第百十六話 産霊
言霊と産霊。風と雷と炎の力。
すべてを繋いで卓巳を怨念から解放する。
気配を感じて振り向くと、擬人化がゆっくり歩いて近付いて来る。
あまり回復はしていない様子だ。
よろつきながら歩いている。
それでも鬼の形相でこちらを睨みつけて、その手にはライフルが握られていた。
卓巳はまだ気を失っている。
「…っ……!」
ジャリ……。
翔は思わず後退りしてしまう。
「うぅ………!」
擬人化を消滅させて卓巳を救う…と断言したとはいえ、やはり恐怖心は消えない。
「カケルくん。大丈夫大丈夫!
みんなで成功させて、タクミくんを助けてあげよう」
シナツヒコが肩に手を置くと、軽くウインクをした。
「う……、うん…!」
「前にも言ったでしょ?
心配なんかしないで、自信満々でやったらうまくいくって!」
「う、うん!ありがとう!」
ホノイカヅチが両手を真上にあげた。
「クロイカヅチ!!!」
みるみるうちに空が雲に覆われた。
あたり一面、薄暗くなっていく。
ゴロゴロゴロゴロ…。
時折、雷鳴が響き渡る。
「カケル。
お前なら大丈夫だから、自信持って行けよ。
何があっても俺達がフォローするから安心しろ」
「うん!ありがとう!」
風が吹いてきた。
穏やかだけど、冷たい風が吹いている。
風と雷。
偉大なる自然の恵みに、自ずと畏敬の念を感じずにはいられない。
魂を吹き抜ける風と、空を轟く雷鳴に背中を押されるようだ。
「カケ兄!最後はボクに任せてよ!
とっくだいの火を出して焼き払うからさ!」
「カグくん…。
うん!ありがとう」
そして…火の有り難さ。
遠い遠い遙かなる時代から、人間の文明には欠かせなかった。
すべての自然に感謝しよう。
すべての事象に感謝しよう。
ぼくは生かされている。
すべてのものからすべてを受け取っている---。
稲光に照らされ、風に包まれるような感触…。
「ぼくは…。ぼくたちは卓巳を助ける!!」
翔の言霊が高らかに響く。
「言霊を謳う!
風の力、雷の力、火の力!
今、ここで一つにする!!」
・・・・・
産霊!!!!!!」
パアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
蒼白い光が降り注ぐ。
翡翠色の紐がまわりを囲うように張り巡らせていた。
擬人化は結界の外へ弾き飛ばされる。
「ぎゃああああ!!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「凄い!カケルくん!大成功だね!」
「う………、う…ん…」
翔は胸を押さえた。
呼吸が浅くなっている。
波動が高く強くなったとはいえ、いきなり言霊と産霊の力を同時に使うというのは少々無理をし過ぎているのかもしれない。
「カケルくん!?大丈夫!?苦しい!?」
「だ……、大、丈夫…。
それより…。
シナくん…、お願い…!」
「わかってる!
すぐに終わらせるから!」
シナツヒコが空高く飛び上がる。
「光風!!!!!」
光輝く風が帯のようになって、気を失っている卓巳をぐるぐるぐるぐると巻いていく。
風の帯に巻かれた卓巳。
そのまま風の吹くまま気の向くまま、くるくると宙を舞っていく。
「力が相殺されないって気持ちい~~!!
カケルくんの結界のおかげだね!」
卓巳の身体に棲みつく怨念を、光の風で跡形もなくさらっていく。
「カケルくんと繋がってる感じがする!!」
シュルルルルルルルルルルルルルルルルル!!!
ものすごい速さで風の帯が引っ張られ、卓巳は回転しながら空に浮かび上がった。
「ホノー!!
タクミくんの怨念の核は心臓だよー!!」
「OK!!」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!!!!
雷鳴の地響き。
「オオイカヅチ!!!」
分厚く黒い雷雲から炸裂された真白い稲妻が、卓巳の心の臓に憑く怨念の核を貫いた。
バリン!!!!!!
とても大きなガラスが割れた音がする。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!??」
怨念の核が壊されると、結界の外にいた擬人化はうめき声をあげて地団駄を踏む。
相当苦しそうだ。
「………擬人化…!
結界に入れ!」
翔は言霊を使う。
擬人化は見えない力に引きずられるように結界の内側に入った。
「カグ!!」
「わかってるよ!ホノ兄!!
特大ホームランをお見舞いするよ~~~!」
カグツチは擬人化の目の前に、マグマのようにグツグツ煮えたぎる火の玉を出現させた。
「燃え尽きろー!!!」
擬人化に向かって放出した。
ボウッッッッッッッッ!!!!
瞬く間に炎に包まれた擬人化。
炎はどんどん巨大になり、ぼうぼうと燃え盛っている。
「あ………!?」
不意に…、
翔の耳に届いたのは、人の泣き叫ぶ声。
燃えているのは人間の怨念の集合体が擬人化した…………、
何と言えば良いのだろう…。
これは人間そのものではない。
人間の想い…、想念だ。
死んでも死にきれず、現世に彷徨い続けた負の感情が集まると、魂は怨念となって生きている人間さえも道ずれにする。
人間の想いは本当に強いのだ。
こんなにも想念に力があるのなら。
これをもっと良い方向へと使えたのなら。
どんなに素晴らしい力になるだろうか。
「………どうか……。いつの日か……。
この人達の魂が…。
いつの日かきっと、生まれ変われますように………」
翔は手を合わせて目を閉じた。
悲しい泣き声を聞きながら---。