第九話 理由
(ヒルコって何だろう…。人の名前…?あれ?何だか暖かい…。ぼくは寝ているのか…?)
だんだんと意識が戻ってきた翔は、ゆっくりと瞼を開く。
停電は終わったようだ。
見慣れた天井を見て自分の部屋だと思い、ホッとするも…。
シナツヒコとホノイカヅチの姿も視界に入り、翔はぎょっとした。
「えっ?えっ?何で…」
急いで上半身を起こし、キョロキョロとすると父の姿があった。
「翔!良かった!どこも痛くないか?大丈夫か?」
「お父さん…。えっ、ぼく…?」
「急に停電になって、驚いて気を失ったんだろ?翔の友達が、家まで送ってくれたんだぞ?」
「えぇ…、と、友達…?」
友達というワードに、翔はひきつったままシナツヒコとホノイカヅチを見上げる。
そこにはドヤ顔の二柱がいた。
「お父さん…、この人達は…友達…っていうか…」
「本っ当に良かったです!お父さん!僕達が、たまたま近くにいて!!」
翔の言葉を遮って、シナツヒコは父の両手を握りしめる。
「僕達、カケルくんの病院の友達なんです!ね、ホノ?」
「あっ…?あ、ああ、そ、ソウナンデス…」
急にふられたホノイカヅチは、カタコトながらも話を合わせた。
「ちょっ…、ちょっと待って…!ぼくはこの人達の事を知らな…」
「カケルくん!大事に至らなくて良かった~!」
シナツヒコは再び言葉を遮ると、翔をぎゅーっと抱きしめた。
「えっ!なっ…!」
翔はワタワタするも、シナツヒコは意外と怪力らしく、びくともしない。
「ははは。翔、知らなかったぞ。お前に年上の友達がいるなんて。
じゃあ、飲み物を持ってくるからな。ゆっくりしていってもらうんだぞ?」
この光景を微笑ましく思ったみたいだった。
「おかまいなく…」
ホノイカヅチはボソリと小さく言うと、父は振り向いてにっこり笑ってドアを閉めた。
バタン。
父の気配が遠のくと、シナツヒコは翔から離れて頭を下げた。
「ごめんね!カケルくん…。嘘ついて…」
申し訳なさそうな顔に、翔はしどろもどろになる。
「い…いえ…。いや…、でも…。あ、あなた方は一体何なんですか?」
「その前にさ。カケルくん、何か思い出した?」
シナツヒコに続いて、ホノイカヅチも翔のベッド脇に座る。
「ヒルコ…って、言わなかったか?」
ホノイカヅチの、吸い込まれそうな濃紺色の瞳が翔をじっと見つめている。
「あ…。えと…。あっ、ヒルコって言った…」
意識がなくなる前の瞬間の事を思い出す。
「な、なんか…、あなた達もいて…」
翔はヒルコの姿も思い出した。
「桃色の何かがいて…」
それを聞いて、シナツヒコがホッとしたように呟く。
「やっぱり…」
「やっぱりって、どういう事ですか?」
翔は聞き返すと、シナツヒコとホノイカヅチは一瞬目を合わせた。
そして---。
自分達の事を話し始めた。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
神話と呼ばれる時代に。
イザナキとイザナミという二柱の神が、この国を造った。
二柱は様々な神を生み、この日本は本当にたくさんの神々に守られている。
国土にも、自然にも、石ころにも、神は宿っている。
一番はじめに、ヒルコという神が生まれたが、不具合があったため、イザナキとイザナミが海に捨ててしまった。
海に流されている時に、風の神、シナツヒコと出会った。
友達になった。
しばらくして、今度は雷の神、ホノイカヅチが海辺に倒れていた。
ヒルコとシナツヒコは助けた。
ヒルコとシナツヒコとホノイカヅチは仲良くなり、一緒に暮らしていたが、ある日突然ヒルコがいなくなってしまった。
シナツヒコとホノイカヅチは、その時何故か気を失っていて、目を覚ますとヒルコの姿が消えていたのだ。
必死に探したが、ヒルコは見つからない。
ずっとずっとずっと探しているけど、見つからない。
今も、ヒルコを探している。
2011年。
翔が生まれた時、ヒルコの気配がした。
微かに…僅かだが、ヒルコの気配を感じた。
シナツヒコとホノイカヅチは、その時から姿を見せずに翔を見てきた。
しかし微弱だがヒルコの気配はしても、ヒルコが現れる事はなく、翔にも何も起こらなかった。
2016年。
神々が住まう高天原に、地球のような温暖化、異常気象が起こりはじめた。
理由は不明だった。
そこで、アマテラスノオオミカミは、人間の住む葦原の中つ国を視察してくるようにと、シナツヒコとホノイカヅチに命令した。
アマテラスノオオカミは、三貴神の一柱。
太陽の神、アマテラスノオオカミ。
月の神、ツクヨミノミコト。
海原の神、スサノオノミコトが三貴神だ。
命が下った時、シナツヒコとホノイカヅチは、瞬間にヒルコが関係しているのかと思った。
だが、その事はまだ、シナツヒコとホノイカヅチだけの秘密である。
表向きは、葦原の中つ国の視察。
だけど本当は、ヒルコの存在を確かめるため…。
翔に接触した…。
と、いう事だった---。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
「…………………」
話を聞き終えて、翔はポカンと口を開けて何も言えなかった。
あまりにも…。衝撃的すぎて、思考回路が焼ききれそうだった。
「まあ…。そうなるよね…」
シナツヒコは苦笑いをした。
★★
コンコン。
ノックのあと、父がコーヒーとクッキーをお盆にのせて入ってきた。
「コーヒー、口に合うといいんだけど。コーヒーは豆から挽いているんだよ。お父さんの唯一の趣味でね」
のんびり話しながら、テーブルにコーヒーを置く。
「あ、手伝います…」
ホノイカヅチはそう言って父を手伝う。
見た目はクールそうだが、気遣いをする人(神?)なんだ…と翔はぼんやり見つめていた。
「美味しそう!豆から挽くなんて、お父さん凄いですね!」
シナツヒコが大げさにおだてると、父は真っ赤になって照れている。
(お父さん…。おだてに弱い…)
翔はそう思いながらも、父のコーヒーのおかげで落ち着いてきた。
コーヒーのいい香りが、さっきの話をまとめてくれるかのようだった。
にわかには信じがたい。
それでも。
シナツヒコとホノイカヅチが嘘を言っているようには思えなかった。