第百二十八話 燃ゆ
雪崩のような、土砂崩れのような…、大量の0と1の波から何とか逃げきった。
「はぁ…、はぁ…、はぁ…………」
サヨリヒメお手製の、夜光虫ライトを灯す。
パッ。パッ。パッ。パッ。
「ここは……?」
「……十中八九…、ハタケヤマのスマホの中ね」
「えっ!ここが……?」
「逃げる最中、カケルくんもサクヤも頭の中にハタケヤマの顔を思い浮かべていたでしょ?」
「う…うん。無我夢中だったけど…。
サヨリさんも?」
「……不本意だけどね……」
ムニュっと可愛い顔を歪ませる。
「……でも…。
さっきの…、
いきなり噴き出した0と1は何だったんだろう…?」
「そうね……。
きっと…、暴走したんだと思うわ」
「ぼ、暴走?
でもあれって人の気持ちとか…、人が作った画像とか…、…だよね?」
「そ。
よくあるでしょ。タガがはずれるっていうの?
引くに引けなくなったり、興奮して我を忘れたり…。
大抵そういった時に、人間は誹謗中傷だったりをしがちなのよね」
「…………ネットの中では顔や名前はわからないから……かな…。
……うん…。かなりひどい言葉を見た事とか…、あるかも………」
言葉は人間が持つ素晴らしい魔法。
いつか、シナツヒコとホノイカヅチが言っていた。
葦原の中つ国には綺麗な言葉がたくさんある。
それなのに。
この世のものとは思えない、汚くて醜い言葉をネットの中で見る事がある。
「悲しいな……。
言葉は…、人間が使える唯一の魔法なのに…」
「魔法………。
そうね。そうかもね。
魔法ってね、紙一重なのよ」
「紙一重?」
「そ。
魔法と呪いは紙一重なの。
他人に放った言葉は、いずれ自分に返ってくる。
遅かれ早かれ、必ずね」
「自分に………」
「愚かよね」
「サヨリさん………」
葦原の中つ国、この日本。
気が遠くなるほどの遙か昔から、葦原の中つ国を見守ってきた八百万の神々。
何を想うのだろうか。
「カケルくん。そんな顔をしなくていいのよ~」
サクヤヒメが翔の顔を覗き込む。
「サクヤさん…」
「たくさんの人間がいるんだもの。
すべての人間が、いわゆる〈優しい人〉だなんて有り得ないわ~」
「うん……」
「それでも…。
願わくば、半分以上の人間が〈優しい人〉がいいわよね~」
「うん……」
「そんな優しい世界にしたいわ~~」
「うん…!」
「………はぁ。
相変わらず甘いわねー。サクヤは」
「あら?
サヨリちゃんもそう思ってるでしょう?」
「さあ?どうかな。
私は性善説は信じないわ」
「ふふふ。
サヨリちゃんらしいわ~」
「………。
とにかく!早く終わらせるわよ!
サクヤ!」
サクヤヒメは海底に両手を置いて、人間の欲望のスイッチである生気を吹き込んだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!
海底が揺れ動く。
ドン!!
ドン!!
ドン!!
五つほど海溝が出来上がった。
しかもかなり浅い。
「あれ?さっきより数が全然少ないね?」
海底の揺れ方や、ひび割れる音も小さかった。
「そりゃそうよ。
これはハタケヤマ個人が持っている、SNSの情報や画像だもの」
「個人の……?
えっ!?
それって、つ、つまり…、畠山くんのスマホの中だけってコト…!?」
「当たり前じゃない。
だって画像は畠山が所有してるんだから」
「そ……、それはそうだけど……」
プライバシーの問題はクリアなのだろうか。
自分だけの書き込みや画像。
もしも日記のようなものを他人に見られたら。
穴があったら入りたいレベルの恥ずかしさではなかろうか。
「自業自得でしょ。
やらかしたんだから」
ピシャリとサヨリヒメは言い放つ。
間もなくして、海溝から0と1が吹き出した。
「個人の持っている書き込みや画像だけなら大した量ではないと思うの。
だからカケルくんはいいわ。
私とサクヤで具現化するから」
「え?ぼくも手伝うよ?」
「そんなに多くないと思うから、私とサクヤだけで大丈夫よ」
「でも………」
「………。
カ・ケ・ルくーん?
忘れちゃったの?
レイコさんの、ど・ん・な・写真だったのか?」
「………あ」
「カケルくんは休んでいてね?」
「は、はい…。お願いします…」
翔はサヨリヒメとサクヤヒメから少し距離を置いた。
何も考えず、ボーッと0と1を眺める。
ぼんやり見つめていると、海溝から吹き出す0と1がまるでスローモーションのように視界に入る。
その光景だけを見ていた。
「…………あった!
レイコさんの画像…」
0と1の羅列が出来上がり画用紙に変化して、その中に画像が写し出される。
サヨリヒメは何枚かを手にしていた。
「良かったわ~~!」
サクヤヒメがピョンピョン跳ねて喜ぶ。
「ハタケヤマのヤツ、二十枚も持っていたわよ」
「あらあら。そんなに?」
「はぁ………。
疲れたぁ……」
「サヨリさん!サクヤさん!」
大した量ではない………と言っていたが、
結構…、いや相当…、なかなかの数の0と1が吹き出していたような感じだった。
「個人的なものだと思って正直なめてたわ。
スマホのほかにパソコンも持っていたみたいなのよ。
その両方合わせて…、だったから…。
かなり大量だったわ……」
「そっか…。だから多かったんだね……。
お疲れ様!
だけど良かった!画像が見つかって!」
「ふぅ……。
そうね…」
「ところでサヨリさん。この画像……、どうするの?」
「もちろん消去するわよ」
「ここで?」
「そ。
ハタケヤマ、自分のパソコンにも保存してたわ。
抜け目ないわよね」
「そ、そうなんだ…。
でも…、どうやって消すの?」
「具現化したこの画用紙を燃やせばいいのよ。
跡形もなくね」
「えっ!燃やす?
どうやって?」
「ここでカケルくんの出番よ!」
「え?ぼ、ぼくの?」
「カケルくんの言霊を使ってほしいの。
私とサクヤも力を貸すわ」
「言霊で?」
「カケルくん、お願いね」
「わ、わかった。やってみる…」
二十枚の画用紙を海底に並べた。
(もちろん裏返しだ)
心を落ち着かせ、息を吐く。
喉のあたりが熱くなるのを感じる。
全身にサヨリヒメとサクヤヒメの力を感じた。
「…………。
すべて…、
燃え尽きろ!」
ボッ!!!
一枚に火がついた。
炎がだんだん大きくなり、次々に燃え移る。
やがてすべての画用紙が燃える。
炎は翔の背の高さほどになった。
ユラリユラリと炎が揺れる。
(ぼくの言霊で火が出せるのは、火の神のカグくんがいるからだ。
カグくんがいるから、ぼくは…、ぼく達は火を使えている……。
だから言霊は感謝なんだ……)
「あっ………?」
炎の中に何かが見えた。
「なんだろう……?」
ボウボウと音をたてて燃え上がる。
「あれは……?」
文字が見えた。
何の文字かはわからない。
短文だったり、長文だったりしている。
写真や動画のようなものも見えた。
佐々木礼子ではない。
畠山だったり、……また違う人物だったりする。
「あっ!もしかして!?
これって畠山くんのスマホやパソコンに入ってる全部のデータなんじゃないかな!?」
それがボウボウと燃え上がっている。
「あらららら~~~~~?
スマートフォンとパソコンの中のデータが全消去されちゃっているのかしら~~?」
「え!えええ!?
サッ、サクヤさん!?それはさすがに……!」
「うふふふ~。カケルくん、これは致し方ないわ~~」
ニッコリと笑うサクヤヒメ。
女神の微笑みを浮かべている。
この優しく美しい笑顔の裏側に、底知れぬ何かが潜んでいるようだ。
「あ……は、ははは……」
空笑いが精一杯だ。
プシュ…。
跡形もなく、データは燃え尽きた。
殊のほか、全データを全消去してしまった……。
が、とりあえず当初の目的は遂げられた。
佐々木礼子の画像消去。
今後その写真を畠山が絶対にネットに流出させないという根拠がない以上、可能性を未然に防いだという面では大成功だろう。
「とはいえ…、畠山くんにはちょっと気の毒かなぁ…」
「何を言ってるのよ。
自分で蒔いた種じゃない」
またしてもサヨリヒメは吐き捨てる。
「…うん…。そう…だよね…」
それもそうだ。
はじめから畠山がそんな写真を要求しなければ良かったのだ。
「カケルく~ん!
サヨリちゃ~~ん!
終わったなら早く帰りましょ~~?」
「そうね。早々に立ち去りたいわ」
サクヤヒメとサヨリヒメはフワリと浮かび上がる。
「あっ!ちょ、ちょっと待って!」
翔は願いを言霊に乗せる。
「空飛ぶ車椅子になる……」
フワリ。
車椅子のタイヤが宙に浮いた。
海面から届く、あのキラキラと輝く光に向かって上がっていこう。
「よし!準備出来たよ!じゃあ行こ…」
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!!!!
異様な音が、あたり一面に鳴り響いた。
「な……、何………!?」
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ!!!!
形容し難い、耳をつんざくような音だ。
「はっ…………!?」
背後に気配を感じた。
嫌な予感が背筋を凍らせる。
おそるおそる振り向いた先にいたのは---。
無数の亡霊。
「ぎゃあああああ!!??」
ホラー映画そのものだった。
ズズズ……と翔達に近付き……、
グワッ!!!
なんて飛距離だ。
無数の亡霊がこちらに向かって飛び込んできた。
「ぎゃあああああ!?」
「カケルく~~~ん!!逃げるわよ~~~!!」
サクヤヒメが翔の車椅子を押した。
ギューーーン!!!
とてつもない速さで海面へ上って行く。
無数の亡霊達も、凄まじいスピードで追いかけてきている。
「気色悪いわね!!
ついてこないでよーーー!!」
チュドーン!チュドーン!
サヨリヒメは海水を渦巻き状にして、思いっきり亡霊に投げつける。
渦巻きが当たると亡霊達は多少ひるむものの、すぐに回復して追いかけてくる。
「コイツら、めちゃめちゃしつこーーーい!!!」
チュドーン!
チュドーン!
「サ、サ、サ、サクヤさん!!
あ、あ、あれは一体何なの!?」
「私が色々スイッチを入れてしまったせいだと思うわ~~!
人間の念が具現化されて、あんな形になってしまったんだと思うわ~~!」
「ええええ~~!?」
「とにかくとにかくとにかくとにかく!
早くここから出ましょ~!
サヨリちゃ~~ん!
サヨリちゃ~~ん!?
大丈夫かしら~~!?」
「コイツら、めちゃめちゃしつこいし!
めちゃめちゃ頑丈に出来てるのよー!!
ムカつくけど、もう逃げるしかないわ!
一気に行くわよ!!」
「ラジャーよ~~~!!」
サヨリヒメは攻撃をやめ、車椅子の右のハンドルを握る。
左はサクヤヒメが握っている。
「行っっくわよーー!!」
ギュウウウウウーーーン!!!!!!!
車椅子のスピードが急激に速くなる。
「うぴゃあああああ!!??」
ギューーーーーーーン!!!!!!
翔は叫び続けた。
顔のパーツは平気だろうか?
そもそも顔は体についてきてるだろうか?
今、時速何キロ?
流星のようなスピードで、光の出口へと上っていった。




