第百十三話 二つの魂
擬人化が乱射するライフルの銃弾を避けながら、シナツヒコとホノイカヅチとカグツチの攻撃は続く。
地上から見上げている翔にも、徐々に擬人化が弱っていくのがわかった。
「あー…。でも…、惜しいなぁ…。
シナくんやホノくん、カグくんの力が相殺されなければなぁ…」
そうしたら、擬人化はとっくに消滅されているだろう。
「ねぇ、ヒルちゃん。
神様の力が人間を相手にすると半減しちゃうなんて…、やっぱり謎なんだよね。
どうしてかなぁ?」
『ん~~。ぼくもわかんない…。
でも、神様同士なら相殺とかないよ』
「だよね?
だってほら、マガツヒノカミとか邪神とか半減してないし。
ヨモツシコメとかナニカとかも…、神様ではないかもしれないけど、相殺されてはないよね」
三貴神にとって、“ナニカ”は苦手な相手だったようだが…。
何故、神は人間に全力を出せないのか。
『ぼく……。遠い遠い遠い昔に聞いたお話があるんだ。
誰に聞いたのか忘れちゃったけど』
「えー?どんなお話?」
『ん……。人間のコト。
人間がどうやって生まれたのか』
「ええー?人間がどうやってって…?
……ぼくが知ってるのは、何か進化していったんだよ。確か。
サヘラントロプス……何だっけ?」
『………ぼくは小さな神に聞いた気がする。
とても………、小さな……………』
ヒルコは目を閉じた。
波の音が聞こえる。
ザブンザブンザブンザブン…。
あの頃の海はよく荒れていたから、こんな穏やかな波は久しぶりだった。
ヒルコは波に揺られていた。
船に乗って、波に揺られていた。
ある時、太陽が消えた日々が続いた。
いつもいつも夜だった。
変だなって思いながらも、どうする事も出来ないから船の上に寝そべっていた。
遠い遠い遠い遠い…。
いつの日の記憶なのだろうか?
「ヒルちゃん?ヒルちゃん?」
『……………えっ?』
「どうしたの?
急に黙っちゃったからさ…。心配したよ?」
『………ごめんね。
大丈夫だよ』
「ヒルちゃん。
さっきの話なんだけどね、人間の生まれって…」
『あ……、うん』
「どんなお話か、聞いてもいい?」
『うん…。ぼくが小さな神に聞いたのはね……。
神の魂の半分が人間なんだって』
「か、神様の魂の半分……?
ど、どういう事?」
『魂にはね、二つの側面があるんだって。
荒御魂と和御魂』
「あ……アラミタマ?ニギミタマ?」
『そうなんだ……。
でね、神は和御魂、人間は荒御魂を受け継いだの。
和御魂は根底として平和で仁愛…。
荒御魂は根底として荒々しく勇猛果敢…』
「う、う、うん?」
『だから……。神と人間はツインレイなんだって』
「ツ、ツインレイ…?って?な、なあに?」
『ぼくもわかんない』
「そ、そう…、なんだ……」
ヒルコは眠くなってきたのか、まぶたがトロトロしてきている。
体もユラユラ動いていた。
「ヒルちゃん?眠たくなっちゃった?」
『う……ん。ごめんね…。こんな時に………』
「いいよ、いいよ。今日はたくさん起きてたもんね。眠っていいよ」
『う………ん……。
あ……あのね、あと、もう一つ…、小さな神が言ってたんだけどね……』
「うん?」
『生まれつきハンデを持った子や、生まれつき苦しい環境や状態にいる子達がいる理由……。
それはね……、とっても尊い三柱の神が、根底に荒御魂を持って生まれたからって言ってた』
「え……。ハンデ…?
理由?」
『それが始まり…。
三柱の神が何故そうなったのかは……、
教えて……、くれなかった………よ………』
「………三……柱…。
あ……。ヒルちゃん?」
『スピー……スピー……』
「寝ちゃった……」
翔の腕の中でヒルコはすやすやと眠っていた。
生まれつきのハンデ。
生まれつき苦しい環境や状態---。
翔や桜のような人間、和真や誠のような人間。
きっとたくさんの人々が、この時代を生きにくいと感じて生きている。
神の魂の片割れが人間だったとは。
にわかには信じられないが。
ヒルコに教えたという、小さな神の存在も気になる。
神が和御魂。
人間が荒御魂。
三柱の尊い神が、何故か荒御魂を持って生まれてしまった。
そのために、先天的な障がい、貧困、虐待などを【生まれながらに持ってしまった】というのだ。
どうしようもない宿命を背負っている人間が生まれる…、そのきっかけが、三柱の荒御魂。
「……………三……、柱……」
翔の脳裏に過ったのは、三貴神。
「………まさか…ね。
それに、そもそもアラミタマとニギミタマって……、何なのかわからないしな……」
~~~上空~~~
擬人化の手からライフルが消えた。
頭が垂れ下がり、かなり疲弊している。
もはや虫の息だった。
「はぁ~~~~~~。
ようやく…。ようやく…。
HPが切れた~~~~」
空中で尻餅をつき、安堵の息をついた。
「おい!シナ!
まだ終わってないぞ!」
「でもでも!
あと一回攻撃したら終わりでしょ!」
カグツチはまだまだ元気のようだ。
両手を振りかざし、大きな炎を出現させる。
「わっ!カグ!体力あるね~」
「もう動きを封じなくても大丈夫でしょ!
ボクに任せて!」
まだまだ炎が大きくなる。
「カグ、無理はするな!」
「大丈夫だよ、ホノ兄!
よーし!!いっくぞ~~~~~!!」
巨大な炎を勢いつけて投げようとした時。
「うひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!!」
「なっ、なっ、なに!?」
突如、擬人化はけたたましく笑い出した。
カグツチは思わず炎を消してしまう。
「うひゃひゃひゃひゃ!!うひゃひゃひゃひゃ!!」
「な……、何が可笑しいの?コイツ?」
「知らねえよ。気色悪いな…」
シナツヒコとホノイカヅチは今一度身構える。
「うわああ!!!!!」
翔が叫んだ。
「カケル!?」
「カケルくん!?」
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」
擬人化と同じように笑う卓巳が、背後から翔の首を締めていた。
「カケルくん!!」
「ヒルコは!?」
翔の腕から落ちたヒルコは地面で爆睡していた。
「ヒルちゃん!!起きてー!!」
「ヒルコ!!起きろー!!」
呼び掛けむなしく、ヒルコは全く起きそうにない。
「何でアイツがカケ兄を……って、もしかして!?まだアイツの中に怨念が残ってたの!?」
カグツチが振り向くと、シナツヒコとホノイカヅチは悔しそうに頷いた。
「多分ね……。
力を加減したからかなぁ?
………まずったなぁ……」
「人質って事か…。タチが悪いな…」
ギリギリギリギリギリギリギリギリ……。
「く…、苦しい………」
首がどんどん絞まっていく。
なんて馬鹿力なんだ。
卓巳の力じゃない。
振りほどけない。
「た…………、たく………み………」
ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ…。
「た……く……み……」
息が苦しい。
「ごめん………、かけ………る」
「!!?」
卓巳の声だった。
「ごめ…、かけ、る……。
俺……、友達だった…のに…。親友だったのに……。
裏切って…………」
「た………たく……み…?」
後ろから聞こえる震える声。
顔が見えないが、泣いているようだった。
「ごめん!!!翔!!!」
ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ!!!
一気に力が強くなった。
「ぐっ…………!!」
意識が薄れる。
「……………ぐっ…!!」
「カケルくん!!」
「カケル!!」
「カケ兄!!」
ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!!!
銃弾!
ライフルだ。
「な……っ!!何でまだ持ってんの!?
まさか!?演技だったの!?」
「いや、違う!!
タクミがカケルの生気を吸いとってるんだ!
その生気が伝わって擬人化も回復してきたんだ!」
「えー!!カケ兄が危ない!!」
ドンドンドンドンドンドン!!!!!!
擬人化が再び嬉々としてライフルを撃ちまくっている。
「シナ!!
擬人化は俺とカグで何とかする!
早くカケルを!!」
「わ…っ、わかった!!」
翔の身体から生気が搾り取られていく。
すでに意識が途切れ途切れになっていた。
(もう…………、ダメ…………)
無意識に。
第三の目が開く。
(あ………………)
白く、明るい光が見える。
苦しくない。
明るい、優しい光が見えた。
(うっ………………………)
身体中の感覚が研ぎ澄まされたようだ。
身体中の毛穴が開き、すべてに反応してしまうような感覚。
全身に鳥肌がたったような、全身に静電気が走っているような。
あまり心地が良くない感覚に包まれていた。
(……うへ………………)
[カケル]
脳に響く、不思議な声。
(だ……、誰……………?)
[カケル]
低くもない、高くもない、不思議な声だ。
[あなたに力を授けよう]
(え…………?)
光の中には誰もいない。
声だけが脳の真ん中に響いていた。
[ムスビの力を授けよう。
カケル。あなたなら………]
コロコロコロコロコロコロコロコロコロコロ!!
(わ!!)
身体の中に温かく冷たいものが入ってきた。
[あなたなら…。きっと]
コロコロコロコロコロコロコロコロコロコロ!!
(わ!!)
[この力を使いこなせるであろう]
(……力…?)
入ってきたものが身体中に溶け込む感覚がした。
まるで神々しい朝日を浴びた時の、あの清々しい感覚に似ていた。
[産霊の力を。
カケル、あなたに]