第百三話 光と影のロマン
「スサノオ様~。おやつ出来ましたよ~」
「おお!なんと!
む?これは何だ?」
アマテラスの招集命令で、高天原へと昇っていった、シナツヒコ・ホノイカヅチ・カグツチ・ヒルコ・ツクヨミ・スサノオ。
このスサノオだけ、一番乗りで葦原の中つ国に戻って来た。
「バウムクーヘンです。
確か…、ドイツのお菓子…だったかな?
美味しいですよ。
…あっ、そうだ!ちょっと待って下さい」
「む?」
バウムクーヘンの横に、ホイップクリームを絞った。
ほんの少しだけだが、カフェ気分になる。
「ほら!
えへへ。オシャレでしょ」
「おお!見映えが良いではないか!」
「座って下さい。
今、紅茶いれますね」
コーヒーと迷ったが、今回は紅茶にした。
…というのも、自分で淹れたコーヒーを飲むと、ホノイカヅチのコーヒーが恋しくなるのだ。
ホノイカヅチのコーヒーは味も薫りも極上だ。
いつの間に上達したのだろう。
(料理も上手だし…)
手先が器用で、裁縫も得意としている。
(ホノくん、何か…、完璧だ…!)
「では、いただくぞ!タケル!」
「はい、どうぞ。………カケルです」
「そうであったな!カケル!」
覚える気はあるのだろうか。
大きな口に半月に切ったバウムクーヘンを放り込んだ。
「一口…!?」
「うまい!うまいぞ!」
「……あ、はは。良かったです」
紅茶をカップに注ぐ。
「みんな…、遅いですね。
スサノオ様はとても早かったんですね」
「まったくだ。
兄様は姉様と話をされているから、今日は戻られないかもしれぬが…。
他の者達は何をしているのか……」
「………あ、あの。スサノオ様……。
アマテラス様…、は…、何のお話…だったんですか…?」
聞いても良いのだろうか。
翔はおそるおそる尋ねてみる。
「…む?むむぅ………!」
「あっ!ごっ、ごめんなさい!!」
「む?はっ、はっ、はっ!
何を謝っているのだ。別に悪い事ではないぞ」
「えっ…。いいんですか…?」
「問題はなかろう。お前にも知る権利はあるのだ」
「は、はい…」
スサノオはわずかに真面目な表情をしている。
翔は背筋を伸ばした。
「まずはヒルコやカグツチについて、だな。
今、兄様が姉様にヒルコの生まれを説明しているはずだ。
俺は事前に聞いていた。
イザナキ様とイザナミ様から生まれた最初の神…という事だな」
「あ……。そう……ですか…」
ヒルコの生まれ、そのあとの運命---。
言葉では言い表せない。
「そうか。タケルも知っていたのだな。
ヒルコという神。
…気の毒であった」
「はい…。
あと…カケルです…」
「むむ。そうであるな。
あとは……、カケルの事だ。
問われたのは、高天原に来た理由・言霊を使った理由、だ」
「そっ…それは……」
やはり高天原に行ってはいけなかったのか。
そして言霊も、本来は使ってはいけないものだったのか。
「も…、もしかして、シナくんとホノくんが……」
罰を受ける事になってしまったらどうしよう。
翔は汗が止まらない。
「ご…、ごめんなさい!スサノオ様!
ごめんなさい!
ぼくも償いますから…。シナくんとホノくんにひどい仕打ちをしないで下さい…!
ア…、アマテラス様に伝えて下さいっ!」
スサノオの腕をぎゅっと掴み、懇願した。
「む?む?む!?
ちょ、ちょっと落ち着け、カケル!
何を勘違いしているのだ?」
「えっ…!?」
「大丈夫だ。そんな事にはならん。
むしろ、シナツヒコとホノイカヅチはカケルの人間性を姉様に力説していたぞ!」
「ええっ…!?」
「言霊は人間にとって最強の技だ。
故に、その力を間違って使えば恐ろしい事態にもなりうる。
姉様はそれを懸念していたのだ。
しかし。
シナツヒコとホノイカヅチは、カケルなら言霊の力を必ず良い方向へと使っていける…と言っていた」
「……シナくん…、ホノくん………」
(…ありがとう!)
「俺もそう思う!
カケルは信じるに足る人間だと!」
「スサノオ様…。
ありがとうございます!」
信頼されている。
とても嬉しい。
同時に身も心も引き締まる。
スサノオは紅茶を一気に飲み干す。
「うむ。これもうまいな!」
「あ、おかわり作りますね」
「タケ……、カケル。
もう一つ、お前に伝えておきたい事があるのだ」
「は、はい…」
スサノオは、より一層真面目な表情をしている。
翔の心臓もドクンと跳ねる。
「ホノイカヅチとシナツヒコはお前にはまだ言っていないようだが、カケルの魂の輝きはまさに人間離れしている。
生まれ持った輝きに加えて、ヒルコを宿していたという事もあるのだろう」
「はっ…はい……」
以前、サクヤヒメやサヨリヒメからも言われたような気がしていた。
魂。
第三の目が完全に開けば、人間であっても魂が見える。
しかも、魂を見たら世界観が変わる。
そんなにも度肝を抜かれるのだろうか。
瞑想をして、波動を高く強くしていけば第三の目は完全に開くらしい。
翔は完全に開いてはいないため、まだ魂を見る事は出来ない。
「光が強ければ強いほど、影も大きくなるものだ。
言い換えるとな、悪い輩も寄り付きやすくなる。
影が大きいのだからな。
人間だけではない。ありとあらゆるものが寄ってくる可能性があるのだ」
「えええ…。そんな…。嫌だなぁ………。
嫌だなぁ………」
魂などなど、目に見えない・はっきりと証明出来ない曖昧なものについて。
明るくて幸せな事なら気にならないし、むしろハッピーな気分になれる。
しかしながら、暗くて恐ろしい事を言われた途端、急に不安で仕方なくなるものだ。
「シナツヒコとホノイカヅチは、カケルが気にするから言わなかったのだろう。
あとは何だ……。
………まあ、それとは違った根拠があったのも……。
たった今、なるほどと思ったのだが」
「え?え?な?何の事ですか?」
「お前のその、困ったような顔を見るのは………。
何と言うか……。確かに忍びないような………」
段ボールに入って捨てられている子犬に、すがるように見つめられている感覚だろうか。
「……………で、あるにも関わらず、
何故か逆に笑いが込み上げてくるような…………?」
敢えて例えるなら、好きな子をいじめたくなる感覚だろうか。
「はっ!はっ!はっ!
面白い!
カケルといると、この世の摂理の矛盾に気付く。
人間も神も…、何とまあ矛盾だらけであるものよ」
「は………?はい……?」
話についていけない翔の頭を、ポンポンと優しく撫でる。
初めて見る、スサノオの顔に一瞬驚く。
何て表現したらいいんだろう……。
とてもとても優しい顔。
「ただいたずらに、お前を怯えさせたいわけではない。
だが、知っているのと知らないとでは全く違う。
知っているのならば、今、この時点より、近寄ってくるすべてのものの本質を見極める力を得られるだろう」
「は………はい…!」
スサノオ。
やはり三貴神の一柱。
非常にクセのある性格のせいで思い切り隠れているが、物事を正確に認識・判断する炯眼の力を持っていた。
「バウムクウヘンとやらのおかわりもあるのか?」
「あっ、はい!ありますよ。
昨日、京都のおばさんからたくさん送ってもらったんです」
「ほう!京都とな!」
おそらく全量食べられるとふんで、切らずにまるごとお皿に出した。
「ホイップクリームとやらもお願い出来るか?」
「あっ!はいはい。ちょっと待って下さいね」
ニュムム…。
ホイップクリームも特大サービスだ。
「むむむ!最高だ!!」
息つく間もなく、真ん丸のバウムクーヘンをお腹の中に入れていく。
翔はその間に紅茶のおかわりを用意している。
「うまいぞ!タケル!」
「…………スサノオ様…。
カケルです…」
「おお!そうであったな!カケル!」
「スサノオ様…。
…あの、もしかして…わざと…ですか?」
さすがに毎度毎度名前を間違えられるのは悲しくなる。
「何を言っているのだ!
俺は偽りは嫌いなのだ!」
いやいや、毎回名前を偽っています。
……と、心の中で突っ込む。
「心配はいらぬ!
一緒にいれば覚えるぞ!
まだ足りぬのだ!」
「………?」
「大丈夫だ!!安心していいぞ!!」
「は……はい…?」
ピロン♪︎
携帯メールの着信音がした。
「何だろ?
……あっ!和真さんからだ」
《誠が翔に会いたいと騒いでいる。
本当に申し訳ないが、うちに来てもらえないだろうか?》
「誠くんが…」
誠は和真の弟だ。
自閉症だった。
壁時計を見る。
まだ時間に余裕はある。
「あの……。スサノオ様。
ぼく、ちょっと出かけきます。
お皿はそこに置いといて下さい」
慌ててバタバタと準備を始めた。
「む?どうしたのだ?
どこへ行くのだ?」
「あ…、えっと…、と、友達のところへ……」
「そのように急いで行く必要があるのか?」
「あ…、えっと……………」
「よし!!わかった!!
俺も行こう!」
「えっ!!」
「空間移動をしてやるぞ!」
「えっ!?
お願いします!!」
空間移動。
ポヨンとしたシャボン玉の中に入ったら、瞬間で目的地に到着する。
まさに神様。
まさに神業。
「よし!!行くぞぉ!!」
目を閉じる。
空間。
移動。
パチン★
シャボン玉が割れる音がした。
目を開けると。
和真のアパートの前にいた。