第十三話 コンビニケーキ
ゴールデンウィークに入り、今日から学校は休みになった。
でも翔は憂鬱で仕方ない。
ゴールデンウィークが終われば、すぐに体育祭。
何故か玉入れに参加する事が決定してしまった。
今日は父が休日出勤のため、桜と留守番だ。
「はあ…………………」
大きなため息をついて、リビングの窓から駐車場をチラリと見た。
空いている駐車場には、練習のために作った段ボールの玉入れ台とカゴがある。
シナツヒコとホノイカヅチが手作りしてくれたのだった。
父も、シナツヒコもホノイカヅチも、玉入れ出場を凄く応援してくれている。
喜んでくれているから、頑張ってみようとは思っているのだが…、憂鬱は憂鬱だ。
「はあ………………………」
「お邪魔しまーす!カケルくん!」
ため息と同時に、シナツヒコが入ってきた。
「あ、いらっしゃい。シナくん」
「カケルくん、顔暗いなぁ。また玉入れの事?あとで練習付き合うから大丈夫だよ」
持っていたエコバッグをごそごそして、食料品を机に出している。
「玉入れの練習かぁ…。
………シナくん、買い物してきたの?あ、そういえばさ、ホノくんは?」
「ホノは多分もう少ししたら来ると思うよ~。ね、見て!じゃーん!ケーキ買ってきちゃった。おやつに食べよう」
コンビニブランドのケーキを見せて、冷蔵庫に閉まった。
最近、シナツヒコとホノイカヅチは少し忙しそうだ。
翔は神様も色々あるんだと思いつつ、ここのところ疑問だった事を聞いてみる。
「ねぇ、シナくん。最近買い物とかよくしてるけど、お金はどうしてるの?それに、シナくんもホノくんも何か忙しそうだし…」
「あはは。そうかな?」
「そうだよ。神様の秘密があるかもって思って聞けなかったけどさ…」
「あはは。秘密なんてないよ~」
「同じコンビニのスイーツばかりだし…」
「セブンて美味しいよね」
「………………」
しばらく沈黙が続いた後、シナツヒコは観念したように首をすくめた。
「実は…、バイトしてるんだ」
「バイト!?」
神様のバイトにびっくりした翔は、車椅子からずり落ちそうになった。
「な、何でバイト…。神様ってバイトしていいの!?」
「いや~、いいかどうかはわかんない。前例がなさすぎて」
テヘペロしてごまかしている。
「じゃあ、ホノくんも?」
「うん。ホノも同じセブンでバイトしてる。てゆーか、今、ホノはバイト中」
「えぇ…。ど、どこのセブン?」
「あの角を曲がったところ」
「激近じゃん!」
翔はかなり動揺しているが、シナツヒコは鼻歌を歌いながらココアを作り始めた。
「つい最近バイトを始めたんだよ。カケルくんもココア飲むよね?」
「あ、うん、飲む。ありがとう…。…でも…。ホノくんまでバイトするなんて…」
バイトのイメージは、シナツヒコなら有り得なくもないが、ホノイカヅチはちょっと意外だ。
「ホノまでって、どーゆー意味?…カケルくん、ホノの事を誤解してるでしょ。ホノもね、案外アレだよ」
「え…。アレって?」
「アレだよ、アレ。ホノって、実は結構…」
「なんだよ!?」
「あ!ホノくん!」
後ろからホノイカヅチがイライラして立っていた。
ゲッと顔をしかめたシナツヒコは、素知らぬ顔で鼻歌まじりにココアを作っている。
「ほんとに…。シナはロクな事言わないな!」
「いらっしゃい、ホノくん」
「ああ、邪魔するな、カケル。…シナの言う事は全部嘘だから、真面目に受け取るなよ」
「はは…。ねぇ、ホノくんもバイトしてるんだって?」
「あ、ああ…。シナに聞いたのか」
シナツヒコはテーブルに、三人分のココアのカップを置いた。
「バレちゃった。カケルくん、なかなかの名探偵だよ」
「黙ってて悪かったな。何て言うか、いつもカケルの家で世話になってばかりも悪いからさ…」
ホノイカヅチは小さく息を吐いた。
「気にしなくてもいいのに」
神様って案外、色々気を遣って礼儀正しいんだなと翔は思った。
「今は物価高で光熱費も上がってるだろ。俺たちの飲食で家計の負担を圧迫しないようにバイトしてんだよ。…まあ、微々たるもんだけどな」
「えっ、ええ…。あ、ありがとうございます…。神様にそんな…おそれおおい…」
神様だろうと何だろうと、葦原の中つ国では葦原の中つ国のやり方でお金を稼ぐという事だろう。
「何か…、ありがとう。シナくん、ホノくん」
何やら感動した翔。
いただきます、と、ココアをすすった。
「あつい…。ヤケドしたぁ」
それを見て、シナツヒコとホノイカヅチは楽しそうに笑った。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
「桜、よく眠ってたぞ」
「ありがとう、ホノくん。シナくんが買ってきてくれたケーキ食べよう」
桜の様子を見に行ったホノイカヅチに、ケーキのお皿を差し出す。
「いただきまーす」
三人で手を合わせる。
口いっぱいにクリームの甘さが広がる。
侮りがたし、コンビニスイーツ。
「ねぇ、ねぇ、バイトどんな感じ?」
興味津々な翔は、二柱に問いかける。
「コンビニって、色々覚える事あって大変だよね。レジとか、レジ横のスナックとか、品出しとか」
ケーキを頬張りながら、ホノイカヅチに同意を求めるシナツヒコ。
「ああ…。働くっていうのは大変だ。だけど、働いたあとは清々しい気持ちになるな。労働は素晴らしいと思う」
紅茶を飲みながら、ホノイカヅチはしみじみ答えた。
「そうなんだ。凄いなー。偉いなー。ホノくんも、シナくんも」
「カケルくんだって。働く時はいつか来るんだから」
シナツヒコに言われ、翔は複雑になる。
将来を考えると、やはり不安になってしまう。
車椅子というハンデが、どうしても頭から離れない。
「うーん。そうかぁ…」
天井を見上げている翔に、ホノイカヅチは言った。
「カケルなら大丈夫だろ。そんなに悲観する事はない。大丈夫だから」
「そ、そうかなぁ…」
力強く言われ、心が少し軽くなる。
「そうだよ。カケルくんなら大丈夫!
だ・か・ら!ケーキ食べ終わったら、玉入れの練習しようね~」
「ああ、そうだな。カケル、練習するぞ」
「えええ~…。う、うん…」
そのあと、三人で一時間ほど練習する。
段ボールのかごに、だんだん玉が入るようになってきた。
雲がなく、青く晴れた空が気持ちのいい午後だった。