第百二十一話 天岩戸
「【天岩戸隠れ】っていうのはね、アマテラス様とスサノオ様の姉弟ゲンカがキッカケらしいよ~。
僕も詳しく知らなくて……。
何日か真っ暗になった時があったなってくらいしか覚えてないんだよね。
高天原と葦原の中つ国が真っ暗になったんだよ~。
確か、アマテラス様が怒って岩戸に隠れちゃったんだよね。
だから天岩戸隠れって言うんだよ」
遠い遠い昔を思い出すかのように、遠い遠い目をしているシナツヒコ。
郷愁にふけっている。
「……へぇ…。そうなんだ……。
でもさ…。
アマテラス様が岩戸に隠れちゃっただけなのに、どうして高天原と葦原の中つ国が真っ暗になるの?」
天岩戸とは岩穴のような場所だ。
入り口を大岩で塞ぎ、何日も閉じ籠ってしまったのだ。
「だってアマテラス様って太陽の女神のトップだもん。
そのアマテラスが隠れちゃうって事は、太陽も隠れちゃうって事なんだよ。
高天原と葦原の中つ国は同じ次元でしょ?
つまり、太陽も同じってわけだよ」
「あー…。なるほど…」
やっぱり太陽は偉大で、唯一無二の存在なのだ。
「俺も覚えてる。
何日か暗くなった時、邪神とか悪霊がめちゃめちゃ騒ぎ出したんだよな。
この世の終わりってくらい、そいつらが暴れ回ってて…。
……結構大変だった記憶がある」
冷めてしまったコーヒーを淹れなおしてきたホノイカヅチは、マグカップをテーブルに並べた。
「アマテラス様が隠れた数日間、高天原も葦原の中つ国も地獄みたいな感じだったんだ」
「ひぇぇ……。
そ…、そうだったんだぁ…」
「スサノオ様は今でこそ英雄的な存在だけど、昔はかなり暴君だったみたいだぞ。
それもあって、アマテラス様とあまり馬が合わなかったって聞いた」
「あ…、それで………」
翔は思い出した。
以前、スサノオもそのような話をしていた。
すぐにカッとなり、自制心がなくなってしまう。
そして、取り返しのつかない事態を引き起こしてしまうのだ……と。
あの時の話は、この【天岩戸隠れ】の事を指していたのかもしれない。
「カケル?どうした?」
「あっ…!ううんっ。何でもないよ!大丈夫!
そ、それで…、そのあと……どうしたの?」
「…ん?ああ、そのあとな。
そのあと、神々が集まって相談をして、アマテラス様を天岩戸から出す作戦を立てたんだと。
で、それが見事にハマって大成功。
アマテラス様が出てきたってわけだ」
「へぇぇ!凄い!
ねぇ、どんな作戦だったの?気になる!」
「聞いた話だから細かい作戦までは知らないけど、……何か、色々小道具を用意して、とりあえず最終的には踊って騒いで楽しんだらしい……」
「ええ!?それ本当!?」
「この作戦を思いついたオモイカネ様に聞いたからな。……本当だろ」
「ほへ~~~。そうなんだぁ……。
ちょっと意外だよ。
神様の作戦っだったらさ、もっと派手に…というか、もっと魔法みたいな呪文とか、バァッと力を使ったのかな~って思ってたからさ」
「どんな想像してんだよ」
「だってさ、ホノくんやシナくんの使う雷や風の力って凄いんだもん。
そーゆーの想像しちゃった」
神の強大な力を使わずに、話し合い、小道具制作、お祭り騒ぎ…。
若干拍子抜けしてしまった。
「オモイカネ様は、造化三神の一柱のタカミムスビノカミ様の身内なんだよ~。
知恵の神様だし、頭がいいんだよ~」
ズズズ…。
シナツヒコは温かいコーヒーをすする。
「造化三神の!?」
産霊の力を授けてくれた、タカミムスビノカミとカミムスビノカミ。
いつの日か、タカミムスビノカミにも会えたら嬉しい…と翔はひそかに願っていた。
「結局のところさ~。
アマテラス様が隠れている岩戸の前で神が踊って、そのまわりで神々がドンチャン騒ぎをしたんだよ。
でね、岩戸の中でその笑い声を聞いて、アマテラス様が何のお祭りか気になって自分から出てきたって事じゃない?」
「うんうん」
「どんなに強い力よりも、笑いが無敵だよねって話にならない?
アマテラス様が自ら出てきたんだから」
「あっ!そっか!
無理やり引っ張り出されたって感じじゃないもんね!」
「でしょでしょ?
だからさー。オモイカネ様はやっぱりわかってるよねってなるわけだよ~。
…あ。そうそう!ちなみにさ。
引きこもりって人間にも存在するよね?」
「ひ、引きこもり…………。
う、うん…。ぼく……ぼくもそんな感じだけど………」
現在、翔も引きこもりのカテゴリーに当てはまる部分がある。
ビクッと反応してしまう。
「あはは。大丈夫だよ~?
全然責めてないって。
そうじゃなくてね。
実は、アマテラス様が一番最初の引きこもりって事なんだ。
だからさ、引きこもってても全然恥ずかしい事じゃないんだよね。
だって、最高神のアマテラス様だって引きこもりだったんだから」
「あ………!」
納得してもいいのか…、正直反応に困る。
しかし、太陽の女神・アマテラスも引きこもりをしていた…と思うだけで、ズタボロになった自尊心が少しだけ癒えていくような気持ちになった。
「長い人生、引きこもりになってもいいんだよ。
引きこもりたい時だってあるよね?
人間にも。…神にもさ」
「う…、うん。そうだよね。そうだよ!」
どうしようもなく疲れて、苦しくて、悲しい時は。
休んだっていいんだ。
いや、むしろ休むべきだろう。
心が死んでしまう前に。
だけど……。
「…引きこもりだったけど……、アマテラス様は自分で岩戸を開いた……。だよね…?」
翔は思った。
自分にも岩戸を開く勇気が出るのだろうか。
「だから……。笑いが必要だったんだろ」
「ホノくん?」
「………オモイカネ様はちゃんとわかっていたんだろうな。
必要なものがさ。
笑うっ…てのが、どんなに大切かって事がさ」
「え…。笑う…?
そんなに大切………かな?」
「相手を泣かせるよりも、怒らせるよりも、笑わせる方が数百倍も大変だろ?
それくらい、笑いって尊いんだよ」
「あ…、そうか……。そうなんだね…」
人間が使える魔法。
言霊。
それともう一つ。
見つけた。
「笑顔も…、魔法…なんだね」
そう言っただけで、自然と笑顔になっていく。
言葉と笑顔の力。
凄い。
シナツヒコとホノイカヅチは優しく微笑んだ。
「それにしてもさ、オモイカネ様って本当に頭いいんだね!
どんな感じの神様なの?
シナくんとホノくんは知ってるんだよね?」
「うん。知ってるよ~。
どんな感じって…、容姿的なコト?」
「うん!」
「……うーん…。……えーーーっと…ね…。
………おじいちゃん…?」
「えっ。おじいちゃん??」
ご老人…という感じだろうか。
「おじいちゃん…………。
…だよね?ホノ?」
「…………だな」
博識な長老のイメージが浮かび上がった。
(会ってみたい!)
ハ○ー・◯ッターに登場する、校長先生みたいだったらいいなぁと期待する翔だった。