~~。そ、そうだよね……。
今のカケルくんなら波動も高いし、魂も磨かれてるから…、大丈夫だよね」
「魂が輝いて波動が高く強くある人間は免疫力が強いって事だからな。
カケルは心配ないだろ」
「今のカケルくんは最強になりつつあるのかぁ~。
ふふふ。そうだよね~。
人間は免疫力が大切だもんね~」
「……ま、神にも免疫は必要だしな」
「え?そう?」
「………………。
なんでもかんでも煽り散らかすヤツが近くにいると、嫌でも免疫つけなきゃ到底やっていけないだろ」
「え?誰のコト?」
「………………お前に決まってんだろ!」
「え?意味わかんない」
「自覚ねぇのかよ!」
「ま~、ま~、ホノ~。
そんなカリカリしないで~。
ただでさえツンツン頭なのに、更に余計にツンツンしちゃうよ?」
「………………お前のそういう所だよ!!」
ドーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!
「え?」
ホノイカヅチとシナツヒコの目の前に、突然ナニカが飛んできた。
「げぇ…」
ナメクジのような巨体に、無数の目、鼻、口、耳がついているナニカ。
プシュープシューと毛穴から煙を吐き出していた。
明らかに怒っている。
そして意外とジャンプ力もあり、俊敏な動きをしている模様。
『グォォォォォォォォォォォ………』
「怒って……る、よねぇ?
人質だったホッタを奪われたんだから………」
「………だな…」
『グォォォォォォォ………………』
「……ねぇ、ホノ。
試してみる?ナニカの浄化………」
「…………試すのはいいが……。
成功する確率は低いぞ」
「そうだとしてもさ。
やってみる価値はあるでしょ。
たとえナニカが思念の塊だとしても…。
浄化させてあげたいでしょ」
「…………それは…、俺もそう思う。
消滅させるより、浄化の方が…。
想いは救われる」
「よし!決まり!」
パチン!
シナツヒコは指を鳴らした。
『!?』
ナニカが一瞬目を閉じた時、シナツヒコとホノイカヅチは後ろに飛んで身構える。
シナツヒコが身体中に風を纏った。
ヒュンヒュンと風は音をたてて吹きすさぶ。
「どうか魂が清められますように……。
悲しい想いも、苦しい想いも………」
風はキラキラと光り、まるで王冠のように輝き出した。
「光風!」
爽やかな烈風が、ナニカに向かってしなやかなに流れる。
「ワカイカヅチ!」
ホノイカヅチの両手から、雷光が繰り出された。
嵐のあとの清々しさの如く、ナニカの体に放たれる。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
光風と雷光を受けたナニカは、金切り声をあげながら身をよじる。
『グググゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…』
しばらくすると。
シュワシュワシュワシュワ……………。
ナニカの身体中からソーダ水の炭酸が弾けるように、泡が浮かんで次々と空に上昇していく。
それはシャボン玉にも見えた。
「わぁ~…。
ホノ……。成功…、したのかな…?」
「……多分…な…」
プワプワと空にあがっていく、シャボン玉のような泡はとても綺麗だった。
負の感情の思念は浄化され、優しく安息な思念に戻っていく。
「おい、シナ…。あれ………」
ホノイカヅチが指を差したその先には。
ナニカの身体から浮き出た一つの泡が、女性のような姿にかたどられた。
擬人化された泡の女性は、次々と空に昇っていく泡の中から何かを探している。
キョロキョロと必死に何を探している。
やっと見つけたのか、一粒の泡をそっと抱き寄せた。
我が子だろうか。
この女性はおそらく母親なのだろう。
愛おしそうに、その一粒の泡を抱き締めて、そのまま天へと還っていった。
「………ね、ホノ。
虐待された子供達の強い怨念の中に…、親の想いがあったのは…。
その逆もあったって事…、だよね?」
「………親が子供から暴力を受ける場合もあるから…か…。
……………やりきれないよな」
「……………。
それでもさ、信じたいよね。
心の奥の…、奥の奥の奥にはさ、親が子を慈しむ気持ち、子が親を愛する気持ちが必ずあるって……。
あはは~。
な~んて、ね」
「…………そうだな…」
シュワシュワシュワシュワ…………。
最後の一粒の泡が、空へと還っていった。
ナニカがいた場所に、小さな水溜まりが出来ていた。
「…………あれ?
何か光ってる………」
シナツヒコは水溜まりの中から拾い上げる。
「翡翠…?」
まるい形の翡翠だ。
「あっ、これ、前にもあったよね?
確か、ナニカが現れた時……」
「本当だ。
こっちは勾玉っぽい形だけどな…」
ホノイカヅチはポケットから勾玉の翡翠を出した。
「げぇっ。ホノ、持ってたの?」
「げぇ、とは何だ。
……一応、持ってた」
「ちょっと貸して~」
シナツヒコは勾玉の形の翡翠と、まるい形の翡翠を交互に見比べる。
両方とも、まるい小さな穴が空いている。
「う~ん。そっくりだよね~。
やっぱりこれはナニカの一部?」
「両方ともナニカが関係してるからな。
そう考える方が自然だろ」
「………で?これ、ナニ?」
「わからん」
「だよね~」
シナツヒコは翡翠を地面に置いた。
-----直後。
翡翠から強烈な光が放出された。
パアアアアアアアアアアアア!!!!!!!
「うわっ!!?」
「眩し………………!?」
灼熱の太陽に照らされているようだ。
目が痛いほど眩しく、そして暑い。
暑すぎる。
『ヒルコはどこだ』
ゾワッ。
シナツヒコとホノイカヅチに戦慄が走った。
地の底から唸るような、押し殺した声。
ビリビリと身体中の身の毛がよだつ。
『ヒルコはどこだ』
ナニカの気配がする。
光が弱まり、視界が良好になっていく。
「だ…、誰だ……!!?」
ホノイカヅチが、ナニカがいるであろう方へ向けて大声で叫んだ。
声が反響して、辺り一面にぐるりと響き渡った。
ボゥ……と、黒い影が浮かび上がった。
ユラユラユラユラ揺れている。
実態がない、まるで影法師のようだ。
『ヒルコはどこだ…』
「黙れ!!お前は誰だ!?」
ホノイカヅチの叫び声は、再び空間にこだましてぐるぐる響き回っている。
『我はヒルコ。
イザナギ、イザナミの最初の子にして最初の神。
我の名はヒルコ』
「ヒ、ヒルコ………だと!?」
『我は器を探している。
我が入る器を。
我は本体がない。
故に、ヒルコという器を探している』
「は………?」
ホノイカヅチとシナツヒコは驚愕を通り越して、頭が真っ白になった。
呆然と立ち尽くしてしまう。
この影法師がヒルコ?
ヒルコが器?
「ヒルちゃんが器ってどういう事!?
てゆーかっ…、ヒルちゃんはお前なんかじゃない!!」
シナツヒコの声が鳴り響く。
束の間、静寂に包まれた。
そして次第に影法師が激しく震え出した。
『………………我は三つに分裂した故、それを取り戻そうとしているのだ。
風の神、雷の神。邪魔をするな』
「ヒルちゃんが…、三つ……?
え?え?え?意味わかんない……!」
『邪魔をするな』
影法師の姿が徐々に薄れていく。
『風の神、雷の神。
邪魔はするな』
そう言い残し、跡形もなく消え失せた。