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フルコト!  作者: 﨑山翔
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第百三十四話 宵闇

今日は病院でリハビリの日。


脳性麻痺により、両足が思うように動かない翔は月に二~三回リハビリを受けている。



(リハビリは苦手だぁ……)


両足が硬くならないよう、ストレッチをしたり、立位の訓練をしたり…。


少々痛みも伴うため、どうしても憂鬱になってしまう。


だけど身体にとってリハビリは、なくてはならないもの。


有り難く励まなければならない。













◇◇◇





「終わったぁ……」



待合室で一休み。


「リハビリの先生…。

今日は特にスパルタだったなぁ……」




ピコン★



ラインの受信音がした。




「あっ。和真さん……」




【図書館はしばらく行けそうにない。

また連絡する】




和真の母親の体調が芳しくなく、連日病院に付き添っているそうだ。



「早く…、良くなるといいな……」



【わかりました。

何か手伝える事があったら言ってくださいね】



ラインに送信した。


手伝える事……なんて、少しおこがましいだろうか。




「あ!

そ、そうだ…。ぼく…。

こういう卑屈な考え方をやめるんだった………」





翔は決意した。


自分で自分を貶めて、自分を卑下して生きる事はもうやめよう。


出来ない事は受け止めて、誰かの力を借りる。

そして心から感謝をする。


自分の出来る範囲で助けて、もらった以上にもっともっと困っている人を助けたい。


自分を大切にして生きよう。


そう決めたのだ。


それなのに…。



「リハビリも嫌がるし、息を吸うくらい自然体で卑屈になっちゃうし……。

……あ~。まだまだだなぁ……」



人間はそんなに簡単に変われない。


「でも…、変わりたいから…。

変わるんだ」




息を大きく吐いて吸って、決意を新たにした。









◇◇◇






「う~~ん!とりあえず家に帰ろうかなぁ」



エントランスの外に出て、空に向かって背伸びをした。



空が高くなった気がする。


まだ涼しいとは言えないが、ちょっとずつ秋の訪れを感じる。











家路につくまでの道中。



ザワザワ…ザワザワ…と胸が詰まる感覚がした。



「この感じ………」



直感がする。

第六感ともいえるだろうか。


何か良くない事が起きそうだと警告がきているようだ。




ゴクリ……。


生唾を飲み込む。



息を殺してまわりをぐるりと見渡した。







「…………あ」




すれ違った人が不審そうな顔をしている。



ものすごい形相で、ビクビクしながら警戒する翔はあからさまな不審者だ。



「………き、気のせい……か…」







ザワザワザワザワザワザワザワザワ…。



「!!?」



いや、やはり気のせいではない。


吐きそうになるくらい、非常に気味が悪い波動が何処からともなく漂ってきた。



「この波動…、どこからだろう……?」




第三の目を開くため、松果体(しょうかたい)に意識を集中させる。




「こっちの方だ………」




この気味が悪い波動を出している本体がいるであろう方向に、車椅子を慎重に進めていく。








「あ………!?」


近付いているのだろうか。


しょうきが濃くなってきた。


波動の波が目に見えるようになった。



その波動はどす黒く、ヘドロにまみれているかのようだった。



「うへぇ…」



ますます吐きそうになってきた。










「ここから…?」




一軒家にたどり着いた。







「ひっ………!?」


思わず腰が抜けそうになる。




洋風の立派な一軒家であるのに、その外壁には無数の邪神がべったりと張り付いていた。



「な……、な……、何で…、こんな……!?

ひ、ひどい………」



例えるなら蜂の巣みたいだ。


中にぎっしり蜂がいて、巣のまわりも蜂がブンブン飛び交っている。


巣の中の蜜……は、邪神にとってはこの家の住人という事だろう。








「ど、どうしよう……。

このままじゃ…、良くないよね…?

と、とりあえず、シナくんやホノくん達に相談……して……」



家に引き返そうと、何気なく表札を見た翔は愕然とした。



「え………?」



表札には、[堀田]と書かれている。



「ま、まさか……。あ、あの…堀田…くん…?」

 



クラスメイトの堀田智之。



クラス全員から翔を総スカンにさせた主犯格だ。




「ま、まさか………」



理解が追い付かない。


これだけの邪神が蔓延(はびこ)っている家。

この家の住人に害が及んでいないとは考えにくい。




邪神は人間にも取り憑くし、場所にも住み憑く。



人間に取り憑くけば、体調不良やうつ病などを発症する恐れがある。


場所に住み憑いてしまうのも厄介で、邪神は“貧乏神”や“疫病神”となり、住人は不幸のどん底へと墜ちていく。



とはいえ、この邪神の数自体も異常だ。


軽く見積もっても百……はゆうに越えているだろう。





「ぼく………の影響…、かもしれない…。

ぼくがいたから………。

ぼくが…。

と、とにかく…。は、早く……、シナくんやホノくん達に………」



車椅子を動かそうとした、次の瞬間。





「カケル」




すぐ隣にツクヨミが立っていた。










「え!?ツクヨミ様!?」




「……久しぶり……、ってほどじゃないか」



「い、いえっ!ツクヨミ様、お元気でしたか?」


「ん……。まあまあ…」


「そうですか。良かったです」


ツクヨミの美しく整った顔が少しだけ綻ぶ。







「ところでカケル。

今、急いでいたみたいだけど…。

どうしたの?」


「あっ!そ、そうなんです!

あの…!

ツクヨミ様!この家…。

この家に邪神がいっぱいいて…」


「うん。そうだね。見ればわかる」



「は……。はい。そうなんです!

なので、あの、何とかしないとって思って……」


「何とかって?」



「え……?

えっと、な、なので…、早く取り払わないとって………」


「何のために?」


「へ……?

えっ、え…。な、何のために……って」



「この家の息子、カケルをいじめていたと聞いたけど?

それなのに、何をどうするの?」



「え………。

あ、あの、いえ……。いじめて………は…、そうですけど………。で、でも……」





「………この家の父親は自分の会社の社長で、部下や従業員達をパワハラ、セクハラしていたらしい。

しかも下請け会社に無理難題を押し付けて、挙げ句の果てにその下請け会社の社長を自殺にまで追い込んだ事もあるみたいだ。

それを金で揉み消したそうだよ」



「え………」



「母親も母親で、自分が一番目立っていないと我慢が出来ない高慢な女らしい。

まわりの人間に対してマウント取りは当たり前で、朝から晩まで悪口を言っている。

SNSでも誹謗中傷を書き込みまくっている」


「えぇ………」




「自業自得だと思うけど」


「で、で、でも……。でも……」





「あ。もしかしてカケル。自分のせいだと思ってる?」


「………は、はい……。

あ、あの…。ぼくの近くにいると……、ぼくの波動が影響して……。

悪意とか…憎悪とかの感情が肥大化しちゃうって聞きました……」



クラスメイトの卓巳や礼子が必要以上に精神を病んでしまった原因の一端は、翔の持つ神々しいほどの魂の輝きや波動の影響を受けているからだろう。






「それは間違いなくある。

だけど逆に考えると、悪意や憎悪を持たなければ何も問題ないだろう。

それに……カケルの近くにいる人間は慈愛や幸福感が倍増される。

人間の在り方次第でどちらにも転ぶ。

ただそれだけの事だ」



「ツクヨミ様……」



「この家は、なるべくしてなった。

それ以上でもそれ以下でもない」



「……ツクヨミ様…。でも……」



「カケル。

少し離れるといい。

今から邪神を間引くから」



「間引く……ですか?

あ……。ツクヨミ様…。

やっぱり邪神を取り払ってくれるんですか?」



「違う。

邪神が湧き過ぎたから。数を減らすだけ」


「え!?

全部……じゃないんですか!?」


「そんな必要、ある?

…………強いて言えば、この家の近くに建っている住宅はとても気の毒だ。

近くにいるだけで、少なからず邪神の悪影響はあるだろうから」


「だったら…!」



「カケル。前にも言ったはずだけど。

人間が生まれてくる理由は魂を磨くためだと。

魂を磨くという事は、人間としての役割を顕現させる事だ。

繁栄、幸福、平和。それらを乱す者は自然淘汰されていく」



「ツクヨミ様………」



「それだけの事だ」



「ツクヨミ様…。でもぼく……」



無表情のツクヨミの表情が、微かに揺れた気がした。


〈何も聞きたくない〉

そんな拒絶の感情を感じた。





「僕は月の神。夜の世界を統べる神。

闇夜は魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈する世界。

古より今に至るまで、夜は怨霊や鬼の類いが蔓延っている。

それは…、人間も同じ。

人間であっても、闇に紛れてしまえば人間の皮を被った鬼畜へと姿を変える」




太陽の光がなくなった夜陰の中では、悪事や道徳に反した行為は見つかりにくい。


それに乗じて悪行を重ねてしまう人間もいるだろう。






「夜暗は忍びないと思い、月明かりで道を照らしている。

それでも…。

眇眇(びょうびょう)たる光。取るに足りない」



「ツクヨミ様…。

そんな事ありません。

夜の空に浮かぶ月の光…。

神秘的で優しくて……。ぼく、いつもホッとするんです。

だから……」



「カケル。

太陽に愛されている人間にとっては、月の光は一時(いっとき)の慰みものになるだろう。

だが……。

太陽に見放された人間には無用の長物」







太陽が昇り、月が沈む。

月が昇り、太陽が沈む。



この当たり前の循環で、人々は毎日を生きている。



明るい昼間だけでは生きていけない。

絶対に生きていけない。

精神が崩壊するだろう。


夜が訪れる事によって、心身を休めてぐっすりと眠れるのだ。


それは逆もまた然り。










ツクヨミは夜の世界を統べる神として、今までずっと何を感じていたのだろうか。



(知りたい……。

ツクヨミ様の気持ち………)



翔はグッと拳を握った。



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