第百二十二話 再会
~~次の日・図書館~~
真夏と比べて太陽の光が柔くなったとはいえ、まだまだ昼間は暑い。
図書館の入り口で和真と会った翔はそのまま学習スペースには行かず、自販機があるイートインコーナーに向かった。
和真はオレンジジュースを買って翔に手渡し、自分は無糖のアイスコーヒーのボタンを押した。
ガコン!!
缶が落ちる落ちる音が、まだ誰もいないイートインコーナーに響き渡る。
「ありがとうございます、和真さん」
ひんやりと冷たい缶がとても気持ちいい。
「あ…。あの…さ。翔。
今、スサ…さんはどうしてる?
誠の件で世話になったから…、また改めて礼を言いたくてさ」
「あっ。はい。わかりました。
またスサ様に伝えておきますね」
「おう。…悪いな」
誠がひょんな事から色鉛筆へのこだわりを示し、パニックになってしまいそうになった時、スサノオが上手に取り成してくれたのだ。
「誠くんの様子、あれからどうですか?」
「スサ…さんが色鉛筆を混ぜて使う事を教えてくれたろ。
誠のやつ、それが何かすげぇ気に入ったみたいでさ。
絵を描きながらずっと色を混ぜてるよ」
「あはは!そうですか!
それにしても、誠くんは絵がとっても上手ですよね。才能感じちゃうな~」
「まあ……な。絵を描いてる時の集中力は……。
確かに凄いな…」
和真は無糖のアイスコーヒーを飲むと、フゥと小さく溜め息をついた。
「………?
和真さん?……何か…、疲れてます?」
よくよく見ると目の下にクマが出来ている。
心なしか、全体的に活気がないような…。
「あ……、ああ…。まあな…」
「……大丈夫ですか?何かあったんですか?」
「いや……、なんつーか…。
最近母親のノイローゼが悪化してきて…」
「ええ!?」
「今日は早めに切り上げて帰るよ。
午後から母親の病院に付き添うからさ…」
「そ……、そうですか…。わかりました…。
お大事にして下さい…」
「ああ、サンキュー」
「で、でも…。
今日はもう帰った方がいいと思いますよ?」
「…いや、うん、まあ、そうだけど…。
俺にとっては………気晴らしだから…」
「そう…、ですか……。
あの、出過ぎたことですが、和真さんも無理しないで下さいね」
「わかってるよ。心配するなよ」
「は………、はい…」
「………。
………よし。じゃあ移動するか」
一時間弱ほど勉強をしたあと、和真は帰って行った。
疲れが漂う背中を見送り、翔は己の無力さを感じていた。
(何か力になれるといいけど……。
ぼくに出来る事なんてないしなぁ……)
●●●
図書館を出た翔は、眩しい太陽の光に目を細めながら車椅子をゆっくり走らせた。
(卓巳は……。今、どんな感じだろう…。
ラインしても既読にならないし…。
まだ体調は回復しないのかなぁ……)
怨念が蓄積された身体は、例えそれらから解放されても体調不良が続く。
回復する期間は人それぞれで、中には一年~二年を要する事もあるようだ。
(和真さんのお母さんも…。大丈夫かなぁ…。
和真さんもしんどそうだったし………)
別れ際の和真の表情。
辛そうな笑顔だった。頭から離れない。
そうは言っても、医者でもない翔に母親の病気を治せる力はない。
「はぁ……………」
無力。
やはり無力だ。
信号待ちの交差点で車椅子を止める。
「はぁ…………」
おもむろに空を仰いだ。
「カケルくんっ?どうしたの?」
「うわっっっ!?」
思わず大声を張り上げる。
「サヨッサヨッ……、サヨリヒメさん!?」
真上からニョキッと覗き込んだサヨリヒメ。
ニッコリと可愛らしい笑顔を携えていた。
「やだぁ~、カケルくんってば!
驚き過ぎでしょー!」
ケラケラと軽快に笑う。
「そんな…っ。ビ、ビックリするよっ。
突然真上にいるんだから……!」
心臓がバクバク鳴っていた。
「ごめんごめん!カケルくん!」
「………はぁ…。
うん……」
「カケルくん?怒っちゃった?」
「ううん。怒ってないよ。
それよりも、久しぶりだね!サヨリヒメさん!」
「うん!本当に久しぶりだよね!
カケルくんも元気そうだね!」
「うん!サヨリヒメさんは?」
「私?ん~~。私は…。そうね…。
ぼちぼち……かなぁ?」
「ぼちぼち?」
「神無月は神々が出雲に行くから忙しいのよ。
オキツシマお姉様もタギツも出雲に出向いてるし……」
「オキツシマヒメさんとタギツヒメさんって、サヨリヒメさんのお姉さんと妹さん……だよね?」
「そ。
出雲で開かれる神々の会議に出席してるの。
私と違って真面目だからね」
「え?あ……あはは…。そうなんだ?」
「出雲で何の会議をしてるか知ってる?
大半はよもやま話よ。
で、神無月の後半になって漸くまともな話をするんだから」
「へぇ。そうなんだ!
面白そうだね」
「そ?
カケルくんは物好きだなぁ。
私は勘弁願いたいわ」
サラサラのおかっぱ頭に蓮の花飾りをつけて、クリクリの瞳でハキハキと話すサヨリヒメ。
愛らしい風貌も以前と変わらない。
「………ねぇ、カケルくん…。
少し見ないうちに…、随分印象が変わったみたい」
「えっ?ぼく?」
「うん………」
「そ…、そうかなぁ…?
そんなコトないよ…」
大きな瞳で頭から爪先まで、まじまじと見つめられると照れてしまう。
「ううん!変わった!!
前のカケルくんって魂は綺麗で波動は高いけど、
小さくて弱くて、ふっと息を吹きかけただけで飛んで行ってしまいそうなくらいの感じだったもの!」
「えぇ………?」
何気にディスられてる?
「でも今は波動は高くて強いし、魂は更にピカピカに輝いてるし!」
「え?えっと…。そうかなぁ?」
「そうよ!そうなの!そうなのよ!
何かあったの?」
「う、うん……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
駅前のオープンカフェに入った。
とりあえず、思い付く限りの出来事を話した。
ナニカの事や、怨念の集合体の擬人化の事。
言霊や産霊の力の事………などなど。
サヨリヒメは目を丸くして聞いていた。
「なるほどね~!
要するに、カケルくんは色々な体験をして進化していったのね!」
「え?し、進化…?進化…。
そ、そうなのかな?」
外にテラス席が設けてあるオープンカフェ。
降り注ぐ太陽の光で、注文したクリームソーダのアイスクリームが溶け始めている。
「ね、カケルくん?私、パフェも頼んでいい?
食べてみたい!」
「パ…パフェ?
えっと…、えっとね、……ちょっと待ってね?」
図書館だけ行く予定だったため、財布にあまり現金が入っていなかった気がする。
近頃のパフェはなかなか良い値段がするのだ。
ごそごそと財布を探すためにカバンの中に顔を突っ込んでいた時、
「翔………くん………?」
頭上から名前を呼ばれた。
「え………?」
サヨリヒメの声ではない。
「やっぱり…………、翔くん……………」
テラス席の横の歩道に、クラスメイトで学級委員の坂本伊織が立っていた。
「い、伊織さん……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
~~~翔の家のリビング~~~
シナツヒコとホノイカヅチはソファーに座って、ぼんやりと天井を眺めていた。
チクタクチクタク………。
壁掛け時計の針の音がやたらと大きく感じる。
「ホノ~~~。カケルくん、遅いね~~」
「…………だな」
チクタクチクタク………。
チクタクチクタク………。
「ホノ~~~。
……カケルくんの身の回りで起こる怪異や異変てさ……、結局のところ、僕とホノとヒルちゃんのせいだったってコト……じゃんね?」
「…………だな。
……ヒルコがカケルの魂に宿って、俺とシナがカケルが生まれた時から近くにいたから……。
異様なまでに魂が輝いたって事なんだろうな」
「もともとカケルくんの魂は綺麗だったけど、僕達の影響でその輝きが爆上がりしちゃったってコト………だよね……」
「……………だな」
ちなみに、ヒルコは翔の部屋でお昼寝中。
その隣でカグツチはホノイカヅチのスマホでゲームに夢中になっていた。
只今モンハンに爆ハマり中だ。
「……でも…、多分、俺は後悔はしない。
きっと…、過去に戻ってやり直しても、カケルの近くにいると思う。
きっと、何度やり直しても。
だから…。
後悔しても無意味だろ」
「ぷぷぷっ…!!
ホノ~~~?
それは自信満々に言うセリフじゃないでしょ」
「……てか、シナもそうだろ」
「……うん。…………だね」
「高天原と葦原の中つ国に起こっている怪異や異変を取り除くまで。
絶対にカケルを守る。
ただそれだけだ」
「そう…だね…。
そう…………。だよね」
そのまましばらくの間無言になった。
もう一度、シナツヒコとホノイカヅチはぼんやりと天井を眺めた。