第十一話 友達
翔はお風呂からあがり、ドライヤーで髪を乾かしていた。
シナツヒコの言葉を思い出す。
「破壊…か」
便利な道具が日常に溢れている現代は、もしかしたら何か大事なものを忘れてしまったのだろうか…と、ふと頭によぎる。
ドライヤーから出る温風も、よく考えたら…、いやよく考えなくても凄い事だ。
パソコンも、飛行機も、自動車も、携帯電話も……………。
(考えたこと…、なかったな…)
ドライヤーを止めて、小さく息を吐いた。
△△△
桜の様子を見てから就寝する…が、翔の習慣だ。
部屋のドアからそっと覗くと桜が眠っている。
呼吸音も正常だ。
隣で父がイビキをかいて眠っていた。
「お父さん、桜。おやすみ」
小声で伝えて、静かにドアを閉めた。
△△△
ベッドに入り目を閉じて、数時間前の出来事を思い出す。
(やっぱり信じられないけど…、本当なんだよなぁ…)
★★★
二杯目のコーヒーを飲み終えると、シナツヒコとホノイカヅチは立ち上がった。
「とりあえず、今日は帰るね」
シナツヒコはガラリと窓を開けた。
「今日は月が綺麗だね~」
ベランダに出て、うーんと背伸びをしながらぴょいっと柵の上に座った。
「え!あ、危ないですよ!」
翔は慌ててシナツヒコの服の裾を引っ張る。
「大丈夫だよ。俺たち飛べるから」
ホノイカヅチはそう言いながら、軽く柵を飛び越えた。
「え!?うそ!」
ふわふわと浮くホノイカヅチを見て、翔は目をまんまるにした。
「カケルくんの目、お月様みたい」
きゃっきゃっとシナツヒコが笑う。
「あのさ、カケル…。敬語じゃなくていいからな。普通に話せよ」
少しブスッとしたようにホノイカヅチは言った。
「え…。普通…って。こんな感じ…でいいの?」
「そう。タメ口って言うんだろ」
「でも…。神様相手に…」
神様相手にタメ口は良いのか?
ためらってしまう。
「お前…。その神相手にゴミ袋荒らすカラス呼ばわりしといて、そんな事言うのか」
「あ…………」
その会話を聞いていたシナツヒコは、お腹をかかえて笑い転げていた。
ヒイヒイと苦しそうに涙を流している。
「マジでイラつくな」
「は、ははは…」
苛つくホノイカヅチの顔を直視出来ず、笑うしかなかった。
「あ!あと、カケルくん!」
急に思い出したか、シナツヒコは真剣な表情に変わる。
「はっ、はい!何か!?」
「シナとホノって呼んでね!最初に言ったよね?それと、ヒルコはヒルちゃんだからね」
翔のほっぺたをぎゅむーっとしていた。
「わ…わひゃったよ…」
「ホノ、見て!カケルくんのほっぺた、すっごいスベスベ!」
「…早くやめてやれよ…」
「あっ、ごめんごめん」
「い…いえ…」
ようやくほっぺたが解放された。
「わかりました…じゃなかった。わかったよ。えっと、シナくんとホノくんと、ヒルちゃんだね」
翔はシナツヒコとホノイカヅチを見上げながら言うと、ふいに表情が変わった。
泣きそうに…笑っていた。
「え…」
びっくりして何も言えず、翔はただ見上げていた。
「あ…ああ…。ごめんね。そうそう。そんな感じ!」
我に返ったように、シナツヒコはたどたどしく笑っている。
「それじゃあ、またね。カケルくん!いい夢みてね」
「おやすみ、カケル」
滑らかに空を飛んでいく。
「やっぱり凄い…」
月明かりの中、鳥のように飛ぶ二柱を見えなくなるまで見ていた。
★★★
(夢…だったのかも…)
うつらうつらしながら、カケルは布団にもぐる。
(空を飛べるなんて…、うらやましいな…)
意識はだんだん夢の中へ行きそうだ。
(でも…、あの時…、何で悲しそうに笑ったんだろう……)
翔はスウスウと寝息をたてた。
次の日の朝には、すべてが夢になっているのかもしれない。
★★★
「カケルくん!おっはよう!」
「おはよう、カケル」
次の日の朝。
元気に玄関から入ってきたシナツヒコとホノイカヅチがいた。
「夢じゃなかった…」
TKGを食べていたカケルの手は止まり、苦笑いをするほかなかった。
「おはよう。シナくん、ホノくん」
父がさぁさぁとテーブルの椅子へと案内する。
「お父さん!おっはようございます!」
「おはようございます、お父さん」
流れるように椅子に座るシナツヒコとホノイカヅチに、当たり前のようにごはんをよそう父がいた。
「昨日はいつ帰ったんだい?コーヒーのおかわりを作っていたのに…」
「夜に三杯もコーヒー飲んだら、利尿作用で夜が大変だよ」
「ごめんなさい、お父さん!あいさつもしなくて。急用が出来てしまって…」
「すみません。コーヒー、美味しかったです」
翔の突っ込みは華麗に無視され、会話がとてもはずんでいる。
「コーヒー気に入ってくれた?嬉しいなぁ。実はね、カフェを開くのが若い頃からの夢でね」
「え!そうなの?初耳だよ」
翔は驚いてお茶を吹き出しそうになる。
「あんなに美味しいんだから、絶対カフェ開けますよ~。いただきまーす」
シナツヒコは味噌汁を飲んで、味噌汁も最高です!とはしゃいでいる。
「料理も上手ですね。魚の焼き加減が絶妙だ」
まじまじと魚を見ながら、ホノイカヅチも感心していた。
出会ってたった1日で浅野家に馴染んでいる。
ずっと前からの親友みたいだ。
これも神の力なのか…と、翔は思わずにはいられない。
「翔。食べ終わったら桜のごはんも頼むな」
父がダイニングに桜を連れてきた。
「うん。わかった。桜、起きてる?」
「多分なー」
ホノイカヅチは桜のそばに来て、そっと優しく頭を撫でた。
「おはよう…、サクラ」
シナツヒコとホノイカヅチは、翔が生まれてきた時から翔を見てきた。
当然、桜の存在も知っていた。
「サクラちゃん、おはよう~」
シナツヒコも桜の顔を覗き込んた。
「ほら、桜。おはようって」
翔は胃ろうの準備をしながら、桜に声をかける。
桜から返答はなく、人工呼吸器の音が聞こえてくる。
「サクラ、可愛いな」
ぼそっとホノイカヅチは言った。
「えっ…」
翔は思わず顔をあげた。
「うんうん。サクラちゃん可愛いよね」
シナツヒコもニコニコしながら同意した。
「…桜…。可愛いって」
嬉しくなった翔は少し俯いた。
人工呼吸の音が、耳の中で小さく響いていた。
「お父さん、僕、おわかりしていいですか?」
「シナ…。朝からよく食べるな」
「いいよいいよ!食べて食べて!昨日の残りのハンバーグもチンしようか?」
「お願いします」
「ホノもよく食べるし~」
シナツヒコとホノイカヅチと父の会話を聞きながら、翔は桜にごはんを注入している。
その会話が何故か、心地のいい音楽のように聞こえていた。
(食べ物の話だけどね…)
クスクスと笑いながら、時計を見て血の気がひいた。
「時間、結構ヤバイ!!」
バタバタバタバタと、いつものように朝はとても忙しい。
でも、翔はとても嬉しかった。




