第百三十六話 袖振り合うも他生の縁
翔が帰宅すると、シナツヒコが首を長くして待っていた。
「カケルく~~ん!おかえりなさーい!
ちょっと遅かった?」
「あっ、シナくん。
ただいま…。
うん…。あ、あのね………」
「話はあとあと!
早くお昼ごはんにしよ~!
お腹すいたでしょ?」
「え?う、うん。すいた………」
「ホノがね~、おむすびをいっぱい作ってくれたんだよ~!食べよ食べよ~」
「おむすび?
食べる!食べる!
……てゆーか…、そのホノくんは?」
「ホノはね~、カグとヒルちゃんと一緒に買い物に行ったよ~」
「買い物?
へ~、珍しい。
何を買いに行ったの?」
「えっとね…。
…ん?あれ?買い物………、
……じゃないのかな?アレは……」
「え?なになに?」
「ガチャガチャ」
「あー……、ガチャガチャね。なるほど…。
あれは買い物の立ち位置なのかな?」
シナツヒコがお茶を淹れている。
ホカホカと湯気がたち、瑞々しい爽やかな香りがした。
「いたたぎまーす!」
「いただきます…」
海苔が巻かれた梅おむすび。
ごま塩がかかった鮭おむすび。
ちょっぴり大きめの昆布おむすび。
箸休めのきゅうりのぬか漬け。
豆腐とワカメのお味噌汁。
これで幸せにならない葦原の中つ国(日本)の人間は絶対にいないと思う。
「おいしいー♡幸せー♡」
「ホノのヤツ、料理の腕をあげたよね~」
山のように積まれたおむすびが、あれよあれよと消えていく。
「………そういえばさ、カケルくん。
さっき何か言おうとしてなかった?」
「……あ。…うん。そうなんだ」
「どうしたの?何かあった?」
「………うん。
あのね………」
◎◎◎
【かくかくしかじか】
翔は先ほどの出来事を話した。
堀田の家の事、ツクヨミの事。
自分の考え---等々。
「だから、ぼく…、助けたくて…」
「……ふーん………。
あのさ。確認なんだけど。
その助けたいっていう対象はさ……」
「ほ、堀田、くん」
「……なんだよね?」
「う、うん…」
「マジかぁ~~~」
シナツヒコはテーブルに突っ伏した。
「シ、シナくん……」
「……カケルくん、やっぱり甘いよねぇ~?
普通はさ、ざまあみろってなるんじゃないの?」
「うん……。
何て言うか…。ぼく、堀田くんの事は……。
…苦手…というか、多分嫌いだと思う…」
「…多分嫌いだと思う…って…。
カケルくん、客観的過ぎない?」
「うん…。ぼくも…、何だか不思議なんだけど…。
本当に堀田くんの事については…、
…何故か他人事みたいに感じてるんだ」
「………そうなんだ…。
でもさ~、カケルくん。
思うんだけど、いくら他人事みたいだからって。
それがどうして助けたいって発想になるの?」
「うん……。
何だろう…。何かね、何か…、
堀田くんの波動とか、家の壁に蔓延る無数の邪神とかを見ていたらね。
悲しくなったんだ。胸が詰まるような、苦しくなった」
「同情?」
「……同情…ではないかな…?
そんなたいそうなものじゃなくて…。
ただ単に…。
さもしいから…かな」
「さもしい……か…。
つまり、人間の根本的な性格の卑しさ…。
はは、カケルくんは見るに耐えないって思ったんだね」
「……どうだろう…。
わからないけど…」
人間同士が仲良くなるのは、大抵性格が合うから、趣味が合うから…という理由だ。
人間は常に波動を発しているため、言い換えれば周波数が合うから…ともなる。
ラジオの周波数を合わせると音楽やオールナイトニッポンが聞けるように、周波数が合えば話が弾む。
逆に周波数が合わなければ、お互い気が合わないから近くにいたくない…と無意識レベルで感じる。
まさに翔と堀田は周波数がまるで合わない。
仲良くなる事自体、無謀だ。
そうは言っても解決策は超簡単で、合わない人間同士なら全てにおいて絶対に関わらなければ良いだけだ。
それで解決する話なのだが、学校や会社となればそうもいかない。
どうしても接点を持ってしまう。
その結果、生み出されるものはイジメやハラスメントの類いだろう。
「カケルくんは助けたいって言うけどさ~。
僕はツクヨミ様の意見に賛成。
放っておいた方がいいんじゃないかなぁ」
「……シナくんもそう思うんだ」
「別にイジワルじゃないよ~。
……ただ…、因果応報…って感じかな。
自分がしてきた事は、必ず自分に戻ってくるってだけの話なんじゃない?」
「……じゃあさ、情けは人の為ならずってのは?」
「……ほーん…。
人のためにした事は、巡り巡って自分のためになるって事?
カケルくんも言うようになったね~」
「エヘヘ」
「しょうがないなぁ~。
…わかったよ。
カケルくんが思ったようにやればいいよ。
僕もフォローするし。
……まぁでも…、ホノは苦虫を噛み潰したような顔をすると思うけどね」
「あはは…」
ホノイカヅチの嫌そうな顔が目に浮かぶ。
想像して笑ってしまった。
シナツヒコは少し冷めた緑茶をすすり、きゅうりのぬか漬けをボリボリ食べる。
「そうそう、それとさ~、カケルくん。
ツクヨミ様のコトを知りたいっていうのはどういう事?
急にどうしたの?」
「あ…。うん…。
ツクヨミ様ってさ、言葉とか…表情とか…。
ちょっと冷めてるっていうか、突き放したような感じがあるよね?」
「あ~、うん、まあ、そうかもね~。
僕もあんまり知らないけど」
「え?そうなの?
シナくんやホノくんと仲が良いんじゃないの?」
「あはは。まさか。
ほとんど会った事ないよ。
ここ最近はカケルくんの繋がりで会ってるけど、それ以前はツクヨミ様って名前だけしか知らなかったよ~」
「そうだったんだ」
「そうなんだよね~。
で?冷淡なツクヨミ様がどうしたの?」
「…う、うん。
何かね、ツクヨミ様の裏側はそんなんじゃない気がするんだ。
本当は…、冷たくなくて…。暖かいじゃないかなって…。
無理して冷淡に演じているんじゃないかなって思うんだ」
「え~~??何で?」
「ツクヨミ様…。何だか凄く辛そうな波動を出していたから……」
「へぇ~~~。
カケルくんはそう思うんだ~~」
「シナくんはどう思う?」
「う~~~ん…。
わからないなぁ~」
「……そうだよね…」
「ふふふ。
だけどさ、知りたいって思ったんだよね?
だったら、カケルくんの思うようにやってみなよ。
心の中でやりたい事が浮かんだら、あーだこーだ考える前にまずは挑戦してみるといいよ」
「う、うん!わかった!」
堀田の心を救う事。
ツクヨミの心を知る事。
翔の差し当たっての目標が出来た。
「でもね、堀田くんの件はね…、今はお手上げ状態なんだ…。
堀田くん、ぼくと顔を合わせるだけで拒絶反応が起こるみたいで…。
めちゃめちゃ怒るんだ。
多分…、まともに話せないと思う。
正直、どうすればいいのか全然わからないんだ」
「ん~。まあ、そうだろうね。
プライドが富士山より高い人間が転がり落ちて、そのボロボロな姿を自分がいじめていた人間に見られるって事なんだもんね。
そりゃ絶対認められないよね~」
「シ、シナくん…。
直球すぎ…だけど…、
…そうなんだよね…」
「そうだなぁ~~」
ポクポクポクポク…と木魚が鳴って…。
ピーン☆と閃く。
「じゃあさ!カケルくんとサヨリとサクヤが使った方法はどうかな!?」
「え?
ぼくとサヨリさんとサクヤさん……?
………って、もしかしてパソコンの中に入るってコト!?」
「ご名答!
あ、でも今回はパソコンじゃなくて夢の中…、だけどね」
「夢……?」
「ナオビノカミ様に協力してもらってさ」
「あ…。ナオビノカミ様…!」
そうだ。
卓巳と和解した、あの時の夢。
限りなく現実世界に近い明晰夢をナオビノカミが見せてくれたのだ。
現実世界に近いと言えど、夢は夢。
きちんと本音で卓巳と話す事が出来た。
「ホノが帰って来たらさ、ナオビノカミ様の社に行こう!」
「うん!ありがとう!シナくん!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
~~~ナオビノカミの社~~~
「へん。やなこった」
翔とシナツヒコ、ホノイカヅチでナオビノカミの社に来て、事情を話し終わった直後。
開口一番で断られた。
「ナオビノカミ様ぁぁ~!そんなつれないコト言わずにぃぃ~~。
いいじゃないですかぁぁ~~」
シナツヒコが猫なで声を出す。
「シナ!気持ち悪ぃ声を出すな!
俺は特定の人間をわざわざ助けるような真似はしたくねぇんだよ。
他をあたりな」
「それは僕も同意見ですよ~。
カケルくんをいじめた人間をわざわざ助けるなんてごめん蒙りたいですからね~」
「んじゃ助けなきゃいいだろうがよ」
「だってカケルくんがそうしたいって言うんだから仕方ないですよ~」
「カケルはバカモンだ。
そう言ってやれ」
「……い、いえ、聞こえています……」
翔は肩をすくめる。
ナオビノカミは面倒くさそうに息を吐いた。
「……ったく。
カケルは聖人君子にでもなりたいのか?
助けを必要としている人間なんて、そのホッタってヤツ以外にも数えきれねぇくらいいるんだ。
そいつら全員助けるとでも言うのかぁ?」
「そ…、そういうつもりじゃないです…。
そんな事は出来ません…」
「わかってんなら無意味な事をするんじゃねぇ。
一人の人間を助けたら、もう一人、また一人って増えて、しまいには身を滅ぼしかねねぇぞ」
「………ナオビノカミ様…」
ホノイカヅチは落ち込む翔の頭を優しく撫でた。
「カケル。
ナオビノカミ様はお前を心配してるんだ。
カケルの性格なら、自分を犠牲にしてでも他人を助けるんじゃないかってな」
「ホノくん…」
「ナオビノカミ様は素直じゃないからな」
「おっ、おいっ!てめっ!ホノ!!
てめぇにだけは言われたくないぞ!?」
顔を真っ赤にするナオビノカミに向かって、翔は感謝をこめて丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。ナオビノカミ様…。
でも…、大丈夫です。ぼく、すべての人を助けたいなんて思っていません。
……ていうか…、そんなの絶対無理です。
ぼくが何でも出来るスーパーヒーローか、最強の魔法使いだったらそんな風に思うかもしれませんが……」
世界中の苦しみ悲しんでいる人々を助けられたら…。
どんなに素敵な事だろうか。
どんなに素晴らしい事だろうか。
しかし実際には不可能なのだ。
「……それで神頼みってか?」
「はい…。力を貸してほしいんです。
お願いします!」
「目の前の人間だけ助けるってか?
はっ、随分とご都合主義だなぁ?」
「………。
そう…、かもしれません。
でも……。
ぼくが目の前の人を助けたら、今度はその助けた人が目の前の人を助けるかもしれない。
それがずっと、ずっと繋がっていけば、世界中の人が助けて助けられる…。
そう思いませんか?」
「………ほぅ」
「カケルくん…」
「カケル…」
シナツヒコとホノイカヅチは目を見張る。
翔の波動が神聖な光を放ち、魂が輝いていた。
人間が人間を想い、慈しんだ瞬間、波動は高く強くなり、魂が磨かれる。
翔だけではなく、それは人間なら誰でも起こる現象だ。
神々は改めて悟る。
人間の意識が輝き高まって、集まれば集まるほどこの世界をより良くしていけるのだと。
「……はぁ…。仕方ねぇな…。
雑用を終わらせたら考えてやるよ」
「ナオビノカミ様…!
ありがとうございます!!」
翔はさらに深く頭を下げた。
「カケルく~ん!良かったね~」
「カケル。良かったな」
「シナは薪割り!
ホノは料理!
カケルは俺の腰を揉め!」
「は~い!いっぱいいっぱい割っちゃうよ~」
「ナオビノカミ様、料理のリクエストはありますか?」
「ぼく、肩も頭も揉みますよ!」
翔、シナツヒコ、ホノイカヅチは張り切って雑務に取り掛かった。